不屈の男
対抗 東京陣営
「
「
ドン・キホーテの背から飛び降りた
女の子一人受け止められないでたまるかと、人前と言うこともあって頑張った。
ただこの狂戦士が、果たして今の二人のやり取りを見て、何を思っているのかなどわかりはしないのだが。
ただジッと見られている気がしてならなかった。
「奏多……さっきまた、一人やられたって」
「わかってる。エリザベートもやられた。敵も反撃を始めたみたいだ。俺達は三人で固まって敵を迎え撃つ」
「わかった。ドン・キホーテ、奏多も載せて三人で――ドン・キホーテ?」
ドン・キホーテが低く、重音で唸る。
両手に槍を握り締め、今にも飛び掛かりそうな勢いで唸り、後ろ脚で地面を擦り蹴っている。
神奈川陣営の異世界転生者相手にも、そんな威嚇するような素振りを一切見せなかったというのに。
だとすればそれは今、目の前から牛歩で近付いて来る大男が、それだけの強敵だということか。
「ンハハハハ。おまえら、東京の陣営だな? 俺ぁ、エドワード・ティーチってんだ。黒髭って言う方が、名が通ってるのか?」
「黒髭……海賊か」
最初に町田を海上戦に仕向けた神奈川陣営の主力は、こいつか。
厄介。それだけ大規模の魔法を使えて、おまけに自分達よりもずっと巨躯。トライデントも両手持ちで、リーチもある。
単なるリーチだけでいえば、成瀬の
「おいおい。まさか俺の姿を見ただけで、尻込みしちまったわけじゃあねぇだろうな。これなら最初に飛び込んできたあの小僧の方が、歯応えありそうだったぜ? それとも、そこの人馬が相手してくれるのか?」
ドン・キホーテは闘志を燃え上がらせている。
元々常盤の能力はドン・キホーテを制御するためにしか使えず、戦えない。
成瀬の攻撃も微妙となれば、ここはドン・キホーテに任せるしかないだろう。
「ドン・キホーテ……」
常盤を守るようにゆっくりと、前に出る狂戦士。
成瀬は自分で守れない無力さに悔しさを覚えながらも、彼に任せて自分は恋人を守るようにして彼女の手を引いて下がる。
ティーチに二人を追う様子はない。
逃げる奴になど興味はない。こちとら、戦うために来たのだから。
「てめぇ口が利けねぇようだな。狂化の魔法か。理性を失う代わりに野生的力を得るとは聞いてるが、強ぇんだろうなぁ?」
「ぅぅ……どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」
トライデントと重槍が衝突する。
火花を散らす衝突から互いに体を逸らし、ヘッドバッドでぶつかった。
ティーチは鎧相手に頭突きしたというのに、一切怯むこともなく額は血も流さない。
「面白ぇじゃねぇか! 名前が聞けねぇのが残念だぜ!」
重量と重量の衝突。
ぶつかる度に鈍い音が響き、衝撃波が大気を揺るがす。
だというのに凄まじい速度で、遠くから見ていた成瀬と常盤の二人には、両者の衝突する刃のすべてを見切ることができなかった。
隙あらば援護をと思っていた成瀬だが、そんな隙などまったく見当たらない。
むしろ今打ち込めば邪魔になるだろうなと思う瞬間ばかりだ。
無論、戦いに関してはまるで素人なので、達人からみれば隙などいくらでもあるのかもしれないが、成瀬の見立てではそんな場面はない。
ただただ常盤を抱き締め、柱の陰に身を潜めて隠れるので精一杯。
異世界転生者に選ばれる人間とは、どいつもこいつもあのような怪物なのだろうかと、成瀬の冷汗は止まらなかった。
「ンハハハハ! 堪らねぇなぁ!」
成瀬と常盤が持っているティーチに関しての知識で言えば、非道の限りを尽くした海の犯罪者、海賊の代名詞とも言える存在で、その見事な髭から黒髭と呼ばれた男というくらい。
戦いに関してはとにかく残虐非道、という浅い程度の知識でしか知らない。
だが二人は今、ドン・キホーテと戦うティーチの異常なまでの闘争心とその打たれ強さを垣間見ていた。
ドン・キホーテの重槍を余裕で受けきり、横っ腹を薙ぎ払われて吹き飛ばされてもケロッとしたまま再び襲い掛かって来る。
未だ決定打を与えられていないことは事実だが、しかし要所要所で打撃は入っている。
だというのに、ティーチはまるで揺るがない。
成瀬と常盤は知らないが、この男はかつて頭を半分失っても戦い続けたという伝説すら存在する打たれ強さを持つ。
それに魔法による身体能力強化が合わさり、ティーチの防御力は凄まじいものとなっていた。
無論、全身に甲冑をまとっているドン・キホーテも防御力に関しては高い。
だがそれ以上に、ティーチという男の防御力の高さは異常だった。
