幕間ーⅡ
「うちは
随分と快活で、元気な人だなというのが第一印象だった。
人と付き合うのが苦手そうな後輩の
「堺くん、多分大変な目に遭ったんだと思う。遠藤先輩はあんなだし……私達が守ってあげないと。だから、協力しましょ。せめて私達だけは」
「あぁ、そうだな」
「じゃ、改めてよろしく! 成瀬くん!」
「あぁ。よろしくな、常盤……さん」
「あ、今なんか一線引かれた気がするなぁ」
「そんなことはない。ちゃんと仲間として接しているつもりだ」
「じゃあさん付け禁止! ってかもう、玲央って呼んじゃえ! 私も奏多って呼ぶから!」
「それは距離が近すぎないか?」
「いいの! そんなわけだから、さらに改めてよろしくね、奏多!」
「お、おぉ……よろしく。れ、玲央」
今までに会った事がないタイプではない。
名字で呼ばれることに拒絶感を覚える女子は、クラスに何度かいた事がある。
そのときも気恥ずかしかったものだが、握手までもしたのは彼女が初めてだった。
言葉が拙く、連携もうまく取れない堺。それをいじる遠藤を諌め、堺をサポートするのが二人の役目となっていた。
成瀬は電磁砲という攻撃的異能を授かり、常盤は動物を操るという異能を授かったため、サポートに回るのはそう難しいことではなかった。
移動や誘導は常盤、相手の攻撃から堺を守る役目に成瀬が徹底することで、堺を守りながら自分達も安全に戦う連携を見出した。
遠藤の配分も、サポートに回させれば楽に立ち回れる。
ただしこの作戦は、異世界からドン・キホーテが召喚され、常盤の能力で操れるとわかった瞬間から変わってしまったのだが、しかし基本は堺のサポートに徹することからお互い離れなかった。
何より戦闘だけでなく、コミュニケーションの部分で堺のサポートを徹底した。
たどたどしく、拙い会話しかできない堺をチームに溶け込ませるのは大変の一言だった。
遠藤もそうだが、異世界から来た三人も一癖も二癖もある曲者ばかりだったのである。
ドン・キホーテはそもそも喋れない。エリザベート・バートリーはチームに馴染もうともしない。
さらに聖女ジャンヌ・ダルクはといえば、堺のことを気にかけている様子なのだがどこか一線引いていて、やはりそこまで深くは接しようとしない。
故に堺のためにも、常盤と二人で頑張るしかなかったのだが、その環境がよかったのかよくなかったのか、成瀬の心情を固めて行った。
(あ、俺この子が好きなんだな……)
と思ってしまったらもう負けで、面倒見もよくてムードメーカーでさらに美人で、文句などどこにあるだろうか。
さらにわざわざ下の名前で呼んでなどと、勘違いさせるにも程がある。
「奏多くん!」
名前で呼ばれるごとに勘違いしてしまいそうになる。
「ちょっといいかな!」
そうやって駆け寄って来る姿が、可愛く見えてしまう。
肩まで伸びた短めの黒髪も、前髪の下に隠れているつぶらな瞳を持った、整った顔立ちも、少し細めのくびれた容姿も、可愛らしくて、愛おしくて。
ふと、曾祖父の書いていた文章を思い出す。
その中の項目に、戦時中にいた売春婦を描写したページがあった。
随分と過激で、子供には衝撃的過ぎることが書いてあったと記憶していたが、一瞬そのことが頭を過ぎって、考えてしまった。
彼女にそれをしている己の情景を。
汚い、汚い、汚らしい。
自分の手でこの美しい人を穢してしまう情景を、瞬間を、光景を妄想してしまった己を叱責すらして、してしまった妄想を必死に振り払った。
「どしたの?」
「あぁ……いや、なんでも、ないさ。それよりどうした?」
「あぁ、うん。それが……ドン・キホーテに、どんな魔法使えるのって聞いたら……なんか、暴走しちゃって……現在、堺くんとジャンヌさんで治めるため交戦中……だから、奏多くんも手伝って!」
「本当、何してるんだ……」
「ごめん。まさかこんなことになるなんて、思ってなくて」
「わかった。本番でも暴走されたら困るからな。すぐに行くよ」
「ホント、ごめんねぇ」
ドン・キホーテの暴走は、奏多の加勢後すぐに治まった。
奏多の異能のお陰、というよりは単にドン・キホーテの体力、魔力切れだったと思われる。
総がかりになっても止められないドン・キホーテという存在に恐怖を覚えつつ、しかし力を解放するコードとその実力を知った東京陣営は、結果的にさらに作戦を固めることができた。
