幕間 鎌倉夏美
幕間ーⅠ
チームではベンチスタートの
そこまで強いチーム相手でなければ、出すまでもないという位置付けだった。
故に最初こそ監督に抗議していたが、その意味を知ると自分の役割を全うするようになった。
自分の役目は戦況に応じてチームの足並みを揃え、ペースを変える調律役。
チームが焦っているようならば冷静に攻めるようペースを落とし、逆に攻め時ならば集中的に攻めるようペースを上げる。
勝利に繋げるために実に重要な役割と言えた。
おまえは戦況を見定める力がある。
だからおまえは途中まで試合を見て、観察して、自分達と敵の戦力差、ペースを見極めて勝利に貢献しろ。それがおまえの役目だ。おまえの才能だ。
自分がいつもベンチスタートなのが納得いかず、直談判しに行ったときに監督に言われた言葉だった。
日本代表としてユニフォームを着る現役選手でもある、まだ若い監督からそう言ってもらえるのはこの上ない喜びで、鎌倉は自信に満ち溢れた。
だからこそ高校生活のすべてをバスケに捧げる覚悟をしていた。
大学もスポーツ推薦で行けるように、努力と研鑽を重ね続けた。
「鎌倉夏美様。此度の異境の神奈川代表に選ばれましたことを、ご報告に上がりました」
事態はいつも唐突だ。それはバスケも同じ事。
最後の一秒でスリーポイントを決められて、逆転負けするくらいによくある事。
だとしても、逆転負けよりも予期していなかった事態に鎌倉は戸惑った。
フェアがやってきたのは丁度、バスケの練習が終わった直後で、チームメイトも監督もその場にいた。
ただ違う点は、上鶴の学校とは違い、鎌倉には三年生になってもまだチャンスがあったという事か。
ただし彼女の場合、一つの懸念があった。
大会初戦の相手があろうことにも、今大会最強の優勝候補とされる強豪チームだった。
鎌倉がいても勝てるかどうかなどわからない相手だ。
それこそ最後の一秒でスリーポイントシュート決めて逆転勝利するしかないような強敵だ。
だというのに自分が欠けて、勝つ確率をさらに下げることなどできない。
自分も一緒に戦って、それで負けたなら悔しがれる。
だが自分がいないところでもしもチームが負けたとして悔しがることはできないし、勝利したとしても喜ぶことはできない。
勝利したとしても、敗北したとしても、チームと分かち合うものがないことは、鎌倉にとって考えられなかった。
「悪いけど、大会と日程が――」
「行ってこい、鎌倉」
断ろうとした鎌倉の言葉を遮ってまで、背中を押したのは監督だった。
横で話を聞いていた監督は、強い眼差しで鎌倉のことを見つめていた。
「行って、見聞を広めて来い」
監督は決して、鎌倉がいなくても大丈夫だなどと彼女を見限ったわけではない。
異境は年齢も性別も関係なく、さらに異世界転生者をも交えた特殊な構成でチームが組まれる。その中に彼女を置いて、彼女のチームを統率する能力を鍛えようと言う考えだった。
鎌倉はこの頃、プロで活躍したいと監督に打ち明けていた。
プロになれば年功序列などあり得ない。
力のある選手が使われ、力のない選手は弾き出される過酷かつ非情な世界。
現在のチームのプレイスタイルが悪いとは思っていなかったが、しかしそればかりではダメだと考えていた監督は、まったく異なる環境に鎌倉を送って彼女の成長を促そうとしていた。
三年生のキャプテン、副キャプテンもまた同じ考えだった。
自分達ですらしたことのない体験をしてくれば、一皮むけるかもしれない。
そうすれば次代のこのチームを任せられる。キャプテンとして。
「このチームがさらに強くなるためには、強い精神的柱が必要だ。今までは三年生が補っていた部分を、今度はおまえが補う。おまえが次の柱だ、鎌倉」
全員の期待が、両肩に圧し掛かっていた。
だが決して、重荷だなんて思わなかった。
むしろ気持ちいいくらいに感じていた。
皆の期待を一身に背負って、必ず勝って帰ってくると誓いを立てる。
そうして異境参加を決めた鎌倉だったが、もしもこのときの自分に戻れるのなら、全力で参加を断っただろう。
見聞を広めることは悪いことではないし、自分が次のチームの要だと言われたことも嬉しくないはずがない。
だとしても異境だけはダメだった。
異境だけは、決して踏み込んではいけない領域だった。
そんなことも知らずに適当に攻撃力のありそうな能力を選び、自らチームのリーダーとして名乗り出た自分は浅はかで、愚かとしか言いようがない。
だからまともに戦わせても貰えず、逃げ続けた挙句味方に凌辱されて舞台から降りることとなるのだ。
見聞を広めるために外へ出る。それは正しい。
しかし見聞を広めるためには調べることが必要で、知ることが必要だ。
今の時代、SNSやインターネットなど、情報を得る手段はいくらでもある。
だから調べるべきだった。知るべきだった。
この戦いがどれだけ悲惨なものなのか。
現代人が今、どれだけ平和に侵されているのか。
異世界に転生する者達が、どのような戦いを繰り広げるのか。知る必要があった。
前もって知っていれば、こんな醜態を晒すこともなかった。
こんな惨めなだけの最期を迎えることもなかった。
後悔先に立たず。
自分の成長のため、これからのチームのためを思って送り出してくれたチームメイト、キャプテンらに申し訳ない。
未だ汚物に塗れたまま、痙攣を続ける彼女は思う。
上鶴と、バスケがしたいと。
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