第33話

 本来であれば今頃、異能で初老の男に変装した直樹は駅から抜け出し、草枷を撒くことも出来るはずだったが、最後の悪あがきのような計画はあっさりと見抜かれてしまった。その上、『和樹』という名を出されたことにより退路を完全に塞がれてしまったため、直樹達は渋々、列車に乗り込んだ。

 足を踏み入れたのは二等車。直樹達の他にも乗客が二、三組いるだけで車内はとても静かであった。


 なぜ、草枷に計画が見抜かれたのか、原因を探るほどの余裕は今の直樹には全く無かった。ついでに言うと、車内での会話も全く無かった。片手でトランクを抱えながら、汗でじっとりと冷たくなったもう片方の掌を利智とずっと重ね合わせている。利智は重なり合った手を握り返し、窓を見た。直樹も窓を見ている様子が反射して確認できた。

 窓の外は特にこれといった珍しいものはない。何処までも続く田んぼと、白い雲が浮かぶ青空が窓枠に収まり続けていた。その景色から直樹は目を離せない。正確に向かいに座る草枷の方を向けず、顔を合わせることが出来ないため、変わり映えのしない風景を見てやり過ごすしかなかった。


 列車に乗ってからどれほど経っただろうか。おそらく数時間ほどであったが、直樹にとって何百年と科せられた刑期のようであった。田園風景の中にぽつりぽつりと民家が見えるようになり、次第に町となっていく。


 列車が止まる。草枷が立ち上がる。どうやらここが降車駅らしい。

 ずっと同じ姿勢でいたせいか、首や脚から嫌な音がした気もするが草枷は振り返ることなく列車の外に出てしまったので、急いで後を追いかける。

 この時、利智と繋いでいた手がするりと解けてしまった。早く草枷に追いつかなければと立ち上がった直樹は一瞬、気が付かなかったが「ナオ」と小さく名前を呼ばれ、ハッとした顔で座席を見た。利智はまだ座ったままであった。


 直樹は利智に手を伸ばす。

「降りるぞ」

「うん」

 利智は伸ばされた手を取り、二人で手を繋いで列車を降りた。

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