遠藤はそれこそこの皮肉を嘲り笑い、楽しんでいたが、成瀬はそのときの皮肉だけは喜ばしく受け取ってしまった。
「まるで夫婦だな、君達は。子供を諫める両親みたいだったよ」
ますます勘違いをしてしまう。淡い期待を抱いてしまう。
自分はそんな軽い気持ちで、それこそ遠藤のような軽い感情で、この異境に参加しているわけではないというのに。
「ごめんね、ありがとう」
「本番は頼む。助けに行けないかもしれないからな」
「大丈夫! 任せて、奏多くん!」
「……なぁ、常盤」
「あ、今私のこと名字で呼んだ。ちゃんと玲央って――」
「いや、その、さ。やっぱり名字じゃダメか? なんだか俺、このままじゃ勘違いしそうになるんだ」
「勘違い?」
「だから、その……――おまえに、色々したくなる」
「……色々って、例えば?」
朱色に染まる頬。
ランランと輝く虹彩を抱く瞳。
微笑みを湛えた赤い唇。
それらが成瀬奏多という男の理性を壊そうとしてくる。
だが崩壊だけは免れて、ギリギリ保たれた理性が寸でのところで止めた。
故に口づけをしそうな勢いで彼女を抱き寄せておいて、わずか数ミリのところで思いとどまって、二人の間にまるで見えない壁でも張られているかのように、そこから互いに一ミリも動けなかった。
理性を取り戻した成瀬は静かに彼女を解放して、自責しながら背を向ける。
そして何か一言添えねばと、苦し紛れに一言、
「この先の事、とかだよ」
格好悪い。男として最低だ。
これならしてしまった方がまだよかった。
これでは抱いてしまえる勇気もないただの軟弱者だ。意気地無しだ。
ただ彼女を驚かせただけだ。
まったくもって情けない。
「ごめん、常盤。だからこれからは――」
「じゃあ、さ。嬉しい? 奏多って呼ばれて……私にそう呼ばれて、嬉しい?」
「……勘違いしそうになるってのは、そういう、事だ」
「そっか」
次の瞬間、背中に感じた重みに成瀬は驚いた。
何せそ、他でもない常盤の体重だったのだから。
常盤が自分の背中に寄り添って、体重をかけてきていることに気付いたのは、彼女の体温に気付いた瞬間からだった。
「ならよかった。アピールのし甲斐もあったってもんだ」
「あ、アピールって……」
「もしかして、私がみんなに下の名前で呼ばせるタイプだと思ってた? だったら自己紹介の時にみんなに言ってるよ。君だけなんだよ、私を玲央って呼んでいいの。だから、呼んでよ」
「れ、玲央」
「もっと」
「玲央」
「も一回」
「玲央」
振り返ったとき、彼女の笑顔がそこにあった。
とても嬉しそうに「はい」とはにかむ彼女の姿が。
曽祖父は言っていた。
曽祖父は国のため、曾祖母のために戦った。
おまえも戦いに行くのなら、何かのために戦えと。戦いに、意味を与えろと。
異境前々日になってようやく、その意味を見つけた気がした。
「玲央」
「はい」
「おまえは、俺が必ず守る。おまえのために、この異境も勝つ」
「はい」
「だから、玲央……この異境が終わったら、俺と、交際してくれないか。結婚を、前提として」
「はい!」
堺は、
遠藤は褒賞のためだろうことは想像に難くない。
常盤は――もしも自分のためだったら嬉しいが、きっと何か得たいものがあるのだろう。
ならば成瀬奏多は、今、目の前にいる彼女のために。
「必ず守る。ただ、異境の最中はドン・キホーテがその役目を取っちまうだろうが」
「彼はこの戦いの間だけだもの。その後の一生、守ってくれるんでしょ?」
「あぁ、そうだ」
「ならばよし!」
戦いは嫌いだ。
曽祖父の戦った戦いよりは、ずっと甘くて反吐が出るくらいだろうが、それでも相手を傷付け、自分も傷付く戦いは好きではない。
血が舞い、臓物が飛び、命が散る。
本物の戦いを知っている人から聞かされた、読まされた戦いのすべては凄惨なものだ。
だけどそれでも、人々は自分の守るもののために戦った。それがこの世界の歴史。
なら成瀬奏多はこの戦いに、県境などという小さなものは賭けない。
賭けるのは、未来だ。
彼女と共に進める未来。彼女と共に歩める未来。
そんな未来を進める己を手に入れるために。
だからすまない神奈川陣営。こちとら、負けられない意地がある。
成瀬奏多はその意地で、戦場に立つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます