スナイパーライフ

対決 神奈川陣営

 座間ざまの犠牲によって戦線復帰――基、残留出来た上鶴かみつるが復帰したのはJR町田駅前大広間。

 巨大なオブジェがゆっくりと回転するその下の、本来人が入ることを許されない柵の奥に、彼女は寝かされていた。

 状況確認のため、ゆっくりと体を起こす。

 ティーチの魔法は解除され、水は完全に引いて灼熱の太陽に焼かれて干上がっている。

 町田本来の姿を晒す日差しは喉の渇きを感じさせるが、生憎と見渡せる範囲に水飲み場はない。

 本人は憶えていなかったが、水中にいたため体に重く圧し掛かるような疲労感を感じて仕方なかった。

 しかしいつまでも寝ているわけにもいかない。

 敵は待ってくれるはずもないと、立ち上がろうとして気付く。

 敵は悠然と、悠々と待っていた。

 具体的には大広場をぐるりと囲う形で立っている日除けの柱の一本に体を預け、本を片手に待っていた。

 立ち上がろうと試みる上鶴に気付いて一瞥をくれるが、すぐさま本に視線を返す。

 立ち上がろうとして、足を滑らせる彼女に再び一瞥をくれると、彼はポケットから小さいサイズのペットボトルを投げ渡した。

 当然、攻撃か何かの合図と思い、警戒して取りはしない。

 コロコロと転がるペットボトルが、猫を寄せ付けないだろう光を反射して上鶴の顔を映す。

「飲みなよ。疲弊してる女の子相手に不意打ちなんてしないし、俺の能力は――」

 彼の指先から青白い電光が放たれる。

 一直線に駆け抜けて青空を射抜く電光が、まるで弾丸のように放たれた。

「俺の能力は電磁砲だ。最近ならレールガンって言う方が伝わるか。原理は知らなくてもとりあえず強そうってのはわかるだろ?」

 電磁砲の仕組みの詳細は確かに知らないが、しかし高速で物を撃ち出す兵器だという事くらいはわかる。

 某有名小説ではコインや釘、鉄塊を撃ち出していたと思うのだが、彼は何も持っていない。

 強いて言うのならば、人差し指と中指の間に発生した電力を塊にして放っていた。

 故に彼の電磁砲を放つ指の形は、オーソドックスなピストルを模した形に中指を足したもの。

 それをもしもマシンガンのように連射できるとすれば、脅威的な攻撃能力と言えるだろう。

 自分の能力で張り合える自信はないが、上鶴はペットボトルを潰しながら水をがぶ飲みする。

 柵の内側から颯爽と飛び出した彼女が、両手にライフル銃を握り締めたのを見て、彼はようやく本を閉じ、眼鏡をしまった。

「眼鏡、しないんですか」

「あぁ。伊達眼鏡だからね。視力はとくに変わらないんだ」

「そうですか……神奈川陣営、上鶴麻衣まい

「あぁ。名乗っておくべきか。一応、これもスポーツみたいなもんだしね――東京陣営、成瀬奏多なるせかなた。高校三年生」

「では先輩。何故私を倒さずにいたのですか。絶好の獲物だったろうに」

「言ったろ? 疲弊してる女の子に不意打ちはしないし、女の子の寝首掻くほど出来てもない。男の騎士道精神だ、バカにするのならしてくれ」

「えぇ、確かに頭の固い方の様ですね。騎士道精神を理解出来ないほど、私も女の子してませんよ。だからここにいる」

「なるほど、それは失礼。ならこれもわかるよな。立ち上がって、戦う意志のある人間なら、騎士道精神は女でも容赦無しだ。だから、申し訳ないけど倒させてもらう」

「それは難しいかと。こう見えても私、結構強いつもりなので」

 相手の能力が強力な部類であることはわかる。

 だが仲間の異能と魔法をすべて見ても、自分の能力が一番張り合えると判断した。

 それこそ相手は指を向けた先に撃てるが、こちらは重い二丁のライフルを持ち上げ、銃口を向けなければ当たらない。

 相手の方が能力が上で、機動力も相手が上。

 ならば自分の勝てる戦場、いわゆる土俵とは――

「じゃ、あまり沈黙しているのも観客が退屈するだろうし、やろうか。合図は、そうだなぁ……」

「この薬莢やっきょうが落ちた瞬間、とかどうですか」

「オーケー、それで行こう。タイミングは任せる」

「では……」

 この時上鶴は、コイントスをするように親指と人差し指で薬莢を挟み、頭上に弾いて弧を描き、薬莢を落とす構えを見せていた。

 故に成瀬も最初、一秒未満とはいえわずかなタイムラグが存在し、そこで指を向けるつもりで構えていた。

 だがこの時すでに、戦いは始まっていた。

