人の皮を被った化け物

激闘 東京陣営

 ひたすらに祈るしかなかった。

 再び立ち上がってくれた騎士に、自分が出来ることは何もない。

 周囲の烏や鳩を操ったところで役に立てるなどとは思えないし、返って邪魔になるかもしれない。

 故に祈るしかない。

 祈るとはどうすればいいのかわからなかったが、知っているのは両手をしっかりと結んで、目を瞑って思い続けることだけだった。

 祈ったところで、戦いの結果なんて変わらないかもしれない。

 応援なんて、騎士には届かないかもしれない。

 だけど祈るしかない。この思いが、祈りが届いて欲しい。

 故にひたすら思いを籠める。強く祈る。それだけしか、常盤ときわにはできなかった。

 そして隣の成瀬なるせもまた、一切手出し出来なかった。

 隙あらば援護をという構えは崩れていない。だがその隙が一切見つけられず、手出しができない。

 より一層荒々しく、生物の限界を超えたような動きを見せるドン・キホーテについて行ける黒髭もまた、この戦いのためだけに強化を施されただけの現代人にはついて行けず、目すらも追いつかない。

 彼ら二人の闘争だけで、町田駅周辺という小さな戦域全体が崩壊しそうな勢いで、成瀬は常盤を守ることに必死だった。

「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」

 重槍を突き出し、突進。

 黒髭が繰り出す水の槍が弾幕を張り、突進を阻止しようと次々に振りかかる。

 弾幕の隙間を掻い潜って突き進むドン・キホーテの速力は、グングンと加速していく。

 だが水を操る黒髭の目は、ドン・キホーテの突進を捉えていた。

 故に罠を張る。わざと大きな隙間を作って誘い込み、一点集中で槍を落とす。

 この一撃で仕留める。

 水の槍がドン・キホーテを誘導する。

 狂気に身を侵されているドン・キホーテに、誘導に気付けるだけの思考回路はない。

 迷うことなく弾幕を掻い潜り、本能のままに見つけ出した穴へと飛び込む。

 それが誘導された先にあった罠だと気付くことなく、突き進む。

 当然、潜り抜けた先には大量の水柱が先端を槍のように尖らせて待ち構えていた。

 大瀑布から落ちる水の如く、凄まじい水圧と量で頭上から襲い掛かる。

 仕留めた、と黒髭は口角を上げたし、成瀬も息を呑んだ。

 しかしその直後、騎士は勢いを削がれるどころか増した状態で水の膜を突き破って来た。

 一直線に走るドン・キホーテの槍が裂く大気が螺旋を掻き、水がそれをなぞるように巻いて、水をもまとったかのようだった。

 だが黒髭の反応も早い。

 突破された場合の切り札は用意していた。

 今までよりもはるかに巨大な三本の水柱が、先ほどまで黒髭が握っていたトライデントを模した形となってドン・キホーテを迎え撃つ。

 解き放たれた水柱と、ドン・キホーテの突進とが真正面から衝突する。

 規模で計っても、魔力で計っても、質量で計っても、ドン・キホーテが勝つ算段など三人の目からしてなかった。

 だが次の瞬間、海神ポセイドンが振るうトライデントと言っても過言ではない巨槍をも突き破って、ドン・キホーテは螺旋に巻き付く水をまとった槍で黒髭の腹を貫いた。

 黒髭の巨躯のど真ん中に、抉ったような螺旋の風穴が空く。

 それは一瞬のことで、すぐさま結界により塞がったが、本来ならばさすがの黒髭も生きてはいなかっただろう。

 しかし、かつて頭を半分失っても動いていた伝説を持つ男。

 腹を貫かれて風穴が空いても未だ膝を突かず、トライデントも失って魔法を操る魔力すらも尽き欠けているというのに、拳一つで狂戦士に殴りかかった。

 鈍く、肉を叩く音が響く。

 黒髭の拳は狂戦士の顔面を捉えたものの、狂戦士には微塵も響いていなかった。

