始動 神奈川陣営
敵がまた一人やられたと報告が来て、
自分達にもまだ、反撃のチャンスがあるかもしれない。
残り数十秒、連続スリーポイント決めなければ追いつけないし、反撃も追随も許さないようにブザービーターきっちりに逆転決めてやらなければいけないくらいに過酷だけれど、しかし可能性がないわけではない。
難題ではあるけれど、無理ではない。
それが九年間のバスケ生活で培った、彼女の考え方だった。
戦闘能力で競うだなんて初めてのことだったけれど、それでも最初は統率者としてチームをまとめようとしていたのも、勝利への欲求が人一倍強かったからと言える。
それは同じバスケ選手の
だが彼女は戦士として、前線で戦うことを選んだ。
座間に恋していたのは、幸いだったと言える。
だが残り四人となれば、座間も上鶴も残っているかわからない。
残り四人の通知が来た時点では
いやな計算だ。
せめてティーチ、エルキドゥにはやられていて欲しくはない。
無限に刀を生み出し、人の首を斬ることだけを考えているあの変人には、鎌倉は正直苦手意識を持っていた。
ましてやティーチとエルキドゥの魔法の方が攻撃力もあるし、何より二人の方が強い。
わずか数回の訓練中でも、あの二人が膝を突くことはなかった。
だからあの二人が残っていれば、可能性はある。
まだ逆転の目は残ってる。
――神奈川陣営、残り三名
そう考えていた矢先の非情宣告。
また一人、誰かがやられた。
これで三対四。再び形勢を崩された。
人数的に言って、異世界転生者が一人以上やられていることは確定した。
だが誰がやられたのかまではわからない。異境のルールでもここだけが嫌いだ。
楽観的にはなれない。どうしたって悲観的になってしまって、でもと思ってわずかに光明を見出したかと思えば真っ先に断たれるし。
とにかく状況がわからない。まるで戦況が見えてこない。
ティーチは、エルキドゥはどうした。やられたのは大和か。
だとしたらどうする。
これから合流して、改めて作戦を練る時間などない。
能力を与えると言われて攻撃能力しか考えていなかった自分がバカに思えて仕方ない。
錯綜する情報もない中で、一人という状況はひたすらに辛い。
仲間と連絡を取り合える能力にしておけばよかったと、今何度反芻していることか。
敵は誰が残っていて、味方は誰が残っていて、誰が今戦っていて、誰が戦えるのか。
とにかく情報がない。何も、知り得る手段すらもない。
バスケの仲間からよく脳筋と言われたが、初めてそうかもしれないと自覚した。
本当に攻撃のことばかり考えていた。自分の悪癖だった。
情報が何もない中での孤独が、こんなにも寒いだなんて知らなかった。
コンクリートを自在に操る力など、なんの役にも立ちはしない。
事実さっきまで逃げていただけだし、ここまで隠れるために使っていただけだ。
もはや攻撃すらできていない。
ただ逃げて、隠れて、やり過ごそうとしていただけだ。
だがこの戦いに時間制限などない。
もしも残りの二人がやられたら、最後に残った自分がやられるだけだ。
そんな状況下でもまだ、ブザービーターで決めてやろうなどと意気込めるほどの気合はない。
そこまで楽観的でもないし、能天気でも吞気でもない。
版画美術館方面で爆発音が聞こえたし、たった今もJR町田駅に近い方から凄まじい崩落音が聞こえた。
戦場は町田駅周辺と聞いていたが、広いようで狭い。
端から端まで移動するのに、人間の足で走って十分も掛からない。
自分が今隠れているこの場所だって、いつ見つかるかなんて時間の問題だ。
戦闘の残響が、まだ腹の底で響いている。
脚が竦んで動けない。先ほどまで鎖に追われ続けていた反動で、まだ笑っている。
味方がまた一人減ったという状況が、さらに彼女を一歩外へと踏み出すことを躊躇わせている。
まさか敵の欠けた二人が、両方とも異世界転生者というわけはあるまい。
最悪、四人中三人が異世界転生者という可能性すらある。
そんな状況で勝てるはずがない。
あの日、フェアが与えると言って提示した能力の中に、もっと使えるものはあったのではないだろうかと、今更ながら後悔してしょうがない。
震えが止まらない。
もう二度と、異境なんて参加するものか。こんな怖い戦い、二度と――
「こんなところにいたのか」
(見つかった――!)
