決戦ーⅢ
甲冑で覆われていた姿しか見ていなかったため、鬼のような顔には驚かされたものの、しかし凛々しい顔つきだと思った。
姫を護るため決死の覚悟を持って戦う、彼自身が理想とした騎士の姿がそこにあった。
今は力尽きてしまって、命を賭して戦った騎士の最期と対面している様だが、しかし立派である。寧ろ力尽きているからこそ、立派に見えるのかもしれない。
此度の戦いで、言葉を持たない彼が何を思って戦っていたのかはわからない。
だが常盤と共に戦場を疾走するその様には、思うところがあった。
それは孤児である堺には難しい感情で、説明が難しい。
だが彼女を護るため、彼女を見送ってから敵に向かっていった彼の姿に、堺が感じたものは嘘ではない。
それだけは堺自身、理解していた。
「あと……任せて、くれ」
敵は既にジャンヌと対峙していた。不意打ちされる事も考えて既に抜刀済み。
だが青髭に不意打ちなど出来る余裕はなかった。
目の前の聖女との対面ならぬ対峙に、驚愕のあまり固まっている。
「なんと、なんと……!」
よりにもよって何故。
心の底から心酔し、崇め、彼女が信じる主よりも信じるかの聖女のために戦っているというのに、その聖女が敵として現れる。
主の与える試練にしたって、質の悪い冗談では済まない。
主を恨まん。主を呪わん。
人の不幸を見て弄ぶ、最悪の道化だ。
そして異形の姿ゆえ、自分がかつて共に戦った盟友だと気付きもしない。
この運命をひたすら呪う。この運命を用意した主を、神を呪う。
もしも目の前にいたのならば、殺して見せる。必ず。
「人に化けていたのですね。依り代とした青年は、どうしたのですか?」
言葉が出ない。
未だ青髭は憤怒の炎を、見えざる神へと向けている。
その沈黙を、ジャンヌは戦闘開始と見受けた。
二本の魔剣が放たれて、爆風と爆煙が爆ぜる。
コンクリートに亀裂が入って、破裂した水道管から水が噴き出す。
煙の中から出てきた青髭の複眼――二つの目が潰れていて、背中の腕が一本捥げている。すぐに目は治り、腕も生えてくるのだが、追撃の魔剣が青髭を狙っていた。
再び二本の魔剣が落ちて、爆発する。
直後、煙から出てきた青髭は蛇のようにうねる舌を出し、四本の腕と脚で壁に減り込んで四つの複眼を右往左往していた。
堺が手出しを躊躇うほど、動揺している。
「もう一度聞きましょうか。依り代にした青年は、どうしたのですか」
わずかに顔を上げ、隻眼で青髭を睨む。
その眼光に貫かれると、青髭はまた四つの目から大量の涙を流し始めた。
憤怒や憐れみによるものではない。感動だ。歓喜している。
当然、ジャンヌも堺も理解などできない。
だがこの涙は止められなかった。
例え敵だったとしても、凛とした姿と眼光を放つ彼女の、生前と変わらぬ姿を見れば、懐かしさから涙が流れるのは必定だろう。
「おぉ、おぉ……! ジャンヌ、ジャンヌ、ジャンヌ! あぁ、ジャンヌ! 我が麗しき羨望の聖女! 我らが国を救いし救済の乙女! 異世界に生まれ変わろうと、その立ち居振る舞いに一切の狂いなく、あなたはあなたなのですねっ!」
「知り、合い……?」
堺が問う。
そのとき堺は、一瞬だけ垣間見た。
彼女が何かを理解し、涙を流しそうにさえなって、堪えた瞬間を。
むしろ自分がやらなければならないと、覚悟を改めた瞬間を。
「いいえ、このような知人はいません。悪魔は心に潜む者。例え異世界に生まれ変わったからと言って、主を信じる限り悪魔に呑まれるはずなどないのです。少なくとも、私が戦った友とは、そういう方々でした」
「それはあなたが死ぬまでの話。あなたの死によって私を含め、一体どれだけの人々が嘆き悲しみ、主に対する反感を覚え、己の中の悪魔を育て上げたか。あなたは知らないのですよ」
「知っていますよ。この時代に、あなたもいたのでしょう? ならば知っているはずです。この世界に残されている情報量を。私達の戦いも、あらゆる媒体となってこの世界に残っているのです。あなたも我が同胞だったというのなら、真っ先に見たことでしょう。私も……」
「ならば――!」
知っているはずだ。
私があなたを喪って、どのような悪事を働いたかを。殺し、穢し、犯し続けた罪の数を。
それらを最後に裁いたのが聖女と共に信じた主などではなく、同じ人間だったことも。
しかしその嘆きを、訴えを、叫びを言わせなかった。
聖女はただ――
「知っていますよ。私の戦いの後、フランスが何度も戦いを繰り広げたことも。そこに聖女は存在せず、神の声を聞いた者もない。そして今、フランスは平和です。それでいいではありませんか。それが幾度の戦いを経て手に入れた、祖国の平和なのです」
「ですがそれでは……!」
「私は、報われていますとも。だって現代には、私の代わりに自由に遊び、私の代わりに恋をし、子供を生み、家族を作ってくれる人達がいるのですから」
青髭はそこで、まるで操る糸が切れた人形のように項垂れたまま動かなくなってしまった。
堺もまた驚愕していた。
ジャンヌ・ダルクと過ごした期間は一週間もない。
彼女は呼び出されてからずっと、堺の戦闘指南役を買って出てくれて、ずっと戦い方を教えてもらっていた仲だったけれど、彼女という人間を理解し切るには時間が短過ぎた。
