黒髭襲来

出撃 神奈川陣営

 JR町田駅、北口大広場。

 堂々と真ん中に立つのは、「光の舞」という名が付けられた動く彫刻である。

 曲がりくねった一本の金属棒で表現されている、言ってしまえば単純な作りだが、今や町田をシンボルするモニュメントである。

 ゆっくりと回るそのモニュメントの上。

 そこで今回の審判役、フェアが浮いていた。

 立っているのではない。のである。

 モニュメントより少し上で浮遊し、両手に札を備えた状態で止まっていた。

「双方、位置についた様子。ではこれより神奈川対東京。町田争奪戦。異境いさかいを開始致します。位置について……用意――」

 二枚の札が光り輝き、高々と上空へと打ち上げられて、双方の陣営へと飛んでいく。

 そして二枚が同時に花火のように弾け、眩い閃光と爆音を響かせて開始の合図とした。

 直後、動いたのは神奈川陣営。

 凄まじい量の水が突如として町田駅前を浸し、さらに水中から巨大な船が浮上してくる。

 巨大なマストに女神を模った船首。大量の砲台まで乗せた巨大な船の黒い帆には、真白の髑髏が描かれていた。

「ンハハハハハ!!! ようやく出番だなぁ! 暴れてやろうぜ、野郎共!」

 体長三メートルは近い大男。

 左目は眼帯で覆っており、握るのは漆黒の三叉槍トライデント

 何より目立つのは顎に蓄えられた黒い髭。彼はその昔、黒髭と呼ばれ、恐れられた。

 名を、エドワード・ティーチ。

 彼の操る異世界の魔法に、同じ船に乗る神奈川陣営は驚愕するばかり。

「街一つ沈めるとか……本当に規格外ね」

「おいおい、おめぇが言い出した作戦だろうがよ」

「そうだけど、まさか本当にやってのけるとは思ってなかったのよ」

「傷付くじゃあねぇか。この戦いのためだけに一時的に能力が与えられるおまえらより、異世界で修羅場潜って来た俺達の方が強いんだからよ。そこは見くびらないで欲しいものだぜ。なぁ、おまえら」

 ティーチの背後に控えるのは、ティーチと同じく異世界に転生していた者達。

 彼ら全員、世界の歴史に名を遺した者ばかりで、転生した異世界においても猛威を振るう実力者ばかりである。

「くぅっ、くぅっ、くっ。私ぁただの人斬りでごぜぇます。過度な期待はせんといてください。応えたくなる」

 妖しく笑う青年は、十本もの刀を全身からぶら下げて天狗下駄を履いている。

 人を斬りたくて仕方ないと訴えてくる目は猟奇的で、召喚以降、鎌倉かまくららは気を休めることができなかった。

 まさか神童と謳われた武将、牛若丸が女で、しかもこれほどまでに狂気に満ちた人物だとは。

 だが大和やまとだけは、唯一彼女を手懐けていた。

「おぉい牛若! クッキー焼けたぞ、食べるか」

「食べる!」

 頭の上で一本跳ねている髪の束が、犬の尻尾のように跳ねて揺れる。

 大和の作る料理、主に菓子類に、牛若はすっかり餌付けされていた。クッキーを頬張る姿は、もはやただの子供。大和のお陰で、鎌倉ら他三人の彼女に対する危機感は、ある程度薄くはなっていた。

 そしてもう一人に関しては、まったく警戒していなかった。

 何故なら彼女は忠犬以上の忠実さで、四人の言動に反抗する様子も意思も感じさせなかったからである。

 名はエルキドゥ。

 嘘か真か、神が人間と共にあった時代に存在したと言う、神様によって作られた土人形――と伝わっているが、四人の目の前にいるのはガチガチの機械装甲を搭載したパワードスーツを着込んだ少女だった。

 神秘的雰囲気は、一切感じられない近代的な雰囲気をまとっている。

 彼女も異世界に召喚されたはずなのだが、どんな世界に召喚されたのか、彼女だけ近未来に召喚されたかもしれないと思わせる。

 ただ彼女に訊くと魔法などの概念はあったようで、やはり異世界のようなのだが。黒髭や牛若とは、別ベクトルの世界に転生したことだけは確かである。

「エルキドゥ。敵はすぐ近くまで来てる?」

 エルキドゥは目をせわしなく動かし始める。

 彼女は見えているのか、ずっと遠くの他の六人の誰にも視認できていない距離にいる敵陣営を視認して、彼らとの距離を計測し始めた。

 計算には、五秒も要さない。

「来てる」

「どおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 突如響く咆哮。

 人が発せられる声量を凌駕した、砲声のような咆哮が雷撃の如く襲って来る。

 声が大き過ぎて、エルキドゥ以外声のする方向から敵を見つけることはできなかったが、エルキドゥの視線から敵の向きを計算した座間ざまが、二番目に敵影を視認した。

 同時、予想もしていなかった光景に驚きを禁じ得ない。

「おいおい、マジかよ……走ってやがる」

「どこを」

「水の上」

「どおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 一直線に、駆け抜けてくる。

 ジェットスキーさながらに、真白の波を立てながら、神速を飛ばして走って来る。

 水面に立つ能力でもあるのか、原理はわからないが、甲冑をまとった人馬は人一人を乗せて走っていた。

 叫んでいるのも、その人馬である。

「あの二人以外は?!」

「まだ、遠く……でも、すぐ、来る。特に、一人だけ、速い……」

「僕らも出る! 上鶴かみつるさん来て!」

「は、はい!」

 上鶴と座間が、階段を駆け下りていく。

 黒髭は船首に足を乗せて下を覗き、水上を滑走する人馬を見下ろして口角を持ち上げた。

「ンハハハハハ! 面白れぇじゃねぇか。人馬なんていやがるのかよ」

「黒髭、ぼさっとしてないで撃ち落として。砲撃準備を」

「焦るなって、もう少し見物を――」

「黒髭!」

「……わぁったよ。しょうがねぇなぁ、せっかちな野郎共だ。砲撃用意!」

 船首の女神像が動き、三つの砲口が口を開ける。

 それ以外にも大量の砲台が、人馬を撃ち落とすため顔を出した。

「てぇぇぇぇっ!!!」

 放たれたのは、砲弾などという鉄塊ではなかった。

 青白い閃光を湛える螺旋の破壊光線が、彗星の如く、数十にも及ぶ砲口から放たれる。

 水を叩き割り、激しい水柱を挙げる光の弾幕の中を、人馬は背中に人を乗せたまま、滑るように駆け抜けていた。

 決して、黒髭の射撃技術が下なのではない。

 水上にも関わらず走る人馬の走行速度が、圧倒的に上だと言う話だ。

「ンハハハハハ! 当たらねぇなぁ!」

「黒髭、ちゃんと狙って!」

「狙ってるさ。だが、何も相手の術中に嵌ってやる必要もねぇだろ?」

「え?」

「奴らは囮だ。そこの女が言ってくれただろ。一人こっちに来ていると。あの人馬は俺達に注意を引くための囮。本命は――空!」

 黒髭の言う通り、太陽を背にして宙にいた。

 黒髪の青年が、弦を引き絞り矢を構える。

「俺の砲撃を見ても矢で来るか、面白れぇ!」

 さながらそれは、太陽から落ちてきたプロミネンス。

 太く熱い炎熱の火柱をまとって、紅の矢が海賊船目掛けて落ちてきた。

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