狂喜 神奈川陣営
戦いとは命の奪い合いだ。
それが正当な理由か不当な理由か、そんな事は関係ない。
どちらが善で悪かなど関係ない。
勝者だけが正義であり、勝った方の言い分が正当なのだから。
だからあの日、首を刎ねられた自分は悪党として語られ、悪の海賊の象徴としてこの世界の歴史に名を残していることに、エドワード・ティーチは悲しみこそ抱かなかったが、一つ不満があった。
自分が悪党であることなどどうでもいい。
問題は、自分が負けた話が世に伝わっていることである。
戦って得た武勲と勇敢な生きざまが、悪逆の限りという一言で片付けられ、死にざまばかりが描かれているのである。
終いには、自分の首が晒されている絵まである始末。
ふざけるな。
自分は生きるために戦った。
広大な海に出て、生きるために戦い抜いた。
その結果死んだ事に悔いはないが、そればかりを伝えられるのはあまりにも悔しい。
だからこの戦いで勝利し、海賊黒髭の武勲と勇猛果敢な姿を見せつけるのだと、挑んだ戦い。
しかし仲間は常に最悪の事態を想定して、敵は自分の巨躯に臆してまともに相手すらしてくれず、これでは武勲も何もない。
せめて一人くらい、自分に向かって来てくれる命知らずなバカでもいないかと期待していたのだが、現代人とはここまで戦いに対して臆病で、脆弱だとは思っていなかった。
こちらも異世界の異能を使うとはいえ、元は同じ世界に生きた人間だ。だというのに人から与えられた異能に頼らなければ戦えず、度胸すらない。
情けない。
聞けば今は戦争を嫌い、戦いを嫌い、起こるものと言えばテロと呼ばれる一方的暴力と、内戦という内輪揉めしかない。
つまらない世界だ。
自分の夢のため、野望のため、自分のしたいことをするために戦うということをしなくなってしまった。抑制された時代になってしまった。
皆が己のため、己の夢のために戦いたい、努力したいと思っているのはネット、SNSというものを見てすぐにわかった。
何故、皆が法に触れることを恐れて委縮しているのか。
何故、皆が他人の誹謗中傷を受けることを恐れて、陰からしか物を言わぬのか。
ティーチにはまるで、理解の届かない話だった。自分の生きていた時代と、今の世はまるで別世界で、ここもまた異世界なのだと言われても、納得出来た。
夢も野心も野望も陰謀も、すべて最初に無理の一言で否定される。
嫌な世界だ。
夢を見るのにも権力がいる、力がいる、才能がいる。そんな世界に生まれてきたつもりはない。世界はもっと単純で、明快で、美しかったはずだ。
それこそ広大な海のように、海原の水平線上に上る朝日のように、そんな、澄み切った世界だったはずなのに。
誰も彼も、つまらな過ぎる。こんな世界で生きていて、一体何が楽しいのだ。
「おい小僧。逃げねぇのか?」
「惚れた女の前だ。せめてカッコつけさせろ」
そうだせめて、それくらいの度量がなけりゃいけない。
惚れた女の一人も守れないで、守ろうともしないで何が勇気か。
勇敢も何もあったものじゃあない。
陰でコソコソと自分の正体を隠匿して、裏で手を回して人を助けたとしても、それは誰の功績にもならないし、功績として称えることができない。
少なくとも、自分の時代はそうだった。
海賊という種族は実に単純だ。
切り取った首の数が武勲。沈めた船の数が功績。指名手配は勲章だった。
後に黒髭と別称をつけられ、畏怖と恐怖の象徴として恐れられたこともまた勲章。誇るべき事だ。それがのちの世代にどのような悪逆非道の限りと伝わろうとも、本人にとっては勲章以外の何物でもない。
許せないのは、自分が首を斬られたたった一度の敗北が色濃く伝わっていることだ。
黒髭という別称、脳の半分が吹き飛んでも戦った豪傑。しかし後に、首を斬られて終わった男。それで終わりだ。
無論、現代の情報媒体で検索を続ければ、他の何かも出てくるだろうが、少なくとも一般的な知識として広まっているのがそれだけなのだ。
それがどうしても許せない。
自分が挑んだ戦いのすべてが、自分が夢と自由を求め、繰り広げた航海のすべてが、その終わりだけで閉められていることに憤りすら感じる。
だからこの戦いで自分の戦う様を見て、黒髭という男の生きざまの一端でも見せつけてやろうと思い、呼びかけに応じた。
だが理由としてはもう一つ。
この世界の人間達が、どれだけ強い存在かを見定めたかった。
もっとも今のところ、この時代の人間に対する評価は極めて低いが。
「俺ぁ格好つけさせるほど、甘くはねぇぞ!」
この男の首を刎ねることなど容易い。