 上鶴が彼に勝てる唯一の算段。それは、相手の意表を突くトリックプレイ。

「あれ――?」

 彼が首を傾げな声を発したのと、上鶴が銃口を向けたのはほぼ同時。

 つまり上鶴は薬莢を投げることなく、すぐさま銃を構えたのである。

 だが彼はまったく疑うことなく、始める。

 何せ今の瞬間に、上鶴の手から薬莢が完全に消えて、投げたのだと思い込んでしまったからだ。

 まさかそれが、上鶴の能力だとは思うまい。

 触れている物体を透質化し、無色透明、無音、無味無臭に変える能力。

 故に本当は投げていないのだが、上鶴が銃を構えたことで投げたのだと思い込んでしまった。音が合図だとはいうものの、投げられる方は自然と目で追ってしまう姿勢になってしまっている。

 故にそれを見失ったときに音に頼る他ないが、上鶴の能力は音すらも消す。

 上鶴が銃を構えて射撃体勢を取ったことでもはや応じるほかなく、目も耳も合図を感じ取れないため、成瀬は上鶴の動作を見てから動くほかなかった。

 故に上鶴が確実に、先手を取る。

 相手の攻撃がどれだけ速くとも、放つのは人間。人間の反射速度だけなら、そこまでの差はないはず。

 ならば先に動いた上鶴が先手を取れるはず。

 能力がバレていない初手だからこそ繰り出せる、開幕直後――いや開幕宣言そのもので繰り出したトリックプレイ。

 先手を出し抜くための狡猾な作戦。

 男の騎士道精神が通るなら、女の狡猾さだって戦いでは通る。

 力の足りない相手に挑むために弄する策は、決して卑怯ではない、と思いたい。

 結果、どれだけ誹謗中傷を受けたって構わない、とは言えない。ネット社会の誹謗中傷が、どれだけ恐ろしいのか理解しているからだ。

 だけど一瞬でも、例え一瞬だけでもされてもいいと思えるのは、自分が勝ちたいと思っているからだろう。

 上鶴は自らの中の勝利を欲する獣の存在を確かめ、引き金を引く。

 ライフルを消さないのは、一度に消せるものの数に限りがあるから。消すのなら弾丸にしておきたいがためである。

 もし逆転していれば、宙に浮いた銃弾が撃ち出されるなんともシュールな絵になっていたことだろう。

 それに本当はライフルではなく、マシンガンを持ちたかった。

 だが一度に消せる球数が決まっているため、やはり向かない。

 しかし女の子が男相手に腕力で適うとも思っていなかったので、やはり銃という武器の選択は捨てられなかった。

 故にこれが最善手。

 最善手に最善手、さらに最善手を重ねた最善に過ぎる一撃が、彼を襲う。

「――っ! ぶねぇっ!」

「へ?」

 と、今度は上鶴が首傾げな声を漏らす。

 気付けば成瀬は体勢を前傾に倒し、放たれた銃弾を躱していたではないか。

 確かに銃口の下に銃弾はいかないが、そんな咄嗟に躱せる距離ではなかったはず。

 だというのに彼は迷いなく、その回避を選んだ。

 最もそれが間に合わない距離に詰めたと、思っていたのに。

 そしてそのまま、彼はこちらに走って来る。

 それこそ二歩――男子高校生の大股で二歩詰められ、上鶴の間合いは完全に殺された。

 対して相手の間合いは、指先を伸ばせれば充分。

「悪いね、後輩!」

 弾丸サイズの極小レールガン。

 だが威力は抜群。それこそ、女子高生一人を吹き飛ばす程度、訳はない。

 電力が集結して出来上がった極小の塊が、上鶴の腹部に叩きつけられる。

 上鶴の体が宙を舞い、オブジェを抜けて柵にぶつかって下の道路へと落ち、車のボンネットに背中から着地する。

 激しい衝撃が背中を襲い、脊髄から凄まじい電流が流れたかのように痺れて動けない。

 呼吸するたびに肺が焼かれ、腹が貫かれているかのようだった。

 だが心配ない。

 上鶴の腹部に薄い鉄板が現れる。

 今の今まで透明化して隠していた唯一の装甲だったが、今の一撃を受けて亀裂が入り、完全に凹んでしまった。もう使えない。

 だがそのお陰でまた、生き残った。

「速い……」

 能力だけでなく、動きそのものが速い。

 一歩二歩先手を取ったところで、ギリギリでも追い越してくる。

 ならば――とまで考えたところで、バチバチぃっ、と頭上で音が鳴った。

「悪いが、倒すまでが異境なんでな!」

 追撃の電磁砲が、光る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る