 口内が切れて血こそ吐いていたが、狂戦士は絶えず黒髭から視線を放していなかった。

 一閃。

 槍が横薙ぎに黒髭の巨躯を吹き飛ばす。

 柱が壊れ、柱が支えていた通路が倒壊して黒髭へと落ちる。

 本来ならば死んでいるだろう状態だが、結界のお陰で傷は残らない。

 だがきっと、そのせいではない。大男の異常なまでの打たれ強さは、もはやドン・キホーテの中で渦巻いている物とは別物の狂気に等しく見えた。

 巨大な瓦礫が降り注いで来たというのに立ち上がり、黒髭は武器も戦う術もないまま再度、ドン・キホーテと対峙する。

 息は絶え絶え、結界ですべて掻き消えているが、成瀬と常盤の二人には、満身創痍の大男が震える熱を放って肌を真っ赤にしながら、立ち上がっているように見えた。

 そんな姿をイメージしてしまったものだから、圧倒的威圧感を感じて動けない。

 だがこの場合、動かないことが正解だった。

「おい狂戦士。おめぇ、一体何者だ? 一体どんな生き方をすれば、そんな無茶苦茶な力が手に入る。そりゃあおめぇ、人間狂ってりゃ異常な力も出るだろうがよ。それじゃあ報われねぇじゃあねぇかよ……まともに王道突き進んで、真っ正直に生きて、戦ってる俺達がよ……バカみてぇに見えるじゃあねぁかよ……俺にぁもう戦う術はねぇ。武器も折られた。だがおめぇ、それでもよ……体は動くんだ。動かせるんだよ。に戦う意志さえあれば、体ってのは動かせるもんなんだ……だのに、勝てねぇ。勝つ術が、俺にはねぇ……だからよぉおめぇ……次に会ったら、覚えとけ。次は勝つからな。人は狂わずとも、禁忌なんざに手を伸ばさねぇでも、辿り着けるんだ……狂戦士。おめぇは強いが、おめぇより強い常人なんて、いくらでもいるんだぜ。だからこそ、俺は――」

 黒髭の最後の言葉は聞けなかった。

 黒髭がそこで意識を失い、仰向けに倒れたからだ。

 神奈川陣営がまた一人倒れた。

 きっと今頃TVの前では、何かしらの反応があることだろう。

 だが常盤も成瀬も、そんな事を考えもしなかった。考えられる余裕もなかった。

 今までの異境参加者が、二度と参加したくないと言っていた理由がわかった。

 次元が違い過ぎる。

 静かに、戻って来るドン・キホーテは何も語らない。

 常に牙を剥きだしにして、怒っているような面相で唸る彼の表情はまさに修羅。かつての妄想に耽っていただけの老騎士の面影など、どこにもない。

 騎士は異世界に転生し、何を思って狂気に身を落としたのかはわからない。

 どこかで心を折られたのかもしれないし、そうしなければ乗り越えられない障害があったのかもしれない。

 だからこそ黒髭が訴えようとしていたことは、二人には何か沁みて感じた。

 自ら狂うことはない。そこまでしなければ強くなれないなんて、あるはずがない。

 今回は負けたが、次は勝つ。勝ってそれを証明してみせると言いたかった大男が、かつて残虐の限りを尽くした海賊だとはとても思えなかった。

 一番有名となってしまっている敗北の歴史を覆すために参戦し、その夢を潰えた海賊黒髭。

 しかし彼の願いは世界という大規模には至らずとも、たった二人には届いていた。

 震えは止まり、常盤は成瀬の手を借りながらも立ち上がり、ドン・キホーテの背に跨る。

 臀部に初めて感じる肉の感触は、装甲とはまた違う硬さがあった。

 異世界を駆け抜けた戦士の背中だ。立派だった。筋骨隆々はもちろんのこと、とにかくたくましく見えた。

 スポーツ選手のそれとはまた違う、戦士の肉体がそこにあった。

「行こう、ドン・キホーテ。奏多かなた

「あぁ、行こう」

 震えはない。

 臆する者も何もない。

 ただひたすらに、勝利を目指して、ひたすらに、前を向いて。

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