決戦ーⅡ
我が聖女は穢された。
世界に裏切られ、殺された。
少女のように遊ぶことも許されず、恋する自由もなく、神の声を聞いてしまったがために、戦う運命を強いられた悲運の少女。
だというのに、世界は彼女を裏切った。使い捨てた。
百年の戦争を終わらせた英雄を、世界最高にして最年少だろう女傑、聖女を切って捨てた。
だが今では彼女は聖人と認められ、人々からの信頼は厚く、この日本では様々な文芸作品の登場人物のモデルとなっていることを知った。
だからこそ、怒りが込み上げる。
何故彼女が生きている時代に、彼女は認められなかったのだ。
何故彼女は殺されなければならなかったのだ。
まるで戦いのない世界を作り上げるための人柱。
彼女にだって、現代の子供達と同じ青春があってよかったはずだ。
友と遊び、誰かに恋をし、人としての幸せ、女としての幸せを掴んでもよかったはずだ。
だというのに何故、何故、何故――
* * * * *
「つぅぎぃはぁぁぁ……?」
青髭の首が一八〇度回転して後ろを向く。
すでに目と鼻の先、その頭を貫こうとする槍が迫っていた。
咄嗟に身を屈めて躱す。
鼻の頭を槍が掠めたが、問題はない。
そのまま両腕を地面について深く折り曲げ、高く跳躍する。デパ地下へ行ける階段の入り口である屋根上に乗ると、再び首を回して正面を向いた。
そうしたらまた、すぐ目の前に槍が迫っている。
咄嗟に受け止めようと腕を伸ばすが、貫通して尚迫って来る。
直後に他の三本の腕も伸ばして受け止め、なんとか頭が砕けることだけは阻止したが、四つの手全てが貫かれた。
咄嗟だったので見切れなかったが、槍は螺旋するように渦巻く魔力をまとっていた。
高速で回転することで、貫通力を上げた槍。そう簡単に止まるはずもない。
だが、止まってしまえば問題はない。
背中から伸びている二本の腕を引き抜き、傷が塞がったところで人馬が槍を握る手をさらに握り、もう二本の腕を捻り、掌が貫通した状態で槍を回転させる。
槍を握る手を掴まれている人馬も共に回され、突然凄まじい遠心力に体の重心もあちこち振り回されて人馬の三半規管が狂って行く。
何度も天地の逆転を繰り返して、人馬が天地を見失った頃合いを見計らって青髭が手を離すと、人馬は勢いよく地面に叩きつけられた。
自身の手を貫いた槍を引き抜き、漆黒の炎で槍を燃やし、四本の腕で柔らかくなった槍を折り曲げて捨てる。
だが立ち上る土煙を振り払って起き上がった人馬は槍になど目もくれず、頭上から見下ろす青髭を睨み返していた。
だが一瞬だけ、一瞥をくれる。
先には、意識を失い眠る
既に槍はない。
鎧も砕かれた。
だが戦う術はあり、未だこの体は健在ならば、戦う以外にない。
実際、狂気に侵された人馬が何を思っているかなどわからない。
だが成瀬に一瞥を配った人馬の肉体は次の瞬間真っ赤に染まって膨れ上がり、全身を刻印のような
「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」
「狂戦士か……いいよなぁ、楽で。言葉も使えないくらいに狂っちまえば、戦う意味も考えないで済むもんなぁあっ!」
手刀。
背中から生える二本の腕の爪が伸び、燃え盛って橙色に染まる。
鉄をも切り裂く業火の爪を携えた手刀が、風切り音を立てて伸びてくる。
だが人馬――ドン・キホーテは動かない。
それどころか迫りくる手刀を手を焼き切られながらも捕まえると、凄まじい怪力で引っ張って引き千切った。
わずかに揺らいだ青髭に、すかさず引き千切った両腕を槍投げの要領で投げつける。
燃え盛る爪が迫り来る。両腕の修復は間に合わない。
だが青髭にはまだ二本の腕がある。振り払ってしまうことは造作もない。
さらに言えば炎を司る者が、炎に対して耐性がないはずはない。
少なくとも青髭の生きた異世界ではそういう理屈だった。
自身の操る炎がどれだけ高温だろうと、自身の炎ならば振り払えないはずはない。
故に飛んで来た腕を払うことは本当に、造作もなかった。
だがドン・キホーテの狙いはそこではない。
むしろこれは囮。わずかでも青髭の意識を自分以外に逸らすのが目的だった。
青髭が自分の飛んで来た腕を払ったとき、ドン・キホーテは青髭の背後へと回って拳を振り抜いていた。
それに気付いて九〇度まで回った青髭の首が、逆方向に何度も回転しながら体ごと吹き飛んでいく。
