背信・廃神

転身 神奈川陣営

 情けない。

 実に情けない。

 これだけの時間をかけてようやく二人。残りあと五人も残っている。

 対してこちらは残り二人。

 情けない、本当に情けない。

 まぁ一人はたった今、存分に味わったところだが。

 それにしたって情けない。もう少し健闘してくれると思っていたのだが、それだけ今回は敵が強者揃いだったということか。

 それでも、遠藤周作えんどうしゅうさくと名乗っていた異境連続出場者が脱落したのは確認できた。それだけでも重畳。

 、今回は奴はいない。

 存分に、暴れさせてもらおう。

「いぃたぁ……!」

 彼が敵を見つけたタイミングと、敵が彼を見つけたタイミングは同じだった。

 敵は三人。

 一人は明らか異世界転生者の人馬。

 一人はそれに跨る少女。

 もう一人は二人を守るように前を走っていた青年。

 三対一。

 戦況だけを見れば明らかにこちらが不利。多勢に無勢とはまさにこのことである。

「神奈川陣営の人、だよな……確か現代人」

「うん。さっきの大きな人よりは大丈夫、だと思う」

(大きい人……そうか、黒髭は脱落したのか。残ってるのはやはりおまえか、エルキドゥ)

 この状況で笑えるはずがない。ましてや、そんな余裕に満ちた笑みを。

 東京陣営の二人は、彼の笑みが不適だと訝しむ。

 そしてどこか甘い匂いと、何か腐ったような異臭が彼からする事にいち早く気付いた青年は、人馬から降りた少女の鼻と口を手で覆う。警戒は当然。臭いを通じて発現する異能の可能性も充分に有り得る。