建物と建物の隙間のコンクリートの下に隠れていたというのに、見つかった。
敵の中に索敵能力に長けた誰かがいたか。
ともかく逃げなければ。
と、コンクリートの中を進もうとして気付く。
「おいおい、逃げるなって鎌倉。俺だって」
声の主に心当たりがある。
そっと確かめて見ると、そこには仲間の大和がいた。
ということは、自分と大和と残り一人――エルキドゥかティーチはやられたことになる。
最悪まではいかないが、どんどんと逆転が難しくなっていく。
だが合流できたのは不幸中の幸いか。
仲間がいるというだけで与えられる安心感は、バスケの会場でも感じたことがある気がする。
故に一歩外に出るのが、これまで以上に楽だった。
「無事だったんですね」
思わず口調が丁寧になる。
ここで彼の機嫌を損ねて、また別れるなんてしたくなかったから故の防衛措置だ。
「あぁ、あの鎖が消えてくれたお陰でなんとかな」
「そうですか……しかしどうしましょう。状況は明らかにこちらが劣勢です。私でもあなたでも、突破口が開けるとはとても思えません。せめて、あともう一人と合流できればいいのですが」
「……エルキドゥは来ないさ。なんせ、俺がいるからね」
「先輩? それはどう――?!」
天地が引っ繰り返る。
敵の攻撃かと思ったが、そうではない。
大和が鎌倉の足を払い、倒したのだ。そしてすぐさま彼女を抱え、肩に担ぐ。
唐突のことで何がなんだかわからないまま、大和は階段を降りて行く。
鎌倉はそのとき、階段の下にいかがわしいポスターが張られているのを見た。
「大和先輩! 一体何を!」
「エルキドゥは俺がいる限りやってこない。だがおまえとしては、この戦いを早々に終わらせたいだろ? なら、俺が終わらせてやるよ。そのために、おまえには協力してほしいことがある」
大和が扉を蹴破って入ると、そこはクラブだった。
ただし最奥にまた別の部屋がある様子で、大和はそれも蹴破る。
最初、ただのスタッフルームだと思っていた鎌倉だったが、入ってすぐにその考えは消えた。
ピンク色の天蓋がついている円形のベッド。芳香が焚かれており、臭いとすら感じてしまうほど甘い匂いで充満している。
鼻を突く芳香は鎌倉の思考回路を鈍らせる。
そのままベッドへと叩き落とされ、馬乗りで乗られて首を絞められた。
「せ、ん、あ……!」
「俺の能力、教えたよな。悪い、あれは嘘なんだ。俺の本当の異能は――いや、魔法は少々面倒でねぇ。他人から魔力を補給しないと発動しないんだよ。だから……貰うぜ? おまえの魔力」
そこからの出来事を、鎌倉は思い出せない。
ひたすら苦しくて、痛くて、人生で初めて泣きじゃくって、やめてやめてと訴え続けた。
次第にそれらも無意味だとわかると、あとはされるがまま、ひたすら彼の思い通りに動かされた。
次第に苦痛から逃れるためか、体が苦しみの中から快楽を見出し、意識も見出した楽の中へと逃げ出そうとする。
喘いで、叫んで、求めて、吠える。求めていないはずなのに、嫌なはずなのに、彼の恥辱を、凌辱を、屈辱を受け入れようとする。
今の今まで、いつ襲われるかわからない恐怖で竦んでいた時間の方が圧倒的に長かったというのに、わずか数十分を地獄だと思った。
わずか数十分の凌辱と恥辱が、誇り高く若いバスケ選手の心をへし折った。
息が苦しく、もう立ち上がる気力もない。体力もない。
体が熱い。体の中に入っている異物の存在が気持ち悪い。ドクドクと自分から溢れ出ているものが、とにかく物凄い熱を発している。
全身を濡らしている彼の体液が、とてつもなく臭い。
だがその臭いが部屋を満たしていた芳香と混じって、体がさらに多くを求めるよう痙攣する。
「あぁいいなぁ、いいなぁ……やっぱり子供を犯すのは気持ちがいいなぁ……もっとも、もっと若い子供の方が好みだが、肉付きのいい子供もいい。最高に楽しかったぞ」
「せ、んぱ……なた、ったい……なに、もの……」
「っと、いけないいけない。後始末はちゃんとやらないとなぁ」
もう、笑って菓子作りに勤しんでいた優しい大学生は存在しなかった。
彼はまるで悪魔のように歪んだ笑みを浮かべて、鎌倉の首を絞める。
自分の体液で塗れた少女の首を絞めるその手に、躊躇も遠慮もない。
息が苦しい。だがこれで終わると思えば、この悲惨な状況すらも鎌倉には救いに思えてしまっていた。
それだけ怖かった。
やっとこの地獄から解放される。
だからもう、早く、早く、早く早く早く――
「じゃあな、人間」
骨が砕ける音がした。
直後、鎌倉の意識は完全に途絶える。
地獄からの解放。そのことに歓喜する涙を流して、鎌倉はこの戦場から姿を消した。
戦況――東京・五:神奈川・二
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