狂戦士咆吼

強襲 神奈川陣営

 神奈川陣営の作戦はまず、ティーチの魔法で地の利を得ることからだった。

 まさか東京陣営まで、海賊でないにしろ船に所縁ゆかりのある転生者を召喚出来ているなど思っていなかったので、海上戦ならば有利に戦況を持って行けると思ったのだ。

 確かに、東京陣営に水上戦はなかった。

 だがまさか、空を飛ぶ術を持った相手があんなにもいるだなんて。

 作戦を立案した座間ざまも賛同した皆も完全に、空からの攻撃は盲点だった。

 さらに言えば水上をジェットスキーと同等以上の速度で走行する鎧の騎士など、想定出来るはずもない。

 それでも七人全員が飛行能力、もしくは水上移動能力を持っているというわけではなかったらしい事に安堵するしかなく、この一手で、相手の中で一番の大物を抑えられていることを願うしかなかった。

 それに空中戦が盲点だったことは事実であるが、対抗策がないわけでもない。

 ティーチの砲撃の他にも、相手を狙い撃つ手段はある。

 それを為すのが、上鶴かみつるの役目だ。

 持っているのは、白銀のスナイパーライフル。

 通常は砲口が顔を見せる口からライフルを出し、水上を走る人馬を狙う。

 このとき唯一の上鶴の過ちは、ライフルの色を白銀にしてしまったことである。

 降り注ぐ真夏の太陽光を背に、さかいが火柱の矢を構える中、白銀の装飾は光を反射して隠れるのが難しかった。

 故に人馬の背に乗る常盤ときわは反射する光を見て気付き、回避行動を取らせようとした。

 だがそれよりも速く、上鶴は引き金を引く。

 銃声を聞いて頭を下げた常盤を守るように、人馬は盾で防いだ。

「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあああああああああああっっ!!!」

 敵からの攻撃に興奮して、人馬が突進する。

 同時、堺の矢とティーチの砲撃が衝突した。

 太陽のプロミネンス規模の火柱が、巨大な水柱と衝突して凄まじい量の水蒸気が舞い上がる。

 JR町田駅前の東と西に分かれた背の高いショッピングセンターを丸々呑み込み、その上を飛ぶ堺すらも呑み込む規模の水蒸気で視界が働かない。

 だがティーチだけは、水蒸気の中で堺の位置を影で捉えていた。

 異世界の海には、濃霧で視界の利かない場所などいくらでもある。そこに比べればまだ、水蒸気の中は全然見える方だった。

 砲口は水蒸気の中で、堺を捉えている。

 そして迷いなく、隙を突く狙いも一切なしで撃った。

 決して人一人に向けるものではない規模の螺旋の破壊光線が、空を昇る。

 異世界では怪物相手に容赦なく放って来た砲撃であるが、感覚が麻痺しているのかそれとも海賊の感覚か、人に向かって砲撃するのにも一切の躊躇はない。

 ましてやティーチにとって、プロミネンスを想起させる規模の矢を放てるだけの相手に遠慮する方が失礼であり、そもそも全力で以って相手するしか戦い方を知らないため、遠慮する気も躊躇する余裕も何もなかった。

 殺傷能力がある程度削がれて、相手を殺せなくなっているのだが、そんなことも憶えていない。

 仮に殺せたとしても、ティーチは遠慮なしに砲撃していたことだけは確実である。

 鎌倉かまくら大和やまとはやり過ぎだとすら思っていたが、すぐにそんな心配は必要ないと理解する。

 最初の砲撃を躱され、後続を悉く撃ち落とされた。

 躱されるだけならまだしも相殺された経験はティーチ自身あまりなく、プライドはズタズタに傷付けられる。

 だが同時、強敵の出現に燃えるものを感じて、ティーチは高笑った。

 三叉槍を振り回して、周囲の水を刃に変えて、放つ。

 針のように鋭く細い刃が、一度に数百もの数で襲い掛かる。

 だが次の瞬間、敵の姿が消えて、懐に飛び込まれていた。

 咄嗟に槍で防御し、剣撃を防ぐ。

 膂力では図体の大きさからティーチの方が上で、片腕で両手持ちの斬撃を受け止められるだけの差が存在した。

 だがティーチは危うく、斬られるところだった事を理解している。

 図体がデカい分、自身には欠けている速度の領域で、敵が勝っていることを感じ取った。

「ンハハハハハ! なんだおめぇ、やるな。この世界の人間だな? 俺ぁ、エドワード・ティーチってんだ。黒髭って言った方がおまえらには伝わるらしいな」

「黒、髭……イギリスの、海賊。今の海賊の、代表的、存在……」

「おぉよ。おまえらにとっての異世界ってところでも、海賊やってるぜ。今回はこっちのが面白そうだったんで、邪魔させてもらってる。小僧、おまえはなんでこれに出た」

「待ってる、から。日向ひなた、が……俺が勝って戻って来る、の、待ってる、から」

 槍と剣が弾ける。

 互いに距離を取って構えたが、接近戦ではなく射撃の構えだ。

 砲口と矢が、すでに相手を捉えている。

「ンハハハハハ。女のためか。いいねぇ、男はそうじゃなきゃいけねぇ。俺は海の男しか知らねぇが、この時代の男ってのはナヨナヨしてる奴ばっかりで面白くねぇと思ってたんだ。てめぇとは酒でも飲みかわしたいところだぜ」

