幕間ーⅡ
三人の異世界転生者が現れてからも、
長年続けてきたバスケ生活は、それこそ有限にして厖大な体力を彼女達に与えていた。
上鶴のディフェンスを潜り抜け、鎌倉の強烈なダンクがゴールネットに叩きこまれる。
異能を与えられたと同時に強化された身体能力は、平均的身長の鎌倉ですらもダンクを打ち込めるほどの跳躍力を容易に生み出す。
それこそ最初は目測を誤り、ゴールリングに頭突きしてしまったくらいだ。
その、強化された状態でのバスケはまた格別で、今までに感じたことのない速度でコートを駆け抜けて、
肩で風を切る音が聞こえ、風切り音を立てて放たれたボールが揺らすネットの音がより高く、鼓動を弾ませる。
今までに感じたことのないハイスピード、ハイスペックのバスケに二人は溺れる。
今までのバスケ人生が霞むほどの快感が、そこにはあった。
さらに二人は負けず嫌いであったから、相手がゴールを決めれば自分がやり返さないでどうするとやり返し、ならばもう一度やってやるとやられてまたやり返し、を繰り返していた。
ゴールした数が五〇を超えた辺りから、二人はもはや数えるのをやめていた。
「ねぇ、
「ん……?」
「この戦いってさ、どんな意味があるんだろ」
唐突の問いだった。
でも確かに、考えたことなどなかった。
「ただのイベントでしょ? ここまで凄いお金掛ける意味、わからないけど」
だからそんな答えしか出てこない。
二人して大の字に寝転んで、同じ天井を仰ぐ者同士だったが、この時の上鶴はそれよりもずっと上を見上げているような気がした。
「お金儲けが目的じゃないのは、わかるよね」
「そだね。賞金に褒賞とで、入って来るお金より絶対払ってるよね」
「じゃあ、なんでだろ」
その答えは鎌倉にはなかった。考えたことがなかった。
日本という国が総がかりになって、赤字になってまで行なっている異境。
ただの興行だと思っていたが、そうでないとすれば一体なんなのか。
競技場でやるわけでもないし、観客からお金を取ることもなく、外国人旅行者が増えるわけでもない。
つまり金銭的利益はどこにもなく、やっているのも日本だけ。
ならばこの戦いには一体、なんの意味があるのだろう。
どれだけ考えても、答えは出てこなかった。思えばその意味すら、考えたことがなかった。
過去に異境に出た人達が皆、二度とやりたくないと言う意味を考えたこともない。
それだけ壮絶で、絶望的で、圧倒的な勢力が襲い掛かって来ることなど、この時はまだ考えてもいなかった。
この時考えればよかったのだ。
火のない所に煙は立たないし、意味のない戦いなど存在しない。
権力、土地、金、宗教、人種。どんな戦争にも、必ずそこには意味が存在した。
この異境という戦いにもまた、意味があると考えるべきだった。
この戦いが、ただの興行であるはずがなかった。
* * * * *
「神奈川陣営、鎌倉夏美様」
目を覚ますと、そこにはフェアがいた。
あのときと同じ面の下で、何を思っているのかはわからない。
だが今の自分の状態をすぐさまに思い出して跳ね起きようとしたときに、ようやく気付いた。
見るとフェアと同じ面をした、しかしスーツ姿の女性スタッフがタオルで鎌倉の体を拭いて、巻きつける形で隠してくれていた。
汚臭も芳香も、掻き消えている。
全て悪夢だったと一瞬だけ思ったが、下腹部の痛みを感じてすぐ、現実なのだと涙した。
だというのに、この男はたった今身を穢されたばかりの少女に対しても淡白に、事実のみを告げる。
「意識喪失を確認しましたので、脱落となります。これより我が運営が責任を持ってお送りします故、一先ず控室に。着替えを用意しております」
「……私がされたことに対しては、何もないわけ?」
当然の質問だ。少なくとも、質問をする権利はある。
こちらは犯されたのだ。当然の権利であるはずだ。
「当然、処置は取らせて頂きます。この異境終了後、すぐに」
「今すぐ中止しなさいよ! あいつは人の皮を被った化け物よ! もしも、他に残ってる私の仲間が……
「上鶴麻衣様はすでに脱落しており、身柄はこちらで預かっております。心配には及びません。なお、異境に中止という規定は存在致しません。戦いは続行します」
「なんで、なんでよ……私がレイプされたことなんて、どうでもいいって言うの? 私はこんな、こんな目に遭ったのに……なんで……」
「お言葉ですが――この異境はあくまで戦いであり、喧嘩ではありません。仲裁役は存在せず、あるのはただ敵を倒す規定のみ。我々運営もまた、最後までこの戦いを取り仕切るのみ。領土を競う争いが、少女一人の強姦で止まるような事は、決してありません」
この時鎌倉は、この戦いについてほとんど知らずに参戦したことへの後悔と、戦いがどれだけ凄惨で無慈悲なものなのかを知った気がした。
今なら、上鶴がしてきた質問に対して答えられる気がする。
文字通り、戦いは何故起こるのか。それを、身をもって知ったのだった。
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