装甲の厚さでもない。魔法の出来でもない。ただ肉体の強さとわずかな魔法だけで、凄まじい防御力を体現している。
連続で出される突き。ドン・キホーテは甲冑で受けながら上半身を捻り、突きを受け流すと鈍重な槍で突き返す。
体勢を前傾に崩され、トライデントを挟み込む隙間すらない。
これなら、と成瀬が思ったタイミングこそ、補佐すべきタイミングだった。
そこで
ドン・キホーテは前足を上げ、上半身を持ち上げる。
右、左の順で繰り出された前蹴りを躱し、ティーチは逆にドン・キホーテの下へ。
そして全身に甲冑をまとった重量のある人馬を持ち上げ、頭上へと投げ飛ばした。
重さでそこまで上がらないが、しかしトライデントを構えるには充分の高さ。そのまま落ちてきたところを貫いてやろうと、ティーチは構える。
だがドン・キホーテは槍を振り下ろす勢いで自らの天地を逆転させ、逆さまの状態でトライデントに槍をぶつける。
火花を散らしながら互いの武器が擦り切れて、ドン・キホーテは着地。同時にティーチと同じタイミングで薙ぎ払い、再び槍を衝突させる。
「おまえ本当に理性を失ってるのか? 豪く芸達者だなぁ!」
「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
ティーチの言う通り、ドン・キホーテは理性を失っているという割には芸達者だった。
何せ次の瞬間には、トライデントの隙間に槍の切っ先を絡め、ティーチの手から落として見せたのだから。
武器を拾わせる暇など与えない。間髪入れずに突く、突く、突く。
空を裂く三段突きが、ティーチの体に深々と突き刺さる。
本来ならば大量の血飛沫すら噴き出していただろうが、この異境に血は出ない。
故にダメージの想定が傍から見るとしづらいが、しかし今の三段突きは成瀬と常盤の目で見ても大きかった。
ついにティーチが膝を突き、項垂れたのだから。
「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっ!!!」
ドン・キホーテはとどめだと言わんばかりに槍を振り下ろす。
これで決着、と二人は確信すらしていた。
だが次に見たのは、立ち上がったティーチがドン・キホーテの槍の切っ先を素手で受け止めている光景だった。手の皮が裂けているが、彼にとってはそんなことは些事にすらならない。
そして次の瞬間、地面を突き破って出てきた水の槍に、全身を貫かれた。
常盤が短い悲鳴を上げ、成瀬は彼女にこれ以上見せまいと顔を隠すように抱き締める。
いくら血が出ないとはいえ、全身を無数の槍に貫かれている光景など見てて爽快ではない。
ティーチがトライデントを拾い上げ、石突で地面を叩くと水が弾けて消え、ドン・キホーテはその場に崩れ落ちる。
全身を覆っていた甲冑が砕けて、わずかに黒い皮膚を見せていた。
「おめぇ相手に魔法で勝つなんざぁ、負けと一緒なんだろうが……それだけ追い詰められたって事だ。楽しかったぜ、人馬の狂戦士さんよぉ」
さて、とティーチは柱の方を見入る。
すでに二人の位置は戦いの中で把握していた。ドン・キホーテが刺されたときに常盤が漏らした短い悲鳴も聞き逃さなかった。
ドン・キホーテと比べると物足りないだろうが、これはチーム戦。仕方ない。
ティーチが自分達の方を見た時点で、成瀬も理解した。同時、常盤を突き放す。
「玲央、走れ! 俺が時間を稼ぐ!」
「で、でも奏多……」
「俺も男だ。惚れた女くらい守らせろ」
成瀬は自ら前に出る。
ティーチはそこで笑みを浮かべた。
ドン・キホーテから三段突きを喰らったとはとても思えない、余裕に満ちた笑みだった。
「小僧。逃げねぇのか?」
「惚れた女の前だ。カッコつけさせろ」
「ンハハハハ! そうか! だが俺ぁ、格好つけさせるほど甘くはねぇぞ!」
ティーチがトライデントを成瀬に向ける。
成瀬が
ティーチが止まったことで、成瀬も驚いて止まる。
何故止まるんだと、自分を急かす余裕もない。すぐさまティーチが止まった理由に気付き、自分も硬直してしまったからだ。
ティーチの背後、彼の魔法によって全身を貫かれたはずの狂戦士が、立ち上がっていたのである。それも、凄まじい怒気を孕んだ表情を見せて。
「ドン・キホーテ!」
「どぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!」
甲冑が砕け、初めて狂戦士の面が晒される。
長く白い顎髭を蓄えて、鮮血の走った眼光を飛ばす修羅の面が、牙を剥いて吠えた。
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