第21話

 直樹が片手を上げた時、もう動くことはないと思っていた鳥頭が起き上がった。正確には、首から上を失った首無しの体であったが。

 首無しは先ほどと同じく軋む音すらしそうなほどゆっくりと上体や脚を曲げ、直樹に向かって走り出す。頭部と体が分離したことにも驚いたが、また走り出してくるとは予想外である。直樹の後方には賑わう宵宮――― 仕方ない、首無しには再び動きを止めてもらおうと、直樹は自身の左足に体重をかける。迫り来る首無しとの距離を見つつ上体を曲げ、右足を上げ、前へ突き出す。


 しかし、首無しを蹴り飛ばすはずだった靴底には何も当たることはなく、再び地面へと下ろされた。傍から見ると直樹はただ、大きく足を踏み出しただけになってしまった。とはいえ、首無しと直樹が接触したわけでもなく、何らかの力が働いたのかぐんっと首無しが後方に引っ張られたようだった。


 直樹が顔を上げると首無しは首根っこを掴まれた猫のような体勢であり、実際、足が地面から少し浮いていた。上から吊られているようでもあった。


「おや、おやおや」

 その声は頭上から聞こえてきた。

「えーっと、そこの・・・御仁。そう、キミ。“彼”に引っかけてしまった針をと取り除いてはくれないか?」

 声の主を探し、上を向くも街灯よりも上から話かけられているようで形を確認することすらできなかった。夜空を見ただけであった。

「大丈夫、大丈夫。“彼”はヒトに危害を加えるような事はしないさ」

 近づくことすら躊躇っている直樹に声は軽薄な口調で状況の解決を促すも今ひとつ信用できず、利智を見る。利智は地面に残された鳥の頭に竹串を突き刺したり、引き抜いたりを繰り返していた。

 直樹の視線に気づいたのか、利智は人差し指と親指で輪を作る。それを確認した直樹は首無しに近づき、背後に回ると襟付近に釣り針が刺さっていた。


 宙に浮いたまま首無しは動く気配はない。少々不安定だったが、服に刺さっていた釣り針を外す。すると釣り針は上へと運ばれていき、地面に足がついた首無しは直樹に一礼した後、露店がある方ではなく暗い夜道へと走り去ってしまった。


 その直後、口を開けたまま首無しを見送った直樹の前に人影が降ってきた。


 トッと、軽い音を立てて着地した人物は、直樹と同じく和服姿であった。そして、その手には簡素な釣り竿が握られていた。

「いやぁ、すまないね御仁。手を煩わせてしまって」

「いえ・・・」

 申し訳なかったとは微塵も思っていないような声色。直樹も人のことは言えないが、浮かべる笑顔がどうも胡散臭いと感じてしまう。

 言葉が続かない直樹の心情を察したのか、釣り人(仮)は手を差し出してきた。どうやら握手を求めているようだ。


「ワタシは夜人よひと。名前くらいは聞いたことあるだろう?」

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