第34話

 降りた駅は夢現の境にある町と作りが似ているが、人間しか見当たらない。当然である。此処は現実を生きている町であり、人ではない者達は存在しているとは思われるが、認識されづらい。あるいは認識されることもないだろう。それをもわかっているのか、人波に紛れて生きようなどとする者は見当たらず結果、人間だけが行き交う場となっていた。

 それにしても駅構内は閑散としていた。現在、直樹達が居を構えている土地に比べ人口が少ないのだろう。直樹、利智、草枷の三人でまとまって移動しているとひどく目立っているような気がした。


 屋外に出ると車が一台止まっていた。どうやら草枷が運転をするらしい。直樹達は後部座席へと座るよう促され、居心地の悪い移動が再び始まった。列車内と同様、車中も会話は無く密室に近い空間であるので息苦しさは列車内の比ではなかった。


 車は町の中心から離れていく。会話の無い重苦しい車内で直樹は利智の手を握りつつ外の景色を眺めていた。正確には眺めているフリであるが。


 今まで目を背けてきたこと、物理的に距離をとってきたこと、逃げ続けてきたこと。それらに一度、向き合わねばならない時が来てしまったのだ。草枷があの日、直樹達が暮らす洋館を訪ねてきた時からずっと直樹は考えていた。


 何故、自分は草枷のことが苦手なのか。


 それについて特に疑問を覚えた事はなかったが、出発まで猶予をもらった数日間に胡桃や真桜、計から少なくとも一回ずつは同様の質問をされたと思う。

 何故。何故?

 初めて真桜からその質問をされた時は何故と思うことが何故なのかと思った。次に胡桃から複数の小説や随筆を例に、誰かを苦手と思うことに理由あるいは原因があるはずだと力説をされ、計からも似たような事を聞かれたが深掘りはされなかった。


 草枷のことが苦手だと感じるようになった理由、原因の心当たりは特にない。強いて言うなら普段の態度・・・? いや、そこまで長時間接していた覚えもない。幼少期、家出同然に飛び出すまで、あの家で暮らしていた時から彼はそのような態度を直樹に向けていたような気がする。ならば、直樹が久文に伝わる異能を使から草枷はあのような侮蔑したような眼差しを向けてくるのだろうか。


 直樹は気づいていない。一介の使用人ごときからその程度の不具合で見下される態度を向けられる必要がないことに思考が辿り着くことはなかった。


 車が止まった。どうやら目的地に着いてしまったようだ。

 武家屋敷を彷彿とさせる立派な門が開き、ゆっくりと敷地内を進んでいく車は引き戸の前に横付けで止められた。草枷が運転席から降りるのに合わせて直樹も車の扉を開けて地面に足を下ろす。

 駅からこの屋敷まで移動にかけた時間はそう長いものではなかったが、直樹は久々にきちんとした呼吸が出来たと感じた。


 草枷が引き戸を開き、中に入るよう促す。


「お帰りなさいませ、直樹様」


 その感情が伴っていない事務的な言葉に直樹は頬の内側を噛みながら、玄関へと一歩を踏み出した。

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