幕間 常盤玲央

幕間ーⅠ

 人生最初の恋は、一目惚れだった。

 常盤玲央ときわれおは幼少期からクラスの人気者で、ムードメーカー的存在だった。

 人に好かれる性格だったし、容姿も歳を重ねるごとに端麗になっていくから、よく男子から告白された。

 だが誰かと付き合った経験はなく、付き合いたいと思った相手とも出会ったことがなかった。

 故に誰かを好きになれる、恋が出来る人が羨ましかった。自分を好きになってくれた人をフラなければいけないのは苦しかった。

 だけど向こうが全力で想ってくれているのに、こちらが中途半端では申し訳ない。

 交際というのはいわゆるお試し期間みたいなものだから、その間に好きになるということもあるかもしれないが、それではいつになるかわからないし、その間に相手が他の人を好きになるかもしれない。

 そう思うと自分がほとんど何も思ってない相手と付き合うだなんて失礼な真似は出来なかった。だってその人が、あまりにも可哀想だ。

 そしてこの異境に参加することが決まったとき、常盤に葛藤はなかった。

 両親は死にはしないからとお気楽だし、友達も捕らぬ狸の皮算用。勝てたら奢ってだとか、両陣営のどの参加者よりも何事もなく参加することが決まってしまった。

 しかし決まってしまったと言っても、常盤自身も死ぬ事はないだろうし大丈夫と、結構気楽で、今思えばこの戦いの本質を一番理解していなかったと言える。

 東京陣営はそれはもう魔窟で、一人は孤児。

 一人はこの異境に幾度となく参戦する先輩。

 そして最後の一人は、戦いの意味を求める青年。

 常盤は青年に一目惚れした。

 一目惚れだったのだから、的確な理由はなかった訳だが、話をしていくと根も優しい人柄がわかって、この人と一緒になりたいと心から思った。

 さかいのことを気にかけてくれている事をきっかけに、二人で協力して彼を支えようと言ったついで、下の名前で呼んで欲しいなんて初めてのアプローチまでしてしまった後、用意された部屋のベッドで転げまわったものだ。

 しかし自分から下の名前で呼んで欲しいと思える異性は、本当に彼が初めてだった。

 だから――

。これから遠藤先輩に異能の使い方を教えに貰いに行って来る。堺のことを見ててくれるか?」

「う、うん! 任せて!」

「ありがとう」

 初めて下の名前で呼んでくれたとき、心が弾んだ。

 人生で初めてスキップしそうになった。

 母は父と会社で会ったとき、この人と結婚すると運命的な何かを感じたと言っていたが、そんな事本当にあるのかと半信半疑だった。

 運命的な何かはわからなかったが、彼に下の名前で呼ばれた時、この人と結婚したいと強く思った。

「堺はまるで、無理矢理大人にされた子供だ。あいつの心には、何か深い物が刺さってる。それを助けてくれてるのが、日向ひなたって子なんだろう。せめてこの戦いの間だけでも、俺達があいつを助けられる柱にならないとな」

「そうだね」

 彼と言葉を交わす度、彼との距離が縮まっていく。

 彼のことがもっと好きになっていく。

 彼の人柄に触れて、もっと彼のことを知りたいという欲求が込み上げてくる。

「やっぱり、名字で呼んじゃダメか?」

 だからこの時はゾッとした。

 何かいけないことをしてしまっただろうか。傷付けてしまっただろうか。

 もう彼に、玲央と呼ばれないことが怖かった。

「なんだか俺、このままじゃ勘違いしそうになるんだ」

 そう目を背けた彼の頬の紅潮を見逃さなかった。

 嬉しかった。勘違いじゃないよって、言いたかった。

 だけどなんとなくちょっといらずらしたくなって、思わず。

「勘違い?」

「だから、その……――おまえに、色々したくなる」

「……色々って、例えば?」

 意地悪な訊き方をしてしまった。

 初めて見た彼の照れた顔が可愛くて、愛おしくて、思わず悪戯してしまった。

 そうしたら驚いた。

 何せキスされてしまいそうになるほど強く抱き寄せられたからだ。

 そのまましても抵抗しなかったが、彼なりの境界線が存在するのだろう。

 そんなところも、やはり好きだった。

「ごめん常盤。だからこれからは――」

 その先なんて言わせない。言わせるものか。

 だってあなたが察してくれた私の気持ちは、勘違いなんかじゃないのだから。

 彼に飛びついた。彼の背中に全体重を預けて、自分の熱を感じてもらう。

 あなたを想い続けています。その気持ちと共に飛び込んだ。

「玲央」

 彼は膝間づいて手を取って、言ってくれた。

「俺と交際してくれないか。結婚を、前提として」

「……はい!」

 告白してくれた。

 好きと言ってくれた。

 嬉しくて、嬉しくて、その日はベッドで枕を潰す勢いで抱き締めた。

 この戦いが終わったら、奏多かなたと付き合える。

 勝とうが負けようが手に入る、何よりの褒賞だった。

 だから彼女のモチベーションは、とにかくやり切ること。戦い抜くこと。

 最後には、みんな笑って終わること。

 それがこの戦場に立つ彼女なりの覚悟。

 しかしその覚悟が甘いと自覚するのは戦場でのこと。

 そして覚悟の甘さを説いたのは他でもない、人馬の狂戦士だった。

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