決戦

決戦ーⅠ

 常盤ときわ――玲央れおはもう、隠れた頃だろうか。

 神奈川陣営はこいつと、まだ一人残ってる。

 ドン・キホーテなら、例え襲われても彼女を護ってくれることだろう。

 しかし切実に思う。

 この戦いが決して死者を出すことはないと言うけれど、それでもこんな怪物を相手にしていれば死ぬ、といくらでも思う。

 成瀬なるせ自身、この異形の悪魔と対峙して何度失神しそうになったかわからない。

 戦いが始まると、彼女が見ているかもしれないという意地と見栄が働き、それが脳から分泌されるアドレナリンの類と合わさって臆することなく立ち向かえたと思う。

 だがこの先同じ機会があったとして、果たしてもう一度対峙できるかと聞かれると難しい。

 出来ればそんな機会とは、二度と対峙したくないものである。

 傷も出血もないとはいえ、本来ならば満身創痍。

 すでに死んでいるかも――いや、絶対に死んでいる。

 傷が癒えるまえの体を見たTVの前の子供達は、悲鳴すら上げているかもしれない。

 漆黒の炎に焼き尽くされた火傷だらけの体はただれ、斬り落とされた片腕と片脚はどこかに転がって焼け焦げていたことだろう。

 全身に火傷を負った青年が塗れた血を蒸発させて、隻腕隻足の状態で悪魔の手に首を絞められた状態で晒されたのは一瞬のことだったが、おぞましいものを見せてしまったのは確実だろう。

 ただし最近の子供というのは、良くも悪くもそういう物を怖いもの見たさで見るものだ。

 今や科学で解説できてしまう現象を妖怪やお化けのせいにして、恐れていた可愛い時代はとうに過ぎている。

 アニメやゲーム、ネットなどの情報媒体には、人を引き付けるような過激な描写が多く描かれている事が多く、閲覧注意のタグは人々の好奇心をただそそらせるのみ。

 今の時代、グロテスクな映像など探せばすぐに見れてしまうからよくない。

 だから成瀬の様を見て悲鳴を上げて目を逸らした人よりも、興奮した人の方が多いだろう。

 それは皆が、戦争を知らないからだ。

 それこそこの映像を、曾祖父のような戦争を知る数少ない人々が見たとき、果たしてどのような反応が返って来るだろうか。

 一瞬でそれらの傷が治り、無傷のまま生きて帰ってこれるとしても、何かしらの衝撃を受けて、この戦いに何か思い出すものがあるのだろうか。

 だとすれば果たしてその人達には、伝わっているだろうか。

 自分が時間稼ぎのためだけの囮ではなく、わずか一週間の間に愛する人にまで昇華した想い人を護るために、捨て身で戦ったということを。

 だが成瀬の中では、伝わっていようがいまいがどうでもよかった。

 大事なのは、自分が気付けたかどうかなのだから。

「ふひひひひ……弱いなぁ現代人。戦うことを忘れた。傷付くことを恐れて、他人を護ることを忘れた。自分を愛してと飢えているくせに、他人を愛することが出来ない愚かな種族……んんん……んんんっっっ!!! ふざけるなぁぁぁっっっ!!!」

 青髭の腕が伸びる。

 周囲の建物の外壁に叩きこまれ、窓ガラスを割り、壁を抉るための鈍器にされる。

 周囲をある程度破壊した青髭は大きく曲がり、メキメキと骨を軋ませながらのオーバースローで成瀬を軽々と投げ飛ばす。

 JR町田駅前の大広間下、T字路で、最も賑わう駅周辺の街を左右に両断しているように伸びている道路の真ん中へと、信号機にぶつかりながら落ちた成瀬の意識は朦朧としていて、立つことも出来なかった。

 そこへ容赦なく、青髭は漆黒の炎で自らを焼きながら迫って来る。

 凄まじい熱量でコンクリートが溶けて、彼の歩いた後には足跡が残っていた。

「我が聖女が終わらせた百年の戦争を知りながら……我が聖女の最期を知りながら……自ら戦うことを忘れた現代の犬畜生が、のうのうと生きてるんじゃあねぇよ! 『働かざるものを食うべからず』という言葉がこの国にあるらしいがそれは違う! 正しくは、『戦わざる者生きるべからず』! 本来人は戦わなければ生きていけなかった、だのになんだこの国は、この世界は!」