向かいの歩道のバス停まで吹き飛び、時刻表にぶつかって短い悲鳴を上げた青髭だが、休んでいる暇などない。すぐさま、ドン・キホーテが飛んでくる。
槍を失ってリーチが短くなったとはいえ、ドン・キホーテの速力はそもそも常人はまず、転生者の中でも群を抜いて速い。
さらに繰り出される拳はコンクリートも簡単に粉砕し、ガードレールなど捻じ曲げてみせる。
おまけに抜群の速力を生み出す人馬の脚で蹴られようものなら、一撃必殺も無理ではないだろう。故に繰り出される拳よりも、上半身を持ち上げて繰り出される蹴りにこそ、青髭は神経を集中させた。
だが拳を無視するわけにもいかず、遅れて生えた背中の両腕で受け止め、いなして躱す。
ドン・キホーテ自身、自分が持ち合わせている攻撃力の高さを充分に理解している。
故に繰り出されるのは連打、乱打。
青髭に魔法を繰り出させる隙など与えない。
「あぁぁあぁぁぁっっ!!!」
「あぁ! うるせぇっ!!!」
四本の腕に炎をまとい、拳で応戦する。
乱打と乱打の応酬で、互いに殴り殴られる。
だがドン・キホーテは殴打だけでなく炎まで受けて、体を徐々に焼かれていく。
ダメージがあるのは圧倒的にドン・キホーテだった。
だが倒れない。
どれだけ殴ろうとも殴り返してくる。
だがダメージが溜まっていることは確実だった。
ドン・キホーテは開幕直後から暴れ過ぎた。
すでに体力面でも魔力面でも、相当に消耗していた。
故にこの乱打も魔力の増加も、一時的なものだと青髭も理解していた。
狂戦士らしく、なりふり構わず魔力と膂力を放出しているだけだ。
狂戦士が先に倒れることは必至。
故にこれは時間との勝負でもある。
ドン・キホーテが力尽きるのが先か、青髭が仕留められるのが先か。
ドン・キホーテの拳を青髭の腕が受け止める。
だが凄まじい威力で腕が所々で折れ、変形する。
それを見て好機と思ったのだろう。一歩踏み込んで殴りかかって来る。
だが青髭からしてみれば、それこそ好機。
一歩踏み込んできたところで逆に懐に潜り込み、燃え盛る拳で顎を撃ち抜くアッパーカット。
人馬の体が持ち上がり、初めてドン・キホーテが呻く。
下顎をやられたことで脳が揺れ、まともに立てもしなくなるはず。それで時間も稼げる。
これで終わりだ――と、青髭は確実に油断した。
体が持ち上がった。すなわち、上半身が上がったのだ。前足が宙に浮いており、蹄鉄は今青髭も見える位置にある。
つまりそこから前に突き出せば、必然的に青髭の顔面を蹴り飛ばせる。
倒れる寸前、最後の抵抗。
ドン・キホーテ渾身の前蹴りが、青髭の顔面を撃ち抜く。
殴られた時以上に勢いよく頭が回転し、体が縦に横に回転しながら吹き飛んだ。
ビル内に常設された居酒屋の看板にぶつかった青髭と、ドン・キホーテが倒れたのは同時だった。
だが疲労困憊、満身創痍のドン・キホーテに立ち上がる体力はなく、魔力も尽きて気も失う。
直後、立ち上がった青髭は大量の胃液を嘔吐する。
蹴りを喰らったのは顔面だと言うのに、全身を駆け巡った衝撃は胃をも圧迫して嘔吐させた。
だが魔力はまだ有り余っており、結界の回復能力と合わせればまだまだ戦闘は続行可能。
残り三人。
先ほど取り逃した少女は、自分と対峙出来るだけの力はないと思われる。
そして今、二人倒した。
一人だけ確認してないが、現代人が脱落したとすれば残りは二人は転生者。
だが問題はない。
それらを屠れるだけの自信も、切り札もある。
さぁ、来るのなら来い。
殺せはしないが殺してやるぞ。
「あなたですね、紛れ込んでいた転生者というのは」
声は上から降り注いできた。
それこそまさに、聖女が聞いたという主の導きのようだった。
しかし青髭が見上げた先にいたのは、崇めるべき主などではなかった。
六本の魔剣を携えて、凄まじい魔力を放つそれを、思わず魔女と呼びそうになって呑み込んだ。自分だけは、彼女をそう呼んではいけなかった。
「すみませんが、ここで終わらさせていただきます」
彼女はかつての仲間だと、気付いてなどくれない。
異世界に転生し、異形の悪魔となってしまったのだから気付くはずがない。
故に聖女は、ジャンヌ・ダルクは剣を抜く。
この時青髭の怒りの矛先は、聖女を魔女として断罪した過去の不条理から、今現在に至るまで自分にとって残酷な不条理を押し付けてくる主、そのものへと向いていた。
戦況――東京・三:神奈川・二
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