幕間ーⅡ
戦いが始まれば、自分の力はあまりにも無力で、きっとすぐさま敗退するだろうと思っていた
東京陣営でも最弱の能力を選んでしまった自分は、彼の力になる事などできない。
だが、ドン・キホーテの強さは信じていた。
一度暴走したとき、その強さをこれでもかと見せつけられたからだ。
今回東京陣営として呼ばれた三人の転生者の中でも、常盤の中では最強に位置づけられていた。
だから彼のことを託せる。
本来は動物と意思疎通する能力だが、そのお陰で彼が言うことを聞いてくれるのは不幸中の幸いだった。
せめてドン・キホーテの力が、成瀬の救いになってくれれば。
それだけで、例え痛い思いをして脱落したとしても悔いはない。
このわずか一週間。
まだ彼のことを全部は知らないし、むしろ知らないことだらけだ。
しかし彼のことが好きで、自分より彼を優先して助けたい気持ちは本物だ。
それだけは自分の気持ち。偽りがないことくらいはわかる。
だからこそ託す。
この騎士ならば、きっと彼の役に立ってくれるはず。
「だからお願い、ドン・キホーテ。奏多を護って」
「どぅるし……ねぇぇあぁぁぁ……」
「え?」
それが初めてで、最後だった。
咆哮するしかなかった狂戦士ドン・キホーテが、単語らしい単語を口にしたのは。
彼が呼んだのは、彼自身の物語に出てくる人物。
彼が妄想の中で護るべきものとして呼んでいた姫君ドゥルシネーア。
今、ドン・キホーテは姫の名を呼んだ。他でもない常盤を差して。
この時常盤しかいなかったからなのか、現代人の中で女性が常盤だけだったからなのか。
だがドン・キホーテにとっての今のドゥルシネーアは、間違いなく常盤だった。
傅くように四足を畳み、中腰姿勢になって首を垂れる。
その姿は常盤の知る、騎士の忠義の姿勢に酷似して見えた。
彼の騎士の妄想は、異世界に至ってもまだ続いているというのか。
というより、その妄想こそが彼に施されている狂化の根源なのかもしれない。
ロシナンテと名付けたロバを引き連れた虚言の老騎士、ドン・キホーテ。
それを無理矢理に本物の騎士とした形が、人馬の狂戦士なのかもしれない。
ならば彼がドゥルシネーアと認めた人間の言うことなら、聞いてくれるはず。
ならば最初から、自分の能力なんてのはなんの役にも立てなかったということか。
ただ運よく、この狂戦士に見初められただけ。
そのことに幸運を感じつつ、自分は無力な存在なのだと蔑みかけたとき、ドン・キホーテはすかさず立ち上がって常盤を背に乗せ、走り始めた。
暴走の時とは違う。常盤に合わせて、少しスローペースで走っていく。
階段を駆け上がり、閉鎖されていた屋上の扉を槍で強引にこじ開けると、ずっと遠くに戦場となる町田の夜景が見えた。
かつては新宿歌舞伎町と並ぶ歓楽街として名を馳せた眠らない街。
深夜になっても明かりは消えず、昼間には劣るだろうが人が闊歩しているのだろう光景が想像できる。
自分達は明日、そこで戦う。
その時自分には何もできない。
ただ戦いが無事に終わることを祈って、仲間達があまり傷付かないように祈って、何より奏多の無事を祈って――祈るばかりだ。
他力本願の極みじゃないか。
勝って、傷付かないで、無事でいて、そう祈るばかりで自分には何もできない。
異能を与えられたことも嘘のように、無力ばかりが晒される。
後悔ばかりだ。
軽々しくこの戦いに参加した事も。
ほとんど何も考えず異能を選んでしまったことも。
本当に馬鹿だ。周囲の大丈夫だと言うこの戦いをよく知りもしない人達の意見だけで軽々しく請け負って、自分には何もできない。
泣きそうだ。
自分は奏多の役にも、チームの役にも立てないのだから。
卑屈になり、落ち込む常盤の襟をつまんで下ろしたドン・キホーテは、町田を指差し、次に自分を指差す。
そして槍を高々と掲げて振り回し、空を切ってみせると、常盤のまえでまた膝を折った。
「我、姫様に代わり……この槍で以って、敵を、穿つ」
「喋った?!」
幻聴だったのかもしれない。
その後ドン・キホーテは唸りもせず、黙ったままだった。
だが常盤が部屋へ戻ろうとすると部屋の前までついてきて、部屋の前でまた膝を折って座り、腕組みをしてドン・キホーテは寝静まった。
自分が代わりに戦う。あなたの思いも背負って、その分まで敵を倒そう。
そう言おうとしてくれたのだろうか。
それは自分が姫様だからだろうか。それとも、能力の影響か。
そんなことはわからない。だけどどこか、心は晴れた。