 地を這う炎熱が、コンクリートを溶かしながら迫る。

 青髭に容赦はなく、あと一撃殴れば脱落必至の成瀬の食いしばる悲鳴ごと燃やす。

 青髭にはそれこそ、かの聖女の火刑と似た光景に移っているのかもしれない。

 焼かれる痛みで気を失い、焼かれる痛みで再び目を覚まして、気を失ってまた起きて、それを死ぬまで繰り返す。

 最も残酷な処刑方法。

 浄化と称した無情の処刑は、聖女の悲鳴も苦痛も炎の中へと閉じ込めて燃やし尽くす。

 かの聖女が焼かれる光景を思い出しているのだろう。青髭の四つの複眼から、大量の涙が溢れ出る。

「戦わなければ自由も名誉も勝ち取れぬはずだった! 健やかな生活もないはずだった! だというのにこの世界はなんだ! 戦うこともできぬ弱者を異常なまでに庇護下に置き、戦う術も教えぬまま温室の中に閉じ込めたまま歳を重ねさせる! その結果はどうだ! 世に蔓延している人間達は戦うことを知らず、護ってくれとただごねるのみ! 戦わなければ自分を護れないことすらわからない畜生に成り下がった愚かな愚民に成り下がった! 自ら矛を持つことをやめ、剣を握ることをやめた愚民だ! かの聖女は、我々はそんな後世のために戦ったと言うのか!!!   こんな……こんな世界のためにかの聖女は戦い、結果、魔女と呼ばれて断罪の名目で燃やされたというのか……ふざけるなぁぁぁぁっっ!!!」

 涙をも燃やす漆黒の炎。

 死にはしないという状況が、成瀬をさらに苦しめていた。

 火刑に処された聖女には死という終焉があったが、死なない事でその終焉が存在せず、永遠に焼き尽くされる。

 焦げた肉が崩れて骨が見えようとも、青髭の炎は容赦なく成瀬を焼き尽くす。

「我らは戦った。フランスを取り戻した。英雄と呼ばれ、少女は聖女と呼ばれた。にも関わらず国は聖女を魔女と呼び、断罪の名目で処刑した。そんな不条理すらも国のためと自身に言い聞かせるようにして、自ら処刑台へと身をべた。かの聖女は、かの聖女はこんな汚物を未来に残すために、戦ったんじゃねぇぇっ!!!」

 青髭の片腕が、凄まじい勢いで宙を舞う。

 特大の電磁砲レールガンによってもがれた腕は無論、結界の効力ですぐさま生えてくる。

 だがこのとき初めて、青髭にダメージが入ったのだった。

 漆黒の業火に焼かれながら、自分に指を向けている青年の姿。最後の一撃を放ち、力尽きる彼の鋭い眼光が向けているものは敵意ではない。

 憐れみだ。

 その目を最後に、成瀬は完全に力尽きた。

 聖女ジャンヌ・ダルクの悲劇から生まれたジル・ド・レィという怪物の嘆きと訴えは、理解出来ない訳ではない。

 死後聖人として認定されたとはいえ、ジャンヌ・ダルクが魔女として火刑に処された事実は変わりない。

 後から掌を返されたところで、二十年も生きられなかった少女の悲しい最期に変わりない。

 一国を救い、聖女と持ち上げられた挙句、最後には魔女として断罪の業火に焼かれた彼女の悲劇が、彼という怪物を作り上げた事に違いない。

 故にこの怪物は受け入れられないのだ。世界が平和だという現実を。

 世界が侵略のため、支配のために戦う時代は終わったのだと言う事を。

 その世界の温室で育ち、生きる人間が許せないのだ。

 当然だ。

 今は聖女ジャンヌ・ダルクだが、ジル・ド・レィが見たのは魔女ジャンヌ・ダルクとして処刑された憐れな少女。

 それが彼女が死後聖人として扱われ、彼女を題材とした作品やマスメディアは彼女を正義の象徴だとか世界の裁定者だとか、救国の聖女だとかともてはやし、彼女の憐れな最期をも霞ませようとしている。

 青髭はそれが許せない。

 英雄として持ち上げて裏切った癖に。

 聖女と呼びながら、魔女として断罪した癖に。

 百年の戦争を終わらせた英雄を、まだ二十歳にもならない少女を、用済みだと言わんばかりに殺したくせに、今更それらをなかった事にしようと、また必死に持ち上げている。

 その様が許せないのだと、成瀬は考える。

 最後、意識が途切れた瞬間に、成瀬は思った。

 戦争とはやはり、するものではない。

 それはもはや現代では当然のことなのだけれど、人々は忘れてはならない。語り継ぎ、思い出さなければならない。

 戦争の残酷さ、残虐さ、不条理。

 その他一切の正義と悪の不在と矛盾を、決して忘れてはならない。

 どうして戦争をしてはいけないのかを、今の戦争を知らなければいけない人たちは、考えなければならない。

 もし今後とも、平和な世界で生きたいのならば。


 戦況――東京・四:神奈川・二

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る