切迫 神奈川陣営
ティーチの海賊船が壊され、海原という戦場を活用できなくなった神奈川陣営は、戦術を改めるしかなかった。
しかしその判断が遅れてしまったがために
水が抜けた町田は、真夏の太陽に焼かれてすぐさま乾く。
本来の作戦では水上戦線を終盤まで維持し続ける手筈だったため、乾ききったコンクリートの上に立つことは当然、予定にない事態である。
さらに唯一の回復役であり、最後の最後に使いたかった蘇生能力を持つ座間が早々にやられてしまったことも計算外。
まさか敵の中に
その上転生者三人が単独行動を取り始めて、神奈川陣営は崩壊しつつあった。
現在組んで行動しているのは、
作戦を組んだ鎌倉は、自己嫌悪と勝手な行動を取る転生者――特にティーチに対して苛立っていた。
目の前にあったというだけの理由で、ラーメン屋の看板を蹴り飛ばす。
「なんなのあいつ! 戦いは伊達や酔狂じゃない!? いつの時代の話をしているの! あいつ、この戦いが全国放送されてるエンターテインメントだって忘れてない?! そこまで本気でやる必要ある?!」
「落ち着きなって。勝負事には負けたくねぇのさ。いくらエンターテインメントだとわかっててもな。鎌倉だって、勝ちたいから作戦を考えてたんだろ?」
「それでもその通りに出来ない奴らばっかりじゃない! 挙句の果てに単独行動まで取って……自分勝手にも程があるわ! 本気で勝ちたいなら、団結しないといけないのに! 二度も人生があって、何も学ばなかったの?!」
「まぁ、あいつらは本当に生きるか死ぬかの戦いを続けてた連中だ。斬られてもただ痛いだけ。焼かれてもただ熱いだけ。時間が経てば命も取られず蘇る。あいつら戦いはわかってても、試合はわからないのさ」
「融通利かなすぎよ、まったく……!」
大和の言い分にも、一理ある。
彼らは命懸けの戦いを強いられる時代に生まれ、戦ってきたのだ。
戦いが終わればノーサイド。ただ県の境目が移動するだけの、誰も死なないただの試合など、理解し切れてないのだろう。
戦いの凄惨さを知っているからこそ、命を奪わない戦いなど信じられないのだ。
ティーチは海賊。
牛若丸は武将。
エルキドゥは、王を倒すため作られた決戦兵器。
彼らは命懸けの戦いで、それこそ命を落とした者達。だからこそ、彼らには試合という形式が理解出来ない。
彼らはきっと異世界でも、命懸けの戦いを続けてきたのだろう。
そう思えば、二度目の人生でも平穏のない彼らを可哀想と思わなくもないが、勝負は勝負だ。
鎌倉は、そう割り切っていた。
「とにかく座間先輩もやられた今、
「合流? そうか、貴様ら
ヒールの跫音を鳴らしてやって来る、一人の女性。
彼女の周囲では先に刃のついた鎖が蛇のように鎌首をもたげて、獲物をじっと睨んでいる。
現代風の装いに身を包んだ彼女だが、立ち居振る舞いが漫画やアニメの
艶のある美しい赤髪で作ったサイドテールには、女性的な髪形を試す勇気もない鎌倉からしてみると憧れも混じったものに見えて、そんな髪形にできる自信が何よりも羨ましかった。
「貴様ら神奈川陣営の者であろう。妾はエリザベート・バートリー。東京陣営の代表として召喚に応じた転生者である。見知り置くがよい」
「ばらばらになったところを襲いに来たわけ……まさか、ここまでそっちの作戦通りなんて言わないでしょうね」
「知らぬ。妾はあの男が好かぬ故、一人自由行動を取ることにしているでな。だがこうも万全に供えられている獲物を見つけて、食わぬほど妾も無礼ではない。貢ぎ物としては雅に欠ける首だが、せっかくだ、喰らってやろう」
蛇のように獲物目掛けて、刃を向けて駆け抜ける鎖。
鎌倉と大和は回避を余儀なくされて両脇に分かれるが、鎖は二人を追いかける。
鎖が自分のすぐ後ろをピッタリと追いかけてくる事と、鎖の伸縮にも限界があると踏んでいた鎌倉は、敢えて曲がり角を大きく曲がり、多くの障害物に絡みつけて逃げようとする。
だがどれだけ伸びても鎖に限界はなく、どこまでも追いかけてくる。
しかもどうやって追いかけているのか、令嬢の視界から外れても、見失うことなく追いかけて来る。
まさに蛇のように舌を出し入れして、臭いを頼りに追ってきているかのようだ。
鎌倉がどれだけ逃げても、鎖は絶え間なく追って来る。
堪らず鎖と対峙した鎌倉は、異能を発現した。
手を付いた道路が隆起して、盛り上がる。
液体のように形状を変えながらしなって、鎖に負けない機動性でねじ曲がりながら鎖を相殺。
そのまま地面に溶けるように潜って、突き進んでいく。
そして鎌倉も、令嬢を視界では捉えていないというのに、的確に足元からコンクリートを伸ばしてアッパーカットを決めようとして来る。
その場から跳んで躱したが、今度は自分があらゆる方向からの攻撃に追われる。
だがエリザベートは回避が難しいとすぐに悟って、鎖でコンクリートの鞭を締めあげて砕く。
そのままずっと距離を取るよう下がり、鎖を使って上階へ。
喫茶店やラーメン屋も並ぶ憩い場へと上がると、そこにある巨大なモニュメントに鎖を張り巡らせ、蜘蛛の巣のようにしてそこに座る。
高い位置に張ったとはいえ、町田駅前はビルが多い。
そもそも下を見下ろせる位置にないため、高いところに上ったところで意味はないのだが、しかしそれは視野を得たいのならの話。
彼女の狙いは、そこではない。
そもそも彼女の魔法の前に、視野など必要ないのだから。
高い位置を得たのは単に貴族として、下々の民を見下ろしたいがためである。
「妾が見逃したと思うたか? 逃すものか」
蜘蛛の巣から蜘蛛の子ならぬ、鎖が散る。
神奈川陣営が水上戦で場を制圧しようとしたときのように、今度は東京陣営が仕掛けた。
令嬢の独断先行だが、しかし東京陣営の策士からしてみれば想定内。
同時、狂戦士が牛若丸と交戦に入ったことも含めて、東京陣営の追撃が始まった。
神奈川陣営は、切迫する展開を強いられる。
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