先制 東京陣営

「ではこの中から、能力を一つお選びください」

 この決まり文句から選べる能力は一つだけだが、選択肢はおよそ二〇程度。

 フェアが提示する能力の種類は千の桁を軽く超えるが、そのときによって、そして与える相手によって、選択肢に出される能力は変わる。

 だが遠藤えんどうはこれまでに四度、異境いさかいに参加して法則に気付いていた。

 フェアから提示される能力は与える人によって異なり、その系統はその人が使いこなせること、もしくはその人の性格、信念に何か関係しているものばかり。

 例えば将来警察官になりたい若者ならば、手錠を武器にして発動する捕獲能力だったり、属性で括れば悪役の相手に特別威力を発揮する攻撃能力などになる。

 だからその人となりを知っていれば、異能の種類がある程度予測可能なのだ。

 異境に四度の出場経験を持つ遠藤は、他の三人が自らの異能を使いこなすための特訓に時間を費やす中で、神奈川陣営のデータ収集に勤しんだ。

 その中で、最も能力の予測が立ったのが、座間だった。

 すべての女性を救うため、立ち上がった青年。

 現代には見合わない聖人的思考回路は、理解出来ない代わりに、利用できると考えた。

 こういう手合いは、他人を人質に取られると迷うことなく他人を選ぶ。

 そこに付け入る隙がある。

 仮に全ての女性を守るという思考から防衛能力に特化した異能だったとしても、序盤で削ってしまえば敵の戦力を大きく削げる。

 仮に味方を回復させる能力だとしても、後半の追い込まれている展開から回復されるよりは、序盤で使い切らせるか絶ってしまえば、こちらのダメージは少なくなる。

 防御系統にせよ回復系統にせよ、序盤で削っておくことに越したことはないだろう。

 仮に、まぁないだろうが仮に攻撃的な能力だったとしても、敗走の可能性はないと、遠藤は高を括っていた。

 遠藤が今回選んだ能力【配分】は、実に恐ろしい能力である。

 自分を含めた万物の能力値を配分し、コントロールするチートアーツ。

 だがこの能力は意外と、思う様には機能しない。

 例えば防御能力をゼロに配分すれば、そのほかの攻撃力や速力の部分が自動的に上昇するよう配分される。

 逆に攻撃力をゼロに配分すれば、代わりに防御力や速力が上がる――と、能力を上げる代わりに何かが下がり、下げれば他が上がるという具合に、自動分配されてしまう。

 遠藤の能力は配分するものであって、低下、上昇に固定化出来る訳ではない。

 故に戦闘向きではなく、バックアップ主体になってしまうわけであるが、しかし座間という青年は、この能力で充分に倒せる――基、自滅に追い込めると思っていた。

 相手を倒すことは出来ないが、自滅まで追い込むことは充分出来る。

 他人のために自分を犠牲にできる奴ならば、尚のこと容易い。

 そして、狙いの座間の選んだ異能は、遠藤の睨んだ通りに回復能力。それが自身の意識喪失と引き換えに発動する全回復能力であったことは、計算通りどころか素晴らしいとさえ思う。

 何が、と問われれば、自分の計算能力をだ。

 惜しみない勝算を贈りたいくらいに、自分の思惑通りに事が運ばれていることに、感動すらしそうになる。

 遠藤はこれ以上なく自分自身が好きであり、自分自身のためなら命をも捨てられる男。

 そういう意味では、他人のために自身を犠牲とする彼のことが許せなかったのかもしれない。

 彼を標的に選んだことには、そんな背景があるのかもしれない。

 何はともあれ、これで一人。

「神奈川陣営、座間駿介様。戦闘不能により脱落。神奈川陣営、残り六名でございます」

 フェアの厳正なジャッジが下る。

 彼のジャッジが覆ることはない。

 先制に成功したのは、東京陣営。

 遠藤の策略によって、神奈川陣営は大事な回復役を失った。


 戦況――東京・七:神奈川・六

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る