私の騎士

追撃 東京陣営

 神奈川陣営が一人倒れた。

 このまま追撃していきたいところ。

 水も引いたし、ここからは東京陣営が攻める番か。

 ドン・キホーテの背に乗る常盤ときわは、神奈川陣営を探していた――と言っても、当てもなく走り回っているのではない。

 常盤が得た能力は、動物を操る力。

 念じるだけで動物を操ることが出来、さらに視界まで共有出来るのだから、索敵にはもってこいの能力。

 この能力を選んだ時点で、常盤は補佐役に回るつもりだったのは言うまでもない。

 自他共に認める運動神経の無さから前線に出て戦えないと思っていたし、出たところで役にも立たないと思っていたからだ。

 まさか異世界転生者の背に乗って、共に前線へ駆け上がることになろうなどとは思っていなかったし、そもそも自分の能力で操れるなど、想定していなかった。

 ドン・キホーテ。

 騎士道物語を読み続けるうち、自らを物語の騎士だと思い込んだ狂気の騎士。

 物語の中だけの存在だと思っていたが、異世界に転生しているということは実在していたか、物語のモデルとなった人物がドン・キホーテとして現れたということなのだろう。

 異世界で何があったのかはわからないが、人馬に転生し、更に狂気の魔法でも掛けられたのか、言葉を紡ぐことはない。

 発するのは、天地に轟く凄まじい咆哮のみである。

 故に常盤の能力で動いているのか――人馬を動物としてカウントするのかグレーなところだが――単に聞き訳がいいだけなのか。言うことを聞いてくれる理由はわからない。

 ただし彼のお陰で、自身も前線に出ることが出来ているのは感謝していた。

「見つけた。ドン・キホーテ」

 JR町田駅と併設するデパート屋上から、颯爽と飛び降りるドン・キホーテ。

 広場に降り立って、滑走。モニュメントを潜り抜けて町田を両断するように伸びる長い道路へと舞い降りてそのまま直進し続ける。

 左右に分かれるところまで走ると左に抜けて、下を小田急線が走る線路が巡っている橋の上に到着。神奈川陣営と対峙した。

「くぅっ、くっ、く。ここは五条大橋なりや。ここは聖地なりや。通りたくば私を斬って捨てるがいい。もっとも? 出来るならばの話であるが」

 待ち構えていたのは一人の青年。

 和装に天狗下駄、両腰と背に大量に帯びた刀剣から、現代人でないことはすぐにわかる。

 そして五条大橋とくれば、有名なのは牛若丸と弁慶の邂逅であるが、彼女がそのどちらかであるというのなら、わざわざそれをやるためだけにそこに陣取っていたのかと少しだけ呆れた。

 ドン・キホーテが狂気の騎士であるように、異世界転生者の使う魔法はかつての生涯に深く関わっている。

 それによって戦い方はある程度絞れ、対策もできるというのが、四度の異境いさかいを経験した遠藤えんどうからのアドバイスであった。

 それを考えれば、彼女は自らの戦い方、弱点を露呈していると言える。

 そんなデメリットしかないはずのことをしているのは、相当の自信からか。ただの考えなしか。

 自信があるというのなら過信だと信じるしかないし、考えなしなら鼻で笑って済ませればいいだけだが、さて――

「私は常盤玲央れお。この人は私の騎士、名前は伏せるわ。これから、あなたを倒すけど、文句ある?」

「くぅっ、くぅっ、くっ……倒す? 否、否、言い給えよ、斬り殺すと。言い給えよ、斬り捨てると。首を斬って落として取る、これが戦いの常。戦いを終わらす常。戦いを終わらせ、勝利し、皆から認められるための、常!」

 常盤は速攻で降りる。

 彼女を狙って振られた剣を、ドン・キホーテは槍で防ぎ、叩き折る。

 折られた刀の鞘を抜くとドン・キホーテへと投げつけて隙を作ろうと試みるが、全身を甲冑で包んでいるドン・キホーテは見向きもしなければ反応もしない。

 乾いた音でぶつかる鞘を無視して、突っ込んでくる敵に槍を振るう。

 百キロ近い重槍を軽々と振り回して、身軽な彼女の剣撃を捌く。

 数度のやり取りをした彼女は軽やかに飛び上がって、橋の手すりに乗るとボロボロに刃毀れした刀とそれを収めていた鞘を捨てて、にたぁ、と妖しい笑みを浮かべた。

 ドン・キホーテ相手に押し切れない状況だというのに、実に楽しんでいる様子である。

 喜々として、唇を舐めながら新たな刀を取り出す彼女の狂気には、ドン・キホーテと違うものを感じて、常盤は恐怖を感じてならなかった。

 その恐怖を察してか、ドン・キホーテは常盤と彼女の間に入る。

「くぅっ、くぅっ、くっ……これはこれは。臭う、臭う、臭うぞ? 信頼の匂いじゃあ。お互いに信頼しあっている臭いじゃあ」

 ケタケタと、首を震わせて彼女は笑う。

 壊れた人形の様に震えながら、笑い続ける。

 おもむろに刀剣を抜くと、それを天狗下駄の歯に挟み込んで竹馬のようにして橋に立ち、両手にも剣を握って四刀を構える。

 器用に立つ武芸者を前にしても、ドン・キホーテに目立った反応はない。

 絶えず低い声で小さく唸り、槍を握り締めるばかりである。

 だが、だからこそ常盤は安心した。

 言葉はなくともその背中が、守ってくれるために前にいるその背中が安心させてくれる。

 彼が前にいるならば、快楽殺人者じみた言動を繰り返す彼女とて、怖くはない。

「さぁさ斬って捨てようか? それとも、討って取ろうか? その首その体その生き血、一体いくら値がつきましょうや」

「やっちゃって、ドン・キホーテ!」

 背中の甲冑が開き、先に細い刃のついた管のようなものが出てなびく。

 魔力なのか、白銀のエネルギーを放つドン・キホーテは、再び凄まじい声量で咆哮を放ち、彼女――牛若丸うしわかまるへと槍を振りかぶった。

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