謀略 東京陣営

 ジャンヌを拾い上げたさかいは飛ぶ。

 飛べるとはいえ、飛行速度に自信はない。

 機甲少女がジェットエンジンを噴射して来れば、追いつかれてしまいそうな不安はあったものの、とにかく彼女から距離を取るために飛んだ。

 今の今まで戦いにほとんど参加せず、力を溜めていた彼女を危険視していた遠藤えんどうの勘は間違っていなかった。

 基本はジャンヌを戦わせ、ピンチになれば助太刀してくれなんて言っていたが、魔法を扱うジャンヌでは相性が悪すぎる。

 魔法を封じる装備など、転生者に対しての兵器としては有効に過ぎるくらいだ。

「大丈夫?」

「問題ありません……ですが助かりました。ありがとうございます」

 異境ではチーム内でも、通信機を用意されてはいない。

 故にチーム内での交流が出来るかどうかもまた、異境の勝敗を分ける要因となる。

 今回の東京、神奈川、両チームにテレパスや念話などの能力者も魔法も持っているものはなく、お互いの連携はその場その場での状況判断に任されたが、東京陣営は神奈川よりも綿密な作戦会議を行なっていたため、ある程度の方針は決まっていた。

 ジャンヌと堺は機甲少女を倒せない場合、味方と合流してこれを総力戦で迎え撃つ手筈になっていた。

 だが合流するより前に、二人が見つけたのは倒れているエリザベートだった。

 すでに意識を喪失し、戦闘不能となっている。

 異境を実行するチームが、すでに彼女を回収しようとしていた。

 側には遠藤と、成瀬なるせの二人が立ち尽くしていた。

「成瀬、先輩……!」

「堺! よかった無事だったか!」

「平気。それ、より……エリザベート、やられた」

「あぁ。俺も先輩も、駆けつけたときにはもう遅かった。敵の魔法か、異能か、判別はわからないが、窒息に近い状態だった」

「遠藤、先輩、も……?」

 遠藤は半笑いで、首を横に振る。

 自分も何が何だかと、半分諦めたような笑みを浮かべていた。

 無論、自分が犯人だなどとは一切言わない。

「敵もやられてばかりとはいかないらしい。どんな技を使ったのか知らないけれど、エリザベートがこのザマだ。油断はできない。皆、気を引き締めてかかるよ」

 堺とジャンヌが再び機甲少女へと向かって行き、成瀬が常盤ときわを探して走っていくと、遠藤はその場でほくそ笑んだ。

 エリザベートを自ら倒した理由は主に二つ。

 大量にリードしたこの展開で、チームに出るだろう気の緩みを引き締めるためと、敵にわずかばかりの光明を見せ、巻き返そうとして意気揚々と出てきたところを叩くため。

 味方の緩んだ緊張感を正し、なおかつ敵の戦意を削ぐことなく、煽ることで逆にあぶり出す。

 今までの経験から編み出した、誰にも伝えていない遠藤だけの策。

 本来ならもう少し後、せめて敵をあと一人削ったくらいで使いたかったのだが、相手が意外と早々に引っ込んでしまい、使わざるを得なかった手だ。

 一度しか使えないし、不発もあり得る奥の手以上の禁じ手だが、効果のほどはすぐさま遠藤自身が実感していた。

 エリザベートが陣地にしていた広場へと上がるための階段を、大股で二段抜かしで上がってくる巨躯の大男。

 三つ又に分かれたトライデントを握り締め、遠藤と対峙して見上げさせる。

 エリザベートの脱落を聞きつけて、一番乗りに乗り込んできたのは、異世界転生者の大男だった。

「おい小僧。おめぇ、俺と戦う勇気はあるか?」

「残念ながら、僕は補佐役なんでね。あなたのようなゴリゴリの男と戦う余裕は――」

 トライデントが深く突き刺さり、貫通する。

 直後に崩壊した足場と共に、遠藤は落ちていく。

 自身の足場も崩れて落ちた大男は見事に着地すると、瓦礫に埋まってまったく動かない遠藤を見下ろして吐息を漏らす。

「これで敵陣の補佐役もダウンか……五対四。イーブンたぁいかねぇが、それでも一歩前進だなぁ。ンハハハハ、しかし詰まらねぇなぁ」

 大男は去っていく。

 コンクリート道路に深く響き渡る足音を、遠藤はまだ聞いていた。

 意識はまだ辛うじて残っており、瓦礫の重さも配分して致命傷は避けていたが、トライデントのダメージまで配分に回せる余裕がなく、すでに意識喪失ギリギリまでのダメージを受けて敗北は必至。

 例え立ち上がったとしても戦う術もなく、遠藤に勝ち目はない。

 そもそも立ち上がる気力も体力もなく、配分できる余裕もない。結果、立ち上がる意味もない。遠藤もすでに割り切って、立ち上がることを諦めていた。

 戦いにもならない暇な時間だったと、あくび混じりに立ち去っていく大男の後姿を見ていたが、不意打ちを決めるつもりもない。

 むしろ彼はそこでもほくそ笑んでいた。

 この結末まで、まるで自分の掌の上だと言わんばかりの嘲笑で。

 自分の出番はそもそもここまで。

 あとは任せた、後背諸君。

 そんなことすらいいそうな笑顔を浮かべたまま、遠藤はこの戦いから退場していった。


 戦況――東京・五:神奈川・四

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