東京陣営

 堺光汰さかいこうたは人見知りだ。

 幼くして孤児院に預けられた彼は、他人と繋がるということに苦手意識を持っていた。

 しかしそんな彼も、此度の戦いに参戦する東京都代表の一人。

 見かねた常盤玲央ときわれおは、四人の代表が揃ってまず、自己紹介を持ちかけた。

「うちは常盤玲央! 高校三年生! よろしくね!」

 唯一の紅一点である彼女が友好的だったのがまず、東京代表チームの幸いだった。

 彼女が他三人を繋げる役目を買ってくれたお陰で、彼らは分裂を避けられた。

 彼女がもしも内向的だったなら、彼らは好き勝手にやっていただろう。

 今回の東京代表は、そう思われるほどの曲者ばかり。

成瀬奏多なるせかなた、高三。異境いさかいは今回が初めてだ。よろしく頼む」

「っと、僕だね。というか、僕のこと知らない?」

 堺は知らなかったが、常盤と成瀬は知っていた。

 彼はすでに三度、東京都代表として勝利を収めてきた戦士だった。

 もはや異境いさかいの東京代表には、必ず彼がいる。

「おや、君は知らないみたいだね。では名乗ろうか、といっても、名乗るような名前はないけど……そうだな。よし、遠藤周作えんどうしゅうさくということで、よろしく頼むよ」

 彼――この場では遠藤――は、毎度名前を変えて出場している。

 毎度戦場となっている場所の有名人を出してきて、名前を借りているのだ。

 なので彼の場合、というものが存在しない。

 まず始めに伝えるのが、偽名なのだから。

 彼のプロフィールは審判役のフェア程ではないが、不明な部分が多かった。

 ハッキリしているのは、三度参加した戦いをすべて勝利で治めた実力だけである。

「あぁ、ちなみに僕は確実に君達より上だ。故に先輩と呼んでくれ! で、君も僕より下だと、思うのだけど?」

 ここまで一言も発しない堺に、遠藤は注意を向ける。

 助け舟を出したい常盤だが、自己紹介ばかりは肩代わりできない。

 ずっと足元に落ちていた視線を拾い上げて、堺は乱れる動悸を押さえながら三人を見据えて、一言一句、

「堺、光汰……高校、二年生……異境の経験はなく、集団行動が、苦手だ。意思疎通、も……ままならない……放っておいてくれて、構わない」

「はいよくできましたぁ、かまってくん。人見知りの人間はいいよねぇ、みんなから心配してもらえるから。放っておいてくれて構わない? そんな事するわけないよって言ってもらいたくて、興奮してたんだろ?」