だが今この瞬間、ジャンヌ・ダルクが聖人として認められた理由を理解した気がした。
もしも彼女のような人が現代にいれば、その人は酷い言葉で罵られるかもしれない。
それこそ魔女だとか、偽善者だとか、呼ばれてしまうかもしれない。
友人でもなく知人ですらなく、祖国に住むすべての人々のために立ち上がり、戦った彼女は、この世界ではあまりにも眩し過ぎる。
まるで自分の醜さ、至らなさを見せつけられているようで、劣等感を感じて仕方ない。
正し過ぎるもの、美し過ぎるものを目の前にすれば、人は誰しもが羨むものだ。
それこそ堺が日々、
彼らにとってきっと、日和はその名の通り太陽のような存在なのだ。
だからこそ、そんな彼女のために戦おうと思えるのかもしれない。
そういう意味では、堺の中で、ジャンヌと日和は同じ場所にあった。
「あぁ、憐れな聖女よ……あなたは救われたというのですか? あなたは報われたというのですか? そんなはずがあるか。あるものか! あるわけがない! 国を救い、民を救った英雄が、聖女と呼ばれた英傑が、国によって裏切られて満たされたわけがない! あなたが救った国はあなたを救わなかった! 救えたはずだ! だのにあなたは救われなかった! 遺恨が残らぬはずはない!」
「しつこいですよ」
青髭は見逃していた。いや、見ていなかった。
聖女のまえで六本の魔剣が円陣を組み、魔法陣を形成して中央に光を収束させていた。
ジャンヌは深く、力強く握り締めた拳を引いている。
「仮にも私と共に戦った同胞だというのなら、私の言葉を疑わないことです。例え主を信じることが出来ずとも、私の言葉なら信じられるはず」
「ジャンヌぅぅぅぅっっっ!!!」
「さようなら」
突き出した拳によって放たれる光は雷撃の如く、凄まじい光量と爆音を携えて悪魔と化した青髭を焼く。
青髭が爪を立てていたデパートは崩壊し、隣のデパートとを繋いでいた連絡通路が折れて崩落する。
成瀬とドン・キホーテの二人を担いでとっさに大広間下の空間にある交番近くまで逃げた堺は、崩落する建物と違ってゆっくりと下りてくるジャンヌに駆け寄った。
駆けつけるまえにジャンヌは崩れ落ち、膝をついて項垂れる。
六つの魔剣は近くで深々と道路に突き刺さっており、それらが一斉に泡のように崩れて消えていった。
ジャンヌの魔力が切れたのだ。
「これで、終わりですね……あとは、あなたです。コータ、あなたが決着を着けてください」
残りあと一人。
ジャンヌさえも追い詰めた機械の少女。
堺に自信はない。
だが終わらせるにはやるしかない。
ジャンヌもドン・キホーテも成瀬も、力の限り戦った。
次は自分の番だ。
「わかった」
と、堺が短い返事を返した直後だった。
崩落した瓦礫から、黒い炎の塊のようなものが伸びて出てくる。
見ると、背中の両腕が捥げた代わりに炎の翼を広げた青髭が、四つの眼球を失った目でジャンヌを睨んでいた。
「あぁっ! ジャンヌ! おのれ、ジャンヌ・ダルク! 我が思いも届かぬのか! 俺がおまえを尊び、崇め、信じていた時間の全ては、無駄だったというのか! おのれおのれおのれおのれおのれ! 許さぬ、許さんぞジャンヌ・ダルク! この偽りの偽善者めっっ!!!」
境には理解が届かない。
結局、彼の信じてきたジャンヌ・ダルクとは、彼の中で生きていた虚像に過ぎない。
不条理に苛まれ、無実潔白の身でありながら処刑された少女は、この世界を呪っているに違いない。自分を救わなかった国を、神を恨んでいるに違いない。
そう思い込んでいたからこそ、彼は戦ったし強かった。
しかし彼女本人にそれを否定され、彼女の中でジャンヌ・ダルクは悪となった。
己の信じる、彼にとって神に等しい純白の聖女を穢されたことに激怒していた。
彼が勝手に思い込んだが故の行き違いだが、彼にそんな説得は通じない。
彼はすでに悪魔となり、禁忌を犯してしまった。
その理由が、根源が、まっこうからすべて否定されてしまったのだから。それも本人に。
行き場のない怒りが炎となって、凄まじい熱量を放って燃え上がる。
それこそあのとき聖女を火刑で燃やした、炎のように。
「返せ、返せ……! 俺のジャンヌ・ダルクを返せぇぇぇっっっ!!!」
炎の翼が伸びてくる。
すでにジャンヌに戦う力はなく、炎を防ぐ術もない。
だがそこには彼がいた。
そう、まだこの戦いでほとんど力を見せていない彼が。
堺は漆黒の炎を斬り裂いた。直後、炎をまとった矢を放って、青髭の頬を掠め切る。
「ジャンヌ、は……やらせない。おまえには、やらせ、ない」
「そこをどけ部外者ぁ! 俺はそこの女に用があるんだっ!」
自分の信じる者が穢されたことへの憤怒は、未だ境にはわからない。
しかし奴に、彼女をやらせるわけにはいかない。それだけは理解できる。
奴の怒りが、逆恨みというのもわかる。
故に倒す。
「先輩、みんな、には……申し訳ない。だけど、こいつだけは、倒す――!!!」
直後、青髭は風圧に吹き飛ばされる。
必死に踏ん張って堪えると、眩い光源が眼球を失った目を焼かんばかりに輝いていた。
純白の光を降り注ぎ、橙色の熱を帯びた温かな光。
それはまさしく、太陽そのものだった。
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