「お酒、まだ、飲めない」

「硬いこと言うなって。人生楽しんだもん勝ちさ。どれだけの法律を犯そうがどれだけの人間を殺そうが、自分が生きてなきゃ、人生とは呼べねぇだろ? 抑圧されてばかりじゃ、なんのために生きてるかなんて考えちまう。ならおめぇ、したいようにやって殺された方が楽しいぜ」

「海賊の、流儀……?」

「まぁ、そんなところさ。喰いたいものを喰う。抱きたい女は抱く。欲しいものは奪う。人間ってのは欲深い生き物だ。我慢してたら死んじまうぜ。おめぇも、その鉄仮面の下に隠し持ってるんだろ? 野獣を」

「ティーチ! 何を悠長に話しているの?!」

 鎌倉が横から入り込む。

 飛んで回避した堺は威嚇射撃で二人に回避行動を取らせて、その隙に空へと離脱した。

「貴方、やる気あるの?」

「……おいおめぇ、何をしてくれてんだ」

 次の瞬間、鎌倉の胸をティーチの槍の石突が押さえ込む。

 甲板に押さえつけられた鎌倉はもがくが、槍はビクともしない。

 そのずっと頭上から、ティーチの怒りに満ちた眼光が落とされていたことに気付いて、鎌倉は戦慄を覚えた。

「男の勝負だぜ。横から余計な世話焼いてるんじゃあねぇよ。女が前線に立って戦おうって心掛けは立派だが、男の勝負を邪魔しちゃあいけねぇ。最後の留めって瞬間に、もうやめてと涙ながらに懇願する女ならまだわかるが、武器持って、戦える奴が弁えてなくてどうする」

「おいティーチ! おまえらも、止めてくれよ!」

 牛若丸うしわかまるもエルキドゥも、その場から動こうとしない。

 仕方なく、怖いが、大和は助け舟を出そうと試みる。

「おいティーチ! 今は敵を追うことを考えようぜ! 仲間同士やりやってても、何もいいことなんかねぇだろ!」

「この先、何でもかんでも邪魔されたら適わねぇんだよ! 最悪、仕留められるってところでこいつが仕留めるようなことがあったら、俺がこいつを叩きのめさなきゃならねぇ。そうならねぇように、今ここで、言い聞かせておく必要があるだろうがよ」

「だからって――」

「戦いってのは伊達や酔狂でするもんじゃあねぇんだよ! 誇り、命、食糧、土地、財産、何かがかかってるからこそ、引けねぇからこそ、それは戦いなんだ! そこに賭けてるものの差で、勝敗は決まる! 俺はこの戦いに、俺の誇りを賭けてる! そしてその誇りは、他人の手なんて借りてまで守りてぇちいせぇもんじゃねぇのさ!」

 ティーチはようやく鎌倉を放す。

 だがその目は未だ、怒りに燃えていた。

「てめぇらが勝算の高い手段を取ろうとするのは間違ってねぇし、そういう作戦を取るのは俺も賛成だ。だがな。自分を曲げてまで、自分を殺してまで得た勝利なんざぁ、自分が生きてねぇ勝利なんざぁ、俺ぁいらねぇんだよ! だから俺の戦いを邪魔するな! てめぇらにとってこの戦いがただの余興でも、俺はこれに誇りのすべてを賭けてんだ! わかったかこの阿呆共!」

 ティーチが怒りのままに語り終えた直後だった。

 腹の底に深く響くような大きな揺れが全員を襲う。

 そのまま浮遊感を感じて、全員その場にしがみつくように這った。

「なんだ! 何をした、ティーチ!」

「俺じゃあねぇよ! この野郎……今の間に潜り込んだか!」

「みんな、この船はダメ、逃げてください!」

 人馬の狙撃に出ていた上鶴が戻って来た。

 仕留めた、という雰囲気ではない。

 顔面蒼白で、疑わしき光景を目の当たりにした直後という顔をしていた。

 おぞましいものを見たわけではないし、気持ちの悪いものを見たわけでもない。

 彼女が見たものは、ただの怪物だった。

「人馬が……! !」

「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあああああああああああっっ!!!」

 ティーチの怒号を掻き消すほどの獣じみた人馬の咆哮が、船の底から震動して、神奈川陣営全員の腹を震わせた。

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