 神奈川陣営の現代人の中でも、そこまで警戒心の強いのはいなかった。

 なるほど戦いに対する構えがそもそも違う。これならこの劣勢も、納得がいくというものだ。

 勝ちたいという思いだけでは勝てないのだと、彼らにはよくわかったことだろう。

 もっとも繰り返すようだが、一人はこの手で落としたのだが。

「神奈川陣営だな。見たところ先輩のようだが、すまないが遠慮は出来ない。さっさとこの戦いを終わらせたいからな」

「ドン・キホーテ」

 少女が名を告げると、人馬が起動する。

 黒髭との戦いで粉砕された外装の下でずっと剥いていた牙を見せ、籠ることなく咆哮を上げて、槍を携え突っ込んだ。

 黒髭の繰り出した水の水圧すらも跳ね除けて、風穴を開けた突進だ。彼に防ぐ術はない。

 もしもこの一撃で決着が付かずとも、躱せるわけはないと思っていることだろう事は、二人の表情から見て取れた。

 黒髭との戦いがどのような結末で終わったのかは知らないが、どうやら人馬が奴を倒したことだけは容易に想像できる。

 同時、この人馬が彼らにとっての希望であることも想像できる。

 ならばやることは一つ。

 その希望を――折る。

「え……」

「っ……」

 言葉にならないだろう。

 二人の驚愕に満ちた表情は、まさしく絶句の二文字が相応しい。

 驚くのも無理はない。自分達にとっての希望が、三人の中で最も強いのだろう戦士が、いとも簡単に蹴り飛ばされたのだから。

 簡単な話だ。

 突進して来たところを回し蹴りで蹴り飛ばした、それだけ。

 だというのに、彼らの頭の中では今、どんな異能を使って人馬を吹き飛ばしたのか必死に考えていることだろう。

 滑稽。

 無知とは実に便利で利口な言い訳。

 戦いを知らない現代人は異世界の強者に縋り、それが倒れればやられるのみ。

 そもそも異世界転生者の方が強いなど当然のこと。

 戦争や闘争に明け暮れた時代を生き抜いて、異世界でも戦い続けていたのだから、にわか仕込みの戦闘技術で太刀打ちできるほど甘くはない。

 武術に通じていればまだどうにかなったかもしれないが、戦いとなればそれも付け焼き刃。結局、足掻きでしかない。

 故に蹂躙される。

 故に異境に参加した現代人全員が、口を揃えて言うのだ。

 もう二度と、出たくないと。

 今までの異境で、現代人が最後まで残っていたことなどほとんどない。

 それこそ今回は遠藤周作なる名前で出場した青年を含めても、ごくわずかな青年しか残った経験がないだろう。

 そんな彼らですら、二度とごめんだと口を揃える。

 この場合、何度も出場している遠藤こそが異常と捉えるのだろうがそれは違う。

 本来、それが当然でなければならないのだ。

「どうした? 掛かってこないのか?」

 人馬が建物に突っ込まれてから出てこない。

 二人が動かない理由はそこだろう。

 人馬を一撃で倒した相手に勝てるはずもないと、すでに諦めが脳裏を過ぎっているのが見え見えだ。まったくもって情けない。

「二人掛かりなら俺を倒せるかもしれないぞ? それとも、飛び掛かる度胸もないのか? ん?」

 挑発しても動かない。

 あるのは防衛本能のみか。

 青年が少女を守るように、前に立っているだけだ。

 立派。それは認める。

 だがそれだけだ。

 人は盾ではない。盾にすらなれない肉塊だ。潰されれば一瞬で役目は終わる。

 両手を広げて正面から護り切ったところで、倒れた瞬間次にやられるのは今まさに護ったその人なのだから、犬死としか言いようがない。

 愛する人のためならば盾にだってなろう。その美学は確かに美学、美しいものだ。

 しかし結局死ぬ瞬間まで護ったところで、次の瞬間にそれが死んでは意味がないのだ。

 それを彼らはわかっていない。

「来ないならぁ、こっちから行くが、構わないかぁ……?!」

 突如、横から何かが飛んでくる。

 クレーンゲーム機だ。それも丸々一つ、中身が大量に詰まった状態で。

 避けて、ゲーム機は向かいのカフェへと突っ込む。

 だが次に来た人馬の突進を躱しきれない。ゲーム機を躱すのに、跳躍してしまったからだ。空中では逃げ切れない。

「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」

 狂戦士にしては、ヤケに手先が器用だと思ったのは次の瞬間だ。

 何せ空中では避け切れないと、自ら槍の側面を弾いてもう一段跳躍しようとした動きを見た瞬間に槍を振り回し、突き刺すのではなく上から叩き潰す攻撃に変更したからだ。

 臨機応変。その言葉で表現は足りる。

 だがこの狂戦士の巧みな技術を語り尽すには、余りにも足りない。

 何が時間がだ。

 振り下ろされた重槍に叩きつけられて、体が打ち上げられた魚じみて跳ねる。

 反撃を試みようとした次の瞬間には、振り回された重槍が真横から迫って来ていて、槍の側面が凄まじい威力で衝突し、二つ先の十字路にあるコンビニ横の駐車場まで吹き飛ばされた。