自分はこの戦いで役に立つことは出来ないけれど、何もこの戦いが常盤玲央の人生最大の見せ場というわけではない。
この戦いはチーム戦。任せていい戦いだ。
自分には今ドン・キホーテがいて、彼が自分の代わりに敵を倒してくれると言うのなら、今はそうする。彼に奏多を護ってもらう。
だがそのあとの一生は、全力を以て奏多を支える。いや、支えたい。
自分に戦う力はない。
だけど自分にできる何かで、彼の役にいつか立つ。
だからお願い、私の騎士。
どうかこの戦いで、彼を助けてあげて欲しい。
* * * * *
奏多が遠くなっていく。
一人、自分を逃がすために囮になってくれた彼の姿が小さくなっていく。
自分はこんな展開を望んでいない。
「下ろして! 下ろしてドン・キホーテ! 奏多を護って! お願いだから!」
ドン・キホーテは下ろさない。
だが常盤は気付いた。最速ならば一瞬で、成瀬の姿など見えなくなっているはずなのに、まだ見えるということは、ドン・キホーテの速力は今、そこまでではないということだ。
無論、それでも飛び降りれば気絶必至の速度だが、それでも比較的遅い。
そして何よりドン・キホーテは背中に乗せずに肩に担ぎ、成瀬の姿が見えるようにしている。
いや、見えるようにしているのは単なる成瀬の姿ではない。
成瀬が敵と戦っている姿。
一定の距離を保つと、ドン・キホーテは止まった。
見ろ、と肩を揺らして促す。
成瀬が自分のために戦っている姿を見ろというのではない。
成瀬が次に繋げようとしている姿を見ろと言っている。
相手の攻撃、魔法の種類。戦い方を見て、ジャンヌや堺に伝えるのだ。
敵の情報を持っているのとそうでないのとでは、立てられる作戦は全く違う。
だから見ろと、ドン・キホーテは促していた。
常盤は見る。
炎に焼かれながらも電磁砲で振り払う成瀬の姿を。
悪魔のような手が伸びて来たのを回避し、自ら突進していく成瀬の姿を。
燃え盛る爪が伸びて自分の腕に刺さったのを捕まえ、逆に至近距離から電磁砲を叩きこもうとする成瀬の姿を。
常盤は見て、見て、見て、見た。成瀬が這い蹲る姿まで、全部。
そこまで見終えると涙が零れて、溢れて止まらなかった。
気付くと再びドン・キホーテは走り始めていて、今度は先ほどよりも速度がある。
常盤は目に焼き付けた光景を忘れまいと、泣いた。
泣いて感情に刻み込み、心に刻み込み、絶対に忘れてなるものかと誓う。
成瀬が作ってくれたこのチャンスを、決して無駄になどしない。してたまるか。
「常盤、先輩」
堺とジャンヌだ。
二人一緒とは運がいい。
ドン・キホーテは常盤を降ろし、背中を押して、自分は一足先に敵へと向かって行く。
泣きじゃくる常盤は自らで心を治め、泣き止み、告げた。
「お願い……二人共。勝って」
他力本願。自分は無力。
今は無力だけれど、いつか必ず、あなたを支えます。
支えられる存在になります。
だから私のために戦ってくれてありがとう。
私のために、戦いたいと言ってくれてありがとう。
今はこんなことしかできないけれど、いつか絶対にあなたを支えられるくらいに強くなるから、だから――
私は託す。
「敵の能力、把握……した。ありがとう、先輩」
「コータ、行きましょう」
情報は伝えた。役目は果たした。
もう自分に出来ることは何もないかもしれない。
だけどせめて、せめて生き残る。
最後まで生き残って見せる。
それが無力な自分の、最後の足掻き。
常盤の疾走は、ドン・キホーテのように風を切ることもない。
だが一所懸命に、ひたすらに、生き延びるために、皆の努力を無駄にしないために、無力なりに考えて、隠れることに徹する。
それしか出来なくてごめんなさい。
こんな事しか出来なくてごめんなさい。
ただの時間稼ぎにしかなれないけれど、でもせめて、この時間が逆転のチャンスを生み出してくれるなら、みんなが笑って終わる最後に繋がるなら、汚れ役でも何でもいい。
囮役になったとしても、翻弄出来る自信もない。
だからとにかく隠れる。
常盤の選択は逃げの一択へと変更される。だが決して、彼女の行動を非難する者はない。
とくに異境を知る者は誰一人として、彼女に侮蔑の言葉を投げなかった。
むしろ無力なりの、非力なりの意地を見ている。
まるで過去、異境に参加した自分のようだと、姿を重ねたからだ。
常盤玲央は戦いを任せ、一人、生き残ることに専念する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます