終戦後
終戦直後 神奈川陣営
東京と神奈川の町田を巡る異境は、東京が勝利した。
敗北した神奈川陣営には、参加証も何もない。
ただの娯楽に成り下がろうとも、異境もまた土地の境目を巡る戦いであったことに変わりなく、侵略と防衛であったことに違いない。
勝者には富と栄誉と名声を。
敗者はただ奪われる。
現に
後で知ったことだが、後に大和の家を捜索した警察が見たのは、家族ともども惨殺された青年の憐れな姿だったという。
青髭がどのような手段を使ったのかは知らないが、前回の異境に召喚された後に現代に残留。参戦が決まった大和を殺して成り代わったようだ。
聖女ジャンヌ・ダルクの汚名を晴らし、名誉を挽回する。
青髭の覚悟と思いは、確かに理解出来ないものではないが、大和が殺されていいはずはなかったはずだ。
フェアに聞けば、大和は料理の専門学校に通う短大生で、将来はシェフを目指していた健全な好青年だったらしい。
彼が不条理に命を奪われたことを思えば、純潔を穢されたことなどはまだマシに思えた。
黒髭や牛若丸からしてみれば、戦争で命が消えていく様は当然のことなのだろうけれど、大和は当時、まだ戦う力もない非力な人間だったはずだ。
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恐怖の中で犯され、トラウマなっているはずだろうに、尚もチームメイトを思う気持ちは、バスケ選手でシックスマンとしてチームを支えてきた彼女本来の強さと言えるかもしれない。
戦いの後で彼女がどれだけ酷い目にあったのか聞かされた上鶴は、同じ戦場でこれからも戦う戦友の勇ましさに涙した。
そんな彼女の肩に手を添えて、座間は無言で祈ろうと促す。
戦っていた時の熱気が嘘のように冷え切って、寒くすらある夜空を仰いで、三人はそれぞれ星に祈った。
今空で輝いている星のどれかが大和というわけでは決してないだろうが、それでも三人は星に祈る。
残酷な暴力に殺された、チームメイトとなるはずだった仲間のために、冥福を。
約一分間の黙祷を捧げた鎌倉がふと振り返った時に見たのは上鶴と座間が未だ黙祷を続ける姿だけではなかった。
黒髭にエルキドゥ、そして牛若丸までもが黙祷を捧げていたのだ。
「あなた達、なんで……」
「なんでっておめぇ、俺達転生者が帰るのは明日だぜ」
「そうじゃなくて、なんであなた達まで」
「それこそおめぇ、愚問だぜ。本来俺の船に乗ることになってたクルーの命だ。生憎と俺は海賊だが、海賊だって神頼みくらいするし祈りもする。なぁ泥人形。神様ってのは海賊の祈りも聞いてくれるかね」
「それはあなたがどれだけ、神を信じるかによって。だけどきっと冥福を祈る気持ちなら、聞き届けてくださる、と、思う」
そして一番こんなことをしなさそうな牛若丸に、三人は視線を向ける。
注目が集まっていることに気付いた牛若丸は、また独特の笑い方で笑ってみせた。
「くぅっ、くぅっ、くっ……なぁに、私はただのおまけでごぜぇます。他の皆が祈っているのに、私一人祈らないなんて意地を張る必要もねぇと、それだけの話でごぜぇますよ」
「でしょうね、あなたなら」などと言いそうになった鎌倉よりも先に、牛若丸は「しかし」と続ける。
その時見せた彼女の表情が、鎌倉は月光が雲の中に隠れたことでうまく見えなかったが、一番印象に残った。
「出来ることなら、彼の作った菓子を喰いたかったなぁと、思うところも無きにしも非ずなのですよ」
思えば、気分屋の彼女を諫めていたのは青髭扮する大和の作る菓子だった。
鎌倉らも食べた事がある。とてもおいしかった。
あれが青髭が作ったものではなく、大和の作ったものだったならどうだったのか。
そう思えば、彼の作る菓子はきっともっと美味しかったのではないだろうかと、会ったこともない相手に期待を抱いてしまう。
しかしそうに違いないと思いたい。
血塗れた殺人鬼の作る菓子なんかよりもずっと、彼の作る菓子はきっとおいしかったはずだ。そうでなければ、殺されてしまった彼が浮かばれない。
こうして神奈川陣営最後の夜は悲壮感に溺れることはなく、チームメイトになるはずだった青年の冥福を祈り、幕を閉じた。
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