第12話

「は・・・?」

 目を突かれた勢いで銀次が後ろへ二、三歩よろけても、いい感じの枝はいい感じの長さがあったため、利智の手から離れることはなかった。

「もういーい?」

 我慢の限界だと目で訴えてきた利智に「仕方ないなぁ」と直樹は抱き方を変え、片目に枝が刺さったままの銀次に近づけた。


「―― いただきまぁす」

 

利智は手を合わせ、口を大きく開けた。子どもの口の大きさなど、たかが知れたものだが利智はそのまま口を開き続け、次第に頬の皮膚が裂けていくのを見た銀次の目の前には混沌とした闇が広がっていた。それが、子どもの口内であることに気づく前に、


ぱくり


咀嚼される。咀嚼。咀嚼。一気に飲み込むとこの小さな喉では詰まってしまうから、押し潰して、磨り潰して、嚥下する。そしてまた咀嚼。

 利智は口からはみ出た木の枝をずるり、と引き抜いて地面に落とす。そして次は、胸部を食む。こうして順序良く行儀良く、利智が食べていく様子を眺めながら直樹は手を離し、懐から本を取り出す。挟んでいた栞を抜くと周囲を飛び回っていた蠅が砂となって消えていった。干上がりそうだった皮膚に水分が戻っていく。


 肩、腕、骨、次々と利智の口の中へと消えていく。腹の底で未だ、銀次が困惑している。それも消化してしまえば無かったことになるので、特に気にせず脚を飲み込んだ。最期に残った靴は汚いから、と直樹に止められてしまった。

 後頭部の一部の皮膚がかろうじて繋がっている状態から、徐々にくっつけていく。頬骨と顎を押さえてズレないように、顔を元に戻している利智の傍らで、直樹は食べ残させた靴を燃え続ける家へと投げ込んだ。ついでに枝も火にくべた。

「あれ、たべなくてよかったの?」

「砂付いてるもん食うなって話。汚いだろ」

「あらえばよかったじゃん~!」

「もう焼却処分したし、忘れろ」

「む~」

 馴染ませているのか、頬をさすったり押し潰したりしている利智を見て直樹はあっ、と声を零した。

「利智、もっかい口開けろ」

「えーーーいま、くっつけたばっかなんだけど!?」

「いいから、君が全て消化する前に口開けろ。僕の腕一本分で良いから」

 多少、不満げであったが「あー」と開かれた利智の口に直樹は自身の腕を突っ込んだ。まくり上げた着物の袖が落ちないように注意しながら、喉奥まで手を伸ばす。

「まだー?」

「んーもう少し・・・おい、噛むなって」

 肺があるだろう辺りまで手を突っ込んだ時、指先に柔らかいものが触れた。直樹はその柔らかいものを掴み、手放さないよう手に力を込めた。

「出すぞ」

「んあー」

 直樹は腕を一気に引き抜く。利智の口内から出てくる腕に体液の付着は見られない。ずるり、と引き抜かれた直樹の手が掴んでいたのは毛玉が一つ。

 茶トラの猫であった。

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