「遠藤先輩、そういう言い方は止めてあげてください! 意地悪です!」

「おぉ、怖い怖い。よかったねぇ、かまってくん。優しいお姉ちゃんが護ってくれるってさ」

「先輩!」

「ははは! いやぁこれ以上はそう。仲間内で揉み合ってる場合じゃない。今はみんなの異能の確認をしようじゃないか。、だろ?」

 遠藤はとにかく意地悪だった。

 人を怒らせること、からかうことに生きがいを感じているかのようだった。

 スキときっかけさえあれば、堺を相手にからかった。

 その度に常盤が間に入って遠藤を叱るのだが、彼はまったく懲りることはなかった。

 故に堺と常盤、そして人をからかい続ける遠藤に苦手意識を覚えた成瀬の三人は、日々を送ることに結束を強めていった。

 次第に堺も二人に慣れていき、少しずつ会話できるようになっていった。

「へぇ、堺くん彼女いるんだ」

 どういう経緯でその話題になったのかは覚えていなかったが、とにかくそんな話になった。

 確かずっと面倒を見てくれる常盤を、堺が自分の彼女と重ねていたからだったかと思われる。

「彼女、というと怒るかも、しれない……幼馴染、で、俺のことを助けてくれる……です」

「でも、告白されたんでしょ? それとも、したの?」

「告、白……」

 告白した記憶はない。

 だが思い当たる日の彼女の言葉を、告白と受け取っていいのかも、堺には難しかった。

 ただ自分がいないとまともに他人と会話もできない幼馴染を見かねて言ってくれただけかもしれないし、告白とはまた違うのかもしれない。

 堺は良くも悪くも考え過ぎてしまって、それが言葉が遅れる理由でもあった。

「堺は、その子のことが好きなのか?」

「好き……好き、よく、わからない……です。俺、好きって、よく……わからない、です」

 成瀬も常盤も、未だ堺の素性はあまり深くわかっていない。

 だが五日間で、堺が心に何か傷を負っていることは察することができていた。

 一人でいると何かの幻想に苦しんで、必死にもがいて、皆の前では涼しい顔で平静を保っていることを三日目にして知った二人は、さらに結束を強めたのだった。

「堺、この戦いで勝てば物凄い優勝賞金が貰えるし、最後まで残ると東京都が欲しいものを一つ買ってくれるらしいぞ。何が欲しい」

「欲しい……欲しい、もの……日向ひなたが、部活で使う靴が欲しいって、言ってた」

「日向って、堺くんの幼馴染の子?」

 堺は静かに頷く。

 どうやら日向と言う幼馴染には心を許しているようで、二人はなんとなく安心した。

「よし。なら、その子にいい靴買ってやれ。俺も欲しいものがある。頑張ろうな、堺」

「よぉし、私もやるぞぉ! 頑張ろうね、堺くん!」

「……うん、頑、張る」

 孤独な青年と二人の先輩が結束を強める一方で、一人、遠藤はフェアと共にいた。

 調度、フェアが異世界からの召喚をやっているところに、同行していたのである。

「ねぇ、異世界から人を呼ぶって、どういう原理なんだい? それも君の異能なのかい?」

「その情報は不平等だ。私は平等でなければならない。元より知っているのならまだしも、知らないのならば情報を与える筋合いもない」

「つれないなぁ。ただ聞いたことがあるのは、異世界から来るのは元々この世界で実際に生きていた人達の転生者で、この世界に戻って来るっていうのが正しいってことだけど」

「それに答えるのもまた不平等だ。私は平等でなければならない。元より知っているのなら、その情報をもとに仮説を立てる自由はある。だが、披露する相手を間違えている」

「本当に、つれないねぇ」

 遠藤がいるというのに、フェアは召喚の準備を整えた。

 実際見られても困る手順は踏んでいない。

 そもそも同じ手順を踏んだとしても、結局は彼にしかできないのだから、意味はないのだ。

「――鉄鎖てっさ。白銀の砂時計より、零れ落ちる砂金。歯車は回り、奈落は上がる。満ちる時は有限なり。訪れるべき終焉は一時停止し、異なる空の下で命を刻む。戦いに勝鬨はなく、敗走の脱兎もない。敷くべき正義もなく、栄える悪もない。然らば、ただ己が正義、己が悪を信じ、ひたすらに剣を振るうがいい。力の限りを尽くすがいい。得るものはなく失うものもない。しかして異なる青を携えた世界のいさかいに馳せ参じる騎士よ。今ここに、我らが眼前に顕現せよ――」

 現れる三つの影。

 光を振り払って現れた彼らを、遠藤は興味津々と言った様子で眺めている。

 今まで三度参戦したことのある遠藤だが、今まで本当に会ったことのない人間ばかり来ることを不思議に思っていた。

 フェアの所属先と思われる場所に潜入もしたことがあるのだが、そのときのスタッフが扮装しているわけではないらしいことは、すでに確認済みである。

「……」

「汝が召喚者であるか? みすぼらしいなりよのぉ」

「君は……」

 三人を舐めるように見回して、遠藤は口角を歪ませる。

 自然と出る薄ら笑みを、抑えることができなかった。

「今回もいいのが揃ったねぇ。お疲れ様でした、と労っておくよ、フェア」

「……召喚は終わった。勝つも負けるも、其方達次第だ」

「忠告痛み入る」

「忠告ではない。そんな不平等な真似はしない」

 異境二日前。東京都代表の七名が揃った。

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