古代の泥人形

招来 神奈川陣営

 かつて英雄、ギルガメッシュと戦うために神々に作られたと言われる泥人形、エルキドゥ。

 転生した結果女性となったのか、そもそもが女性だったのかはわからないが、とにかく現代世界にやってきた彼女はエルキドゥと名乗った。

 全身機械のパワードスーツをまとった彼女は、町田駅から徒歩で約一五分の国際版画美術館の周辺公園にて待機していた。

 ティーチの船が沈んでからずっと戦場最端と指定されているこの場所へ飛び、力を蓄えていたのだが、それもできなくなった。基、必要なくなった。

 自身が起動するための充電はすでに完了して、敵が目の前にいるからである。

「東京陣営、ジャンヌ・ダルク。あなたと戦いに来ました」

「エルキドゥ……」

「エルキドゥ? 神話に名高い泥人形。戦うために主がお創りになられた存在、ですか」

 ジャンヌ・ダルクと名乗ったかの聖女は、エルキドゥという神話の時代より語り継がれる存在が目の前にいることに驚いていた。

 いや、感動していたという方が近いか。

 自分の崇めるとは違うが、神々の創造物にあたる生物と相まみえることになるなどとは全く思っていなかったと、彼女の顔には書いてある。

 エルキドゥは彼女の驚愕の表情を見て、この世界に来てから得た知識と照らし合わせて納得する。

 想定出来る、召喚されるだろう異世界転生者の名前と生涯は、呼ばれてからずっとインプットし続けた。

 その中でも、ジャンヌ・ダルクは一番と言っていいほどの知名度を持つ候補だった。

 その生涯はもちろんのこと、苦難ばかりの生涯を生き抜いた彼女をモデルとした多くの作品が存在し、彼女をモデルとした多くのキャラクターが存在する。

 異世界転生にて彼女がどのような魔法を会得しているかなどわかるはずもないが、しかしある程度の特定は可能。

 ティーチの海賊船。牛若丸の無限刀剣召喚。自軍の転生者だけを見てもよくわかる。

 しかしそれでも、ジャンヌ・ダルクが大剣を携えているなどと想定出来るはずもない。ましてや牛若丸のようなただの刀ではなく、魔力の籠った魔剣を六本も。

 異なる色彩で輝く魔剣が、彼女の後背で円形に並んでゆっくりと回りながら浮いている。

 それぞれから異なる違う魔力、属性を感知できる。

 エルキドゥの転生した世界と違って、聖女の転生した世界は魔剣の文明に長けていたのかもしれない。

「何故、主の創造物たるあなた様が、このような諍いに係わられたのですか」

「戦いのために創られた、それが私。だから戦う。それだけ」

「使命にただ従っただけだとでも? 神話に名高い神造兵器。かのギルガメッシュ王と戦うために創られたものの、人の心を知り、人としての権能を得て、倒すべき相手も友として受け入れた。そんなあなた様が、ただ戦うためだけに召喚に応じたと、そう仰るのですか」

「戦いに理由、必要? 人の歴史、いつだってそう。奪うため、戦う。奪われないため、戦う。今回も、ただ国の境目変えるため、そのためだけの、戦い。ジャンヌ・ダルク。聖女の百年戦争も、奪われたもの、取り返す戦い」

「私は、主の導きを受けたまでのこと。主が私に戦えと、旗を取れと命じられたから動いたまでのこと。この戦いもまた、主の導きです」

「それでは、ただの人形。私より、聖女、ずっと、人形みたい」

「そう、罵られたこともあります。主のお考えがどうしておまえにだけ伝わるのか、どうして主の声は私にしか聞こえないのか、どうして主の声を信じ、疑わないのか。私は最後には魔女として処刑された人間です。いえ、主という幻想に溺れていただけの、人形だったのかもしれません。ですが主の導きが、これから生きていく祖国の民のためと思えば迷いなどなかった。主はいつとて人には寛容で、ときに残酷に過ぎるくらいお優しい」