 異境の結界の中では傷はすぐ塞がり、血も出ない。

 だがもしも現実ならば確実に肋骨は折れ、最悪肺に刺さって即死だったかもしれない。

 立ち上がることは出来るが、脚にうまく力が入らない。

 背中と頭を同時に打ったからわからないが、脊髄か脳が衝撃で信号を混乱させて、体をうまく動かせない。

 生まれたての小鹿という例えがよく出てくるが、まさにそれだ。脚が震えながら必死に立とうともがいている。

 だがその瞬間にも、人馬は迫って来ていた。

 凄まじい突進力で蹄鉄を鳴らし、地面を揺らしながら駆け抜けて、重槍で貫かんと構えながら迫って来るのに気付いた瞬間はまさに絶望的だ。

 何せ暴力と狂気を具現化したような怪物が、自分目掛けて鋭利な切っ先を向けて迫って来るのだから。

「いや、待てよ?」

「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」

 傍から見れば人馬の槍が、青年を串刺しにするどころか四散させ、一片の肉塊も残すことなく吹き飛ばしたとすら見えただろう。

 だが実際、人馬は手応えを感じていなかった。

 霧を払った感覚に近い。

 払ったことで霧が反応を見せたことだけは認識したが、手応えはなく、また霧は元の形に戻っていく。

 すなわち彼もまたこの瞬間、霧になったのだ。

 霧になって、人馬の一撃を躱して背後にまた人の姿で現れた。

 人馬は低く唸りながら、青年を睨む。

「霧になれるのはいいんだが、これじゃあこっちも攻撃できないんで、あまり使っても意味ないんだと思ってたんだが。おまえのような脳筋にゃあ、効果的な回避方法だったな」

 挑発されていることには気づいている。

 だが人馬は突進してこない。

 単調な攻撃を繰り出したところで、また霧になって躱されるだけだとわかっているからだ。

(本当にこいつ、狂戦士なのか……?)

 こちらは霧になってしまえば、攻撃事態は躱せる。

 だがそれではこちらも攻撃ができない。それは嘘ではない。

 一応言っておくが霧になって人馬の体内に入り込み、そこで人間に戻って破裂させるなんて芸当が出来るなどと思わないで欲しい。

 人馬の戦闘能力と運動量を見れば、相当のエネルギーを消費していることは必至。

 故にエネルギーを取り込む際も、迅速かつ厖大な量を欲することだろう。破裂させる前に、養分にされてしまうのは必至。

 向こうも迂闊には攻められない。本能でそれを察しているから恐ろしい怪物だ。

 ならばこちらも、奥の手を出すしかあるまい。

 本当は先に人馬に隠れるようにしていた二人をさっさと始末してからにしたかったのだが、邪魔してくるのだから仕方ない。

 魔力の温存が出来ないため、彼女から搾り取った分まで使いきるまで止まれない。

 これから五人も倒さなければならないので無駄遣いしたくなかったのだが、人馬が立ち塞がるのなら仕方ない。

「あぁ、あぁ! 神よ! あぁ、神よ! 我が聖女を焼き尽くした業火を携えて、我が光を潰した神よ! 聞こえているか! 見ているか! 貴様を殺すために、貴様を穢すために、私はまたおまえへと落ちる!」

 突然始まった独白。

 灼熱の太陽を降り注がせる空を仰ぎ、彼は絶叫するように吠える。

 するとどうだろう。

 まるで彼を拒絶するかのように、彼の声を天空よりずっと上の、それこそ神に聞かせないように、雲が空を覆い始めた。

 灰色の曇天だ。今にも雨が降りそうである。

 彼の独白は、それでもまだ続く。

「主よ! 我らが聖女を穢した汝に制裁を! 我らが聖女を貶めた汝に罰を! 主よ! この身が穢れているというのなら呪うがいい! 貶めるがいい! 汝は裁定を間違えた! 汝は神託を誤った! 汝の言葉が彼女に届いていたというのなら、何故、汝は彼女を殺したのだ!」

 灰色の曇天から、一粒の雨が落ちてくる。

 それを皮切りに、凄まじい量の雨が勢いよく降って来た。

 彼の叫びを届かせまいと、町田の音を奪い去ろうとするくらいの雨量だ。

 だがそれでも、彼の叫びは止まらない。

「我は汝を永劫許さぬ! 子供達の叫びが聞こえているか! 民の嘆きが聞こえているか! 主よ、汝が真に万能であるというのなら、何故、彼女は救われなかったのですか! それに応えられるというのなら答えるがいい! 応えるがいい! それまで我は、汝を呪い続ける! かの聖女を焼き殺した、この煉獄を携えて! 汝を焼き続けよう!」

 神を焼き続ける。

 そう断言した彼の足元から、漆黒の炎が燃え上がる。

 漆黒の炎で自らを焼いて、現れ出たのはもはや大和亮吾やまとりょうごという大学生ではなかった。

 漆黒の意匠に紅蓮の炎を纏わせて、燃え上がるまったくの別人が、姿を現した。

 両目に備わった合計四つの複眼で、人馬の狂戦士を睨む。

「待たせたなぁ、狂戦士……さぁ、始めようか。主へ捧げる聖戦を」

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