クラッシュ

決着 東京陣営

 成瀬なるせ上鶴かみつるの決着の場として選んだのは、JR町田駅の小さな改札の方から出てすぐのところにあるバスターミナル。

 調度その上階の大広間では、エリザベートが自陣を形成しているのだが、真下に位置するバスターミナルは彼女が陣地を広げていない穴で、誰にも邪魔されない決着の場としては申し分なく、遠藤えんどうがそこにバスを回したのは賢明な判断と言えた。

「遠藤先輩はあくまで見届け人として頼みます。女の子相手に二人掛かりは、俺の騎士道精神に反する」

「はいはい、わかりましたよ。まったく、今回は何かと紳士が多い」

「もしかして、座間先輩もあなた達が?」

「彼とは取引をしたのさ。意識を失ってた君を助ける代わり、彼には脱落してもらう、とね。まぁ元々、彼の異能は自分の意識と引き換えに仲間を助ける回復役だったみたいだから、自然とそういう流れになったというわけさ」

「やっぱりそうでしたか」

 本来なら意識を喪失した時点で敗退となる異境のルールだが、回復系統の能力者がいる場合は一定時間内に回復処置を行い、復活した場合は本線復帰という扱いになる。

 その点で言えば回復役のいる神奈川陣営は実に有利な立場にあったと言えたが、今はもう過去の話。座間がいなくなった今、そのメリットはすでに消失している。

 そこに不安を感じた上鶴だったが、同時、自分のために脱落してまで助けてくれた座間に対する愛情は、やはり深まるばかり。

 そしてそんな恋する少女の表情を、成瀬は二日前に知ったばかりだ。

 自分を助けたという青年に、恋をしていることはなんとなく理解できた。

 だからこそ、思う。これが本物の戦争じゃなくてよかったと。

 もしも本物の戦争だったなら、彼女の恋する青年はすでにこの世になく、彼女の恋は叶わなかった。

 そして今ここで彼女を倒してしまうことが彼女を殺す事だったら、それもまた恋など叶う余地はない。

 天国で一緒に、なんて誰も知らないあの世のことなど信じられないから、やはり現世で一緒になるのが一番いいだろうから、だから本当に、死ななくてよかった。

 曽祖父の出た戦場は、そんな想いすらも微塵に撃ち抜かなければならないものだっただろうから。

「成瀬くん。これで負けたらマジカッコ悪いからねぇ」

「茶化さないでくださいよ、本当にもう……さては先輩、リア充死ねとかツイートしてるタイプでしょ」

「心外だなぁ。確かに彼女はいないけど、彼女がいることだけがリア充じゃあないんだぜ? 負け惜しみに聞こえるかもだけど、幸せってたくさん形があるんだから」

「はいはい。さて、じゃあ始めようか。上鶴さん、だっけ」

「はい、成瀬先輩。そのまえに、先ほどはありがとうございました。このお礼は必ず後日。ですが今は異境です。私も、私を送り出してくれた友達や家族のために負けられない。あなたもきっと、そうでしょう。だから負けてくださいとは言いません。正々堂々、戦ってください」

 少女は二丁持っていたうちの一丁を捨てる。

 残っていた弾のすべてを一丁に装填し、カートリッジを腰に結んでいたベルトを外して後ろ髪を結わえる。

 少し短めのポニーテールになった彼女は、まるで試合開始の合図を待ち続ける勝利に飢えた獣。成瀬は特別スポーツをしないが、それでも理解できる。

 彼女の佇まいは、チームの期待を背負っている者の姿だ。

 その目は相手をリスペクトし、自身の全身全霊をぶつけて勝ってやるという目だ。

 殺意はなく、むしろ敬意すらある目に、成瀬もまた全力をぶつけることを約束した。

 隠していたが、成瀬の電磁砲は何も両腕で一発ずつじゃない。指と指の隙間――つまり五本の指に存在する四つの間隔の両腕分、つまりは八つの銃口から放つことができる。

 それを今、実際にすべての指の隙間に電磁力を溜めて少女に明かす。

 自分も全力でぶつかる、という意味合いだ。挑発する意図はない。

 上鶴も理解したのだろう。静かに一度目を閉じ、深呼吸すると、ライフルを向けて構えた。

「遠藤先輩、合図を。ちゃんと、彼女にもわかるようお願いします」

「僕だってそんな卑怯な人間じゃないんだぜ? わかってるよ。僕も一切手を貸さない。君にかけてたバフも全部外してある。思う存分、好きにやるといいさ。じゃあなんならそれっぽく行こうか。もうやったとは思うけど、双方名乗りな」