「そんな都合のいい神、いない」

 エルキドゥのまとうスーツから、起動音が鳴り響く。

 脚に装着されている部分から炎が噴出されると、その勢いを推進力に変えて飛び上がり、上空へと舞い上がる。

 背中の鶴翼が大きく開いて、端々からエンジンを噴出してホバリング。

 両腕の格納が開くと、そこから大量の粉塵がばら撒かれた。

 緑色に発色するそれは聖女へと降りかかり、次の瞬間に爆発する。

 人の体温に触れた瞬間に点火し、爆発する未知の爆発物。

 黒煙が立ち上り、火の粉が舞う。周囲の木々に燃え移ることはなく、ひたすら上に上っていく火の粉と黒煙の中で、聖女は六本の魔剣に守られた状態で立ち尽くしていた。

 若干防御が間に合わなかったのか、右手の袖のほんの先端が火の粉で焼け焦げている。

「神、意地悪。神、身勝手。神、自己中。人の営みに関与しない。するとしても、直接はしない。私、あなた、誰か通じて、悪戯にかき乱す、だけ」

 聖女もまた飛び上がり、六つの魔剣で応戦する。

 聖女の指の動きに合わせて操られる魔剣が、縦横無尽に飛び回ってエルキドゥへと走る。

 赤い魔剣が炎を、青い魔剣が水を、黄色の魔剣が岩石を、緑の魔剣が風を、黒い魔剣が闇の波動を、白い魔剣が真白の雷を携えて、神々に作られし泥人形へと迫る。

 地水火風陰雷の六属性をまとった魔剣の突進など、彼女にとってはそれほど特別焦るような攻撃ではない。

 彼女が主と崇める神々が、当然の如く操っていた力だからだ。

 機械的思考回路は冷静に、対応策を計算して導き出す。

 エルキドゥの両腕の装甲が同時に開き、眩く輝く青白い光線が周囲に解き放たれる。

 すると軌道を変えながらもエルキドゥへと向かっていた魔剣の全てが彼女を見失ったかのように狂い始め、その場で狼狽えるように右往左往し始めた。

 聖女のコントロールも受け付けず、混乱している隙を突いてエルキドゥは駆ける。

 肘のブースターから炎を噴射し、勢いを増した鉄拳が聖女に叩き込まれる。

 ガードした聖女の両腕をへし折らんばかりの威力だったが、聖女に施されている身体能力の強化も柔ではなく、両腕の骨折こそ防いだ。が、勢いよく殴り飛ばされる。

 それこそ小規模のクレーターが出来るほどの凹みが、公園の中央に空くほどの衝撃を叩き込まれた聖女は魔剣を一度自身の背に戻す。

 動きが狂わされていたが、六本とも異常は見られない。

 エルキドゥの放った光の効果は一時的だったようだが、しかし、一時的でも無効化されたことに違いない。

「私の転生した世界、機械化世界。魔法と争う世界。魔法、無効化する手段、たくさんある。月の光、魔力狂わせる。暴走させる。制御、奪う」

 さらに、とエルキドゥは続ける。

 背中の鶴翼から多数の刃が飛び出すと、一斉に聖女へと切っ先を向けて威嚇する。

 コメカミ部分の装備から標的をロックオンするための画面が出てくると、全ての刃が小刻みに震えて光り始めた。先ほどと同じ、真白の光だ。

「神との対峙、神秘との対峙。神秘を殺す術、打ち消す術、幾らでもある。そういう世界、私転生した――!」

 魔剣で受けようとした聖女は逡巡し、回避に徹する。

 先ほど真白の光を受けて、魔剣が制御出来なくなったのだ。同じ光をまとっている刃を受けた魔剣が、最悪砕けることをも想定しなくてはならない。

「あなた崇める、主、無力。あなた助けない。声、届けない。この世界にもう、無関心。神、身勝手。だから私、この戦い、出た」

 聖女は刃に囲まれる。防御不可能。回避も不可能。

 まさか自分の魔法を完全に封じられる手段があるなどと思わず、敗北は必至。

 それでも諦めずに目だけは力強い眼光を保っていたが、すでに彼女に出来ることがないことは、エルキドゥ自身も悟っていた。

「主が身勝手な存在だからこの戦いに出た? それは一体、どういうことです」

「神、最も信じる聖女。だからあなた、呼ばれたと思った。だけど違った。ならもう、用、ない」

 すべての刃が同時に、聖女へと降り注がれる。

 聖女自身、自らがあらゆる方向から串刺しにされる光景を見て、仕方ないと魔剣すべてが粉砕されることも覚悟の上でガードしようとしたが、直前、その必要が消え失せた。

 上空から降り注いできた一本の火柱が、熱風ですべての刃を吹き飛ばしたからだ。

 直後、飛来してきたそれは聖女を抱えて飛び上がり、離脱していく。

 エルキドゥも追うことはできたが、しなかった。

 というよりは、必要がなかったという方が正しいか。

 彼女の目的は聖女にも、聖女を助けた青年にもない。言ってしまえば、この戦いの勝敗すらもどうでもいい。

 ならば何故、この戦いに望んだか。

 エルキドゥの視線は、ずっと先にいる標的へと向けられていた。

 それこそ殺意にも近い、血に塗れた感情で。

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