決戦ーⅣ

 さかいがフェアから異能を受け取る事になった時、他の現代人と同様に、数十種類の異能の中から一つを選び出せと言われた。

 啓示された異能は名前だけで、どんな能力かは使ってみるまでわからない。

 だが一つだけ、堺が一番に気になった能力があった。

 それは他の能力名と比べても一番単純で、名前だけでどんな能力なのかの検討が大体ついた。

 自分が使う能力は、これしかないと思った。

 ただしその力は強大に過ぎて、御し切れる自信こそなかったのだが。

 異境参加者の現代人代表四人が揃うのは、異境開始日の一週間前。その期間中は、外部との接触はほとんど断たれる。

 互いの陣営が公平になるように、相手チームの情報が渡らないよう、そして自分達チームの情報を外に漏らさないようにするためだ。

 故に異境が始まるまでの間、彼女――相原日向あいはらひなたと堺が会えたのは一回だけだった。

 堺が異境の代表に選ばれたと通告された時に一緒にいたということもあり、厳重な身体検査と持ち物検査を通過してからだが、特別に堺と会うことを許されたのだった。

光汰こうたっ!」

日向ひなた

 飛びつかれ、抱きとめる。

 招集の時に受けた説明から、この期間中に相原に会えるなどとは思っていなかった堺は驚く。

 他の皆は名字で呼ぶし、すでに全員寝静まっていたため、突然下の名前で呼ぶ数少ない人の登場に、堺の滅多に動かない表情筋も驚く形で動いた。

「光汰、多分しっかり食べてないと思ったから、お弁当持って来たの。持ち物検査で一個持って行かれちゃったけど、サンドイッチ」

「……あり、がと」

 相原の予想通り、堺はほとんど食べていなかった。

 孤児院にいた時代に年上の子供達に自分の分まで食事を取られ、取り戻そうとすれば殴られた事もあって、自分の分は最小限に抑えようとする傾向にあった。

 堺の面倒を見ている同じチームの先輩達ではただの小食としか思わなかったが、相原はお見通しだった。

 堺は与えられれば、ちゃんと食べる。

「おいしい?」

「うん」

 堺は好物のハムカツサンドにかぶりつく。

 いつもと変わらぬ様子に安堵する反面、相原の表情はわずかに曇っていた。

 そしていつもと雰囲気が違うことを、堺も見逃さない。

 本人に自覚がなかったが、その変化に気付ける点で見れば彼もまた、一人の少女の彼氏である証拠と言えるだろう。

 暗がりの中に隠しているつもりだった相原は、堺に前髪を左右に分けられる形で顔色を覗かれ、不安げな表情から赤面へと一変した顔を見られる。

 しかし見られてしまったからにはもう開き直ってしまえという意識が働いて、相原は堺の胸に顔を埋めた。

 出会ってすぐも飛びつかれたばかりだが、その時とは違う。

 勢いもなく、その手前で受け止めることも出来たが、ゆっくり倒れ込んできた彼女をそのまま胸で受け入れた。

 熱い彼女の感情が、堺の胸を濡らしている。

「日向?」

「なんで。なんで光汰なんだろうね」

 彼女の言葉は唐突で、返答に困る。

 しかし彼女が言いたいことがなんとなくわかるような気がした。

「なんで、光汰が戦わなきゃいけないんだろ。こんなの誰でもいいのに。光汰が自分で決めたなら、私も全力で応援するけど、向こうが勝手に決めてきたことなのに……なんで、光汰が」

「俺は、いい……俺には家族がいない、から。悲しむ人、いない。みんなには悲しむ人、いる。だから、俺が出た方が、いい」

「私は、心配だよ……今まで誰も死ななかったからって、今回もって保証はないよ? 運営のミスだってあるかもしれない。命が死ななくても、心が死んじゃうかもしれない。私は、光汰がそうならないかって心配だよ……」

