神奈川陣営

 鎌倉夏美かまくらなつみ上鶴麻衣かみつるまいは顔見知りだった。

 中学、高校とよくバスケの試合で対戦した好敵手の間柄だった。

 しかし好敵手だったと思ったのは今この場。この異境いさかいの参加者として集められ、顔を合わせた時だったと二人は揃って言う。

 お互い、相手のことを特別に意識したことはなく、ただよく試合会場で見かける顔馴染みとしてしか、認識したことはなかった。

 ただなんとなく、顔を覚えている程度だった。

 いや、それは言い過ぎか。

 互いに互いを意識して見ていたのだろう。でなければ、他校のベンチスタートの選手など、わざわざ憶えているはずもない。

 故に二人が仲良くなるのは必然と言えた。

 チームメイトだと集められた一週間前から、二人でずっとバスケをしていた。

 無論、この戦いのために与えられた異能を使いこなす特訓もしたが、それ以外はずっとバスケで汗を流した。

 厭きることもなく、代わりばんこに同じゴールを狙って、一対一の勝負を続けた。

 供に汗を流す時間を増やせば増やすほど、二人の絆は増していった。

 戦いが終われば受験生へと戻る二人は、同じ大学に入って同じチームでバスケをしようと、約束すらしていた。

 だが鎌倉は、約束を守るのが難しいことを知っていた。

 同じく一週間前より募られた残り二人の青年――座間駿介ざましゅんすけ大和亮吾やまとりょうごがやって来たときだ。

 上鶴は、座間に恋をした。一目惚れだったに違いない。

 互いに互いを意識していた時間が、それだけ長かったということだろう。もはや上鶴の顔色を窺えば、鎌倉にはその程度すぐに察することができた。

 鎌倉から見ても、座間は俗にいうイケメンの部類に入る顔立ちで性格もよく、皆が認める好青年であった。

 胸に秘めた恋心は、上鶴を変えた。

 いや、そもそも上鶴麻衣という青年は、そういう人だったのかもしれない。

 試合会場で見る、ベンチから凄まじい威圧感を放ってくる選手の面影は、好意を寄せる異性を前に存在しなかった。

 故に彼女とバスケを交わした一週間。楽しかったが物足りなかった。

 互いに補欠選手ではあるが、鎌倉は本能的に上鶴の強さを知っていたのかもしれない。

 彼女の強さはこんなものじゃないと、体が絶えず訴えてくるのをひしひしと感じ続けたまま、消化不良のままに一週間は過ぎ去った。

 無論、抵抗は試みた。

「あんたがいると、麻衣は調子が悪くなるみたいね」

 上鶴には無論内密に、だ。

 四人が集まって四日目だったか、三日目に耐え切れなくて言ったか、憶えていない。

 だが言い切ったことだけは憶えている。

 当然、座間にそんなことを言われる筋合いはない。ただ勝手に恋されて、勝手に調子が悪くなっているだけなのだから。

 だがこの男、今までにもそんな苦情を受け付けたことがあるのか、戸惑う様子はなかった。

 思いつめる様子もなく、飄々と。

「上鶴さんはきっと、僕のことが嫌いなんだろうね」

 と、言い退けてしまった。

 だからカッとなって、イラっとして、鎌倉はつい、

「馬鹿じゃないの? あんた、唐変木って言われない?」

 要らないお節介にもほどがある。

 他人の恋愛事情にベラベラと横槍を入れて、茶々を入れて。

 確かに友人の恋が進展すればいいなという思いはあったものの、だからといってここまで世話を焼くつもりはなかった。

 半分以上言ってしまった。

 さすがに座間も、もう気付いただろう。

 その場では空気が悪くなってしまって、走り去ってしまったけれど、きっと彼だって気付いたはずだ。でなければおかしい。

 馬鹿なことをした。

 チームワークが乱れかねない最悪のミス。

 チームメイト七人中三人が、戦い前日に異世界から召喚されるのだから。せめて一週間前から集まれる自分達四人は、チームとして結束していないといけないというのに。

 鎌倉は頭を悩ませた。

 大学受験も両親とも大きな問題がなくここまで育って来た鎌倉にとって、これ以上なく頭を悩ませた。

 無論、たかが県境を決めるためだけの戦いに執着はない。

 だがやるからには勝ちたいというのが、スポーツマンの本能。

 得意分野でなかろうと、関係はない。負けて終わるのはあまりにも悔し過ぎる。

「大丈夫か?」

 私を心配して、大和がよく声を掛けてくれるようになった。

 大和は大学生の先輩で、四人の中では年長者ということもあってよく皆を気遣っていた。

 特に疲れた様子を見せていた鎌倉に優しかったのは、言うまでもない。

 彼は料理専門学校の生徒で、三人に手料理を振る舞ってくれた。

 鎌倉の大好物であるスイーツパンケーキは、この一週間でいくつ作ったことか。

 大和には、詳細は語っていない。

「問題ないですよ。それより、異世界召喚は今日ですよね」

「あぁ。今、フェアが召喚をやってるはずだぜ。なんだったら見に行くか?」

「……そうですね。退屈しのぎにはなるでしょう」

 チームを組む三人の異世界人。

 彼らの召喚は、進行役かつ審判のフェアの役目である。

 一体どのようにして召喚を行なっているのか、誰にもわからない。

 ただ彼が存在するからこそ、現在の異境いさかいのルールが実現していることは間違いないだろう。

「――鉄鎖てっさ。白銀の砂時計より、零れ落ちる砂金。歯車は回り、奈落は上がる。満ちる時は有限なり。訪れるべき終焉は一時停止し、異なる空の下で命を刻む。戦いに勝鬨はなく、敗走の脱兎もない。敷くべき正義もなく、栄える悪もない。然らば、ただ己が正義、己が悪を信じ、ひたすらに剣を振るうがいい。力の限りを尽くすがいい。得るものはなく失うものもない。しかして異なる青を携えた世界のいさかいに馳せ参じる騎士よ。今ここに、我らが眼前に顕現せよ――」

 眩い光を放つ陣より、三つの影が姿を現す。

「ンハハハハハ! 敷くべき正義もねぇって部分が好きだったぜ! 呼ばれてやった!」

「くぅっ、くぅっ、くっ。戦場はどこや? 血はどこや? 敵はどこかいなぁ」

「……召喚、応じる。敵、倒す」

 こうして異境前日。神奈川陣営七名の代表が揃った。

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