「東京陣営、成瀬奏多かなた

「神奈川陣営、上鶴麻衣まい

「では両者、構え」

 とは言ったが、すでに構えている。

 互いに合図さえ聞き逃さなければ、いつでも始められる。

 今度はお互い小細工なしの、真剣勝負だ。

 遠藤は高々と右腕を上げ、ここにきて初めてくらいに声を張る。

「両者、一本先取! いざ尋常に……始め!」

 遠藤の合図を聞いて、同時に動く。

 互いに武器は狙撃型。故に接近はない。

 その場から相手を狙撃すべく撃ち始める。

 両指の隙間という隙間から放たれる電磁砲と、見えも聞こえもしない透明な銃弾が交錯する。

 攻撃力なら電磁砲の方が圧倒的に上だが、見えない攻撃は厄介に過ぎる。

 辛うじて乱れ撃ちにしているが故に相殺、もしくは軌道をズラせているものの、いつ自分に襲い来るかわからない恐怖を感じて仕方ない。

 対して上鶴もまた、電磁砲の持つ攻撃力に晒されて恐怖を感じてならない。

 互いに相手の異能の恐怖に晒され続けた結果、動いたのも同時だった。

 バスターミナルは障害物が多い。上階へ上り下りするためのエスカレーターが中央にあるのと、柱が数本。周囲は線路が見えるように大きく開いている。

 柱を盾に、乱射をしながら互いに中央のエスカレーターへ。

 反対側へと回り込み、一度体勢を立て直す。

(やっぱり弾丸が見えないのは厄介だな……せめて気配みたいなものがわかれば――!)

 咄嗟に、成瀬は身を翻す。

 直後に撃ち込まれた弾丸が弾け、肩を掠め切られた成瀬は腕を抑えながら駆け抜ける。

 一瞬でも止まれば、そこに弾丸が撃ち込まれる。

 残弾数が少なくなってきたのもあるし、ライフルを一丁捨てたこともあるのだろう。

 能力の対象が少なくなったことで、彼女自身透明化して襲って来た。

 これは厄介だ。

 弾丸は見えないし銃声も聞こえない。傍から見れば、いきなり壁や床にひびが入ったかのようにすら見えることだろうし、実際に成瀬もそのように感じている。

 見えない、聞こえない相手。ただ感触だけは生きているようで、銃弾が肌を掠めた瞬間だけはわかる。

 もっとも、銃弾は刀剣のように振られるものではないから、それを頼りに致命傷を避けるなんてことも出来やしない。だからこそ、彼女も刀剣の類ではなく銃を選んだのだろう。

 なるほど彼女は本気だ。

 与えられた能力をフルに生かし、この戦いに勝とうとしている。

 だがそれは、こちらも同じこと。

 成瀬にも今、勝ちたいと願う理由があるのだ。後輩にばかり譲れない。

「遠藤先輩!」

「おいおい、加勢してくれなんて言わないだろうね。そりゃあ幻滅だぜ、成瀬くん」

「違う。巻き添え喰らいたくなければ伏せてろって言ってんだ!」

 両手から電磁砲を連射、乱射する。

 全方向に満遍まんべんなく、電磁砲を撃ちまくる。

 これはまずい、と遠藤もその場から離脱する。

 上鶴は成瀬が自棄ヤケになったのだと見て、この隙を逃すものかと攻撃と攻撃の間を掻い潜って隙間を見つける。

 至近距離まで迫った上鶴は、銃口を成瀬のコメカミに突き付けて、引き金を引いた。

 が、銃弾は天井にぶつかる。

 ライフルの銃口は成瀬に捕まえられて、天井へと向けられていた。

 全方向への乱射の中、垣間見えたと思っていた絶好の隙間。そこに入り込めたことを、上鶴は疑わなかった。

 だがそれこそが成瀬の狙いであり、そこに誘い込むことこそが作戦だったのだと、今更になって気付く。

 そしてもう片方の手はすでに、電磁砲の発射体勢を整えていた。

「悪いが、俺の勝ちだ」

座間ざま先輩。チャンス、生かせませんでした……)

 最大出力。最大攻撃力の電磁砲が上鶴を吹き飛ばす。

 透明化の異能も解けて、少女の体が力なく落ちる。

 起き上がる気配もなく、手を伸ばせば届く距離に落ちたライフルを掴み取る様子もない。

 気力も体力も今の攻防で、今の至近距離からの直撃を受けて完全に消費していた。

 意識はまだかろうじてあったが、薄汚れた天井を仰ぐことしかできない。

 すでに戦闘不能。勝負は決していた。

「ヤベ……やり過ぎちまった」

「女の子相手に容赦ないなぁ。ま、勝ったから別にいいけどさ」

「とりあえず、安全な場所まで運んでやらないと。俺はあとで合流します。先輩は上のあれ、なんとかしてください」

「はいはい、了解しましたよぉっと」

 遠藤は颯爽と去っていく。

 成瀬は上鶴を抱き上げて、安全な場所へ。

 成瀬の腕の中で、上鶴は朦朧とした意識で込み上げる悔しさを噛み締める。

 自分を送り出してくれたチームのみんな、そして自分のために力を尽くしてくれた座間に対する申し訳なさでいっぱいになったが、同時に感じるのは全力で戦ったことによる爽快感。

 未練はない。

 自分は全力で戦って、そして負けたのだから、悔いはない。

 だから後は任せたと、好敵手に後を託して上鶴麻衣は退場していった。


 戦況――東京・七:神奈川・五

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