 堺は孤児だ。

 それも親の勝手で見捨てられた悲運の青年。

 ただでさえ、子供は成長する過程である程度親から距離を取られ、他人からの愛に飢えていく生き物。

 元々親の愛情も何もなかった堺光汰という人間は、本来ならば誰よりも強く他人からの愛情を欲していいはずの人間なのに、彼はとても無欲で可哀想な人だ。

 堺自身は、自分が如何に周囲から見て異質な存在なのか、鏡を見てもわからない。

 しかし今、自分の胸の中で自分の事を想って泣いてくれる少女の事を、ただの他人と捨てきれない自分がいる事に気付かないほど、堺は鈍感ではない。

 無論、理解出来るほどの能力はまだないし、それが愛情なのだと気付くの先の話なのだが、この時堺光汰という青年が得た回答は、これまで御し切れなかった異能を制御することに対して、大きなヒントを与えてくれるものだった。

 だからではないが、堺は彼女に応えられる数少ない形の一つとして、彼女を抱擁した。

「日向。この戦い、終わったら――」

 彼にも、恥ずかしいという感情は存在したのか。

 それとも彼なりに少し演出して見せたのか。

 最後の言葉は、二人しかいない中でも本当に日和だけに聞こえるように囁くように言った。

 日和は涙をボロボロと零しながらも、笑顔で応える。

「必ず、無事に帰って来てね」

「……うん」

 抱き合う二人の部屋に、朝焼けが差し込んでくる。

 そのとき堺の心にも、自分達を照らす朝焼けに負けない熱と光が宿っていた。


 *  *  *  *  *


「なんだ、この光は……」

 青髭は動けない。

 自身の操る炎とは、まったく異なる温かな光。

 圧倒的熱量と質量の違いに、すでに眼球のない目を見開くばかり。

 それこそ生前、主の御前たる教会で聖女に出会った時に見た主の後光のような、眩いばかりの美しい光。

 だからこそ、許せない。

 かの聖女以外のどこの馬の骨とも知らない信仰もないだろう青年が。その光を放っていることが。

「その光を貴様如きが放つなガキぃっ!!!」

 渦巻く漆黒の炎が、左右から堺へと放たれる。

 だが真横に薙ぎ払った剣閃は漆黒の炎を斬り払い、真白に輝く灼熱の斬撃を飛ばす。

 背を逸らして咄嗟に躱した青髭だったが、空を仰ぐ形になった時、夕闇の中で燃え盛るもう一つの太陽を見た。

 剣が変形して弓へと変わり、弦を弾かれて真っ直ぐに炎の矢が飛んでいく。

 地面にぶつかると凄まじい爆音で爆発し、周囲を焼いた。

 風圧でジャンヌは三度後転し、なんとか両手両足を地面について踏ん張る。

 同時、爆炎から抜け出した青髭は全身を焼かれる痛みにもがく。

 炎を操る転生者が焼かれて苦しむなど、火力の桁が違い過ぎる。

 青髭は見た。

 もはや主の後光たる太陽と一体となって、全身を真白に燃え上がらせる青年の姿を。

 磔にされた神の子の復活と呼びそうになる光景に、青髭は言葉が出ない。

 美しいとさえ思い、感動さえしそうになっている自分を噛み殺し、青髭は奇声を上げた。

 同時、青髭の姿がまた変わる。

 右肩から新たに二本の腕が生え、上半身が筋肉で異様に膨らみ、左腕は漆黒の炎で燃え盛って原型を留めていない。

 眼球を失った両目には数千の目が集合した複眼が新たに生えて、背中には三対の羽が生える。

 異形の上半身で体を支えていて、ほとんど変化のない下半身は地面から浮いていた。

「俺の聖女を、俺の主を奪う愚か者どもめ……おまえらのような奴らが、我が聖女を貶めたのだ……! 貴様ら主をも信じぬ愚か者が、俺の聖女を穢したのだ! 貴様らが、貴様らがぁぁぁっっっ!!!」

 燃え盛る左腕が五つの刃を携えた形に変形し、伸びる。

 弓から再び剣へと変形した武器を握り、堺は大きく踏み込んで振り被る。

 地を這う炎熱が伸びて左腕のあらゆる箇所を串刺しにし、堺の目の前で止める。

 伸びた炎は青髭の下で爆発し、真白の火柱を上げて青髭を悲鳴ごと燃やす。

 左腕が火の粉になって砕け散ると、青髭は火柱から飛び出して三本の右腕で殴りかかる。

 一万を超える複眼で堺を捉え、ひたすら拳を叩きつける。

 次第に粉塵が舞い上がり、カメラも青髭も堺を捉えられなくなっても、拳は止まらない。

 もはや道路を殴っても堺を殴っても、感触は同じだった。故に青髭は気付けなかった。

 堺が既に巨体となった悪魔の下に滑り込み、弓を引いていた。

 青髭の体を、五本もの矢が胸元から下腹部にかけて射抜いていく。

 射抜かれた箇所が真白の炎を上げて爆発し、再び青髭の全身を焼いた。

 激痛から転げまわる青髭の体は、小さくなって元に戻っていく。

 結界の効力で傷は治るものの、蓄積されたダメージは青髭から立ち上がる気力も奪っている。

 太陽の炎に焼かれたことによる熱が未だ体に残って、青髭の体は白煙を上げていた。

「こ、の……!」

「まだ、戦う。無駄、もう、立つ力も、残ってない」

「うるさい! まだ俺の戦いは終わってねぇ! 膝を突けば戦いが終わるのか?! 片腕が焼かれれば戦いが終わるのか?! ふざけるな! 俺の取り戻すべきものはまだ何も取り戻せてない! 取り戻すか殺されるか、それが戦争だ! 戦いを娯楽としてしか捉えてない現代のガキが粋がるな!」

「確か、に。俺は戦争、知らない。現代の人達は、戦争を知らない人、ばかりだ。だけど、人は今だって、戦ってる。ただ、戦場が変わった、だけ。今も、人は自分にとって大切なもののために、戦ってる。あなたと、同じように」

「ふざけるなぁぁぁっっっ!!!」

 漆黒の炎が青髭の全身を燃やす。

 眼球を作り上げている数千の複眼が一斉に違う方向を向き、直後に真っ直ぐ堺の方を向く。

 すでに這う力もなかったが、全身から炎を燃え上がらせながら立ち上がろうとする姿には、鬼気迫るものがあった。

 戦慄こそしないものの、堺は矢を番え、構える。

 実際にそんな力はないとわかっていて、燃えているのも消える寸前の人揺らぎ程度だとわかっているのに、最後の足掻きで何かされそうという恐怖がまだ残っていた。

「何が大切なものだ! おまえたちにとって一番大切なのは自分自身だろうが! 自分の身の回りを侵される事を恐れ、自分が傷つく事を恐れ、戦う事を恐れ、人の心を殺す事ばかりを考える今のおまえ達に、命を賭してまで護りたいものなどあるはずもない!」

 最後の足掻きが残っていたか。

 黒髭の魔力が彼の内部で一点に集束している。

 このままでは暴発は必至。

 今の彼は爆弾そのもの。刺激を与えた直後に爆発する。

 そうなれば自分はともかく、力が使えないジャンヌが危ない。

「ジャンヌ……あぁ、我が聖女ジャンヌ・ダルクよ! 汝のために我が身を捧げん!」

 説得出来る感じではない。

 止めなくては。

 最悪、自分が倒れることになろうとも、せめてジャンヌだけでも――

 そう思って滑るように飛び、ジャンヌを抱えて飛ぼうとした堺だが、青髭の腕が伸びて堺の脚を捕まえ、引っ張って来る。

「よくもやってくれたなぁクソガキぃ……俺を燃やした分、てめぇも燃やしてやらぁ!」

 何をするにも間に合わない。

 研ぎ澄まされた感覚が生み出す延長された感覚の中で、堺は状況を見てそう思う。

 それでもジャンヌだけはと、太陽の異能を燃え上がらせようとしたとき、地面から無数の鎖が伸びて青髭を縛り上げ、堺の脚を掴んでいる彼の腕を両断した。

 無論、堺の能力ではない。

 ジャンヌも、もう魔力は残っていない。

 東京陣営で言えばエリザベートが似た能力を持っているが、彼女はすでに脱落しているはず。

 ならば――

 上を見上げると、その正体は飛んでいた。

「よくぞ、やってくれました。現代の若者」

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