防御も雑。構えも何もない。
異境と呼ばれるこの戦場に張られている結界のせいで怪我はしないらしいが、本来なら腕を切断し、首を飛ばしている。
それくらいのこと造作もない。
やはりこの時代の人間は、あまりにも脆い。
と、全力で向かって来る青年に対して一振りで、片腕と首を持って行こうとした時だった。背後から何か凄まじい熱気を感じて、青年など眼中に収めている場合じゃないと止まる。
振り返ると、先ほど自分の魔法で全身を貫いたはずの人馬が立ち上がり、今まで甲冑の下に隠れていた修羅の面相で、牙を剥いて唸っていた。
ふと、ティーチの視界に次に入ったのはそんな人馬を見つめる青年の潤んだ瞳だった。
目の前の青年が守りたいと言っていた女が、人馬に対して涙を流している。
人馬は牙を剥き、低く腹の底から唸って、槍を握り締めていた。
「……け、ないで……まけない、で……負けないで! ドン・キホーテ!」
「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」
牙を剥きだしにして咆哮する人馬は、女の願いを聞き届けて向かって来る。
そのときティーチの中ではすでに、青年も彼女も戦うべき存在として認識していなかった。
目の前の人馬の鬼気迫る迫力に押され、トライデントを向けていた。
突進の勢いに負けて吹き飛ばされ、シャッターの閉まった施設の中に叩きこまれる。
ティーチも人馬も見たことのない機械に囲まれた場所で、通路を作っているポールと紐がとにかく邪魔だった。
文字通り馬乗りにされたティーチは、顔面に向けて振り下ろされた槍を首を傾げて避ける。直後に体を捻って人馬の脚を払って転ばせ、距離を取る。
しかし場所が狭く、すぐさま背後の機械にぶつかって充分な距離が稼げない。
すぐさま立ち上がって来た人馬の猛烈な突きに肩を突かれ、ガラスもシャッターも突き破って道路の中央分離帯をも破り、隣のビルに突っ込んでいく。
だがティーチは動じることなく、止まった直後に槍を握り締めて離すまいとする。
そしてお返しにとトライデントで突こうと振りかぶって、その切っ先を人馬の強靭な顎に噛み砕かれた。
驚愕で固まる隙は無い。すぐさま魔法で水柱を上げ、槍に変えて放つ。
人馬は二の舞を踏まない。
一蹴りで高く跳躍し、後退。襲い掛かる水の槍を悉く躱すが、距離を取らされた。
ティーチからしてみれば辛うじて乗り越えたと言わざるを得ない状況だが、人馬は悔しさからか怒りの表情で歯を食いしばって低く唸っている。
返って、ティーチは笑っていた。
トライデントの刃は噛み砕かれて、水の魔法は見切られている。身体能力も向こうの方が上かもしれない。
だとしても、
不撓不屈。
全身を貫かれてもなお立ち上がり、戦う勇姿。
傷付くことを恐れず、全力を賭して戦う姿は、今の現代人に見られない姿勢だ。
だが惜しいかな。この人馬が狂っているからこそ、この戦いは現代人の目にはただの暴走としか映っていないだろう。
それか人馬を操っている少女の力だと思うだけで、この人馬の燃やす不屈の闘志は評価されることがないのだろう。
だから惜しい。
この人馬の不屈の姿勢は決して、狂っているが故の暴走でもないし、女の指示に従っているからでもない。
今ティーチと対峙しているこの人馬の、闘志を滾らせているこの眼光の鋭さと強さは、現代にはないだろう。
それこそ昔を思い出す。
海賊同士の戦いの最中、敵が自分の首を狙って来るときの目だ。
おまえを蹴落として、俺が首を取ってやると息巻く目だ。
俺の野望のために、俺の願望のために死ねと無茶苦茶言ってる奴の目だ。
この戦いにおいてずっと、求めていたものだ。
「ンハハハハ! ンハハハハハハハハ!!! こいつだ! こいつを待ってたぜ! あの小僧とやるつもりだったが、おまえの方が面白そうだ! 名乗れねぇのが残念だが、かかってこいよ狂戦士! 俺ぁ、黒髭だ!」
「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」
黒髭は笑い、人馬は吠える。
カメラが両者の繰り広げる激戦を捉えている死角で、東京陣営の二人はその場から引く。
ただし彼女の要望で、戦いが見えるギリギリのところまで。
彼女はそこで人生で初めて、神様に祈った。
自分のためじゃないかもしれない。しかしそれでも立ち上がってくれた狂戦士の勝利を信じて、深く、両手を握り締めて。
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