幕間 遠藤周作(仮)
幕間
過去最多の
年齢不詳。経歴不明。
一切の詳細が謎に包まれた男だ。
今回も東京は町田の代表として、そこの出身で有名な遠藤周作と名乗ったが、本名を知る者はいない。
無論、彼も人から生まれた子供であるため本名が存在し、住んでいる場所もあるはずなのだが、彼の素性については未だ誰も掴めていない。
異境を開催する団体が彼の情報を持っていると思われるのだが、警察にも他の組織にも一切彼の情報を掴ませることはなく、未だ詳細は謎に包まれたままだ。
そんな彼が今回東京代表として戦うとなったとき、遠藤は味方チームの三人の青年についての情報を、事前に受け取っていた。
「今回もまた、ユニークなの集めましたねぇ。孤児を始めとして、この戦いに興味も関心もありそうな連中ばっかりだ」
「君には彼らを勝利に導いて欲しい。今まで通り、秘密裡にだ。今回は遠藤周作と名乗り給え。出来ないとは言わせないぞ、今までの勝利報酬で、君に幾ら払ったと思っているんだ」
「それは実行委員会とあなた方都庁とで話し合って決まった結果では? 僕のお陰で東京都が奪われないまま、今までの収益を保てているんじゃないですかねぇ」
彼はすでに東京都を含める他の県からも、勝利報酬として多額の報奨金を貰っていた。
異境という大規模工業で勝利の花を飾りたい全国の都道府県が、彼の取り合いをするために多額の報奨金を用意していた。
そのほとんどが国民の税金だと知れば、県民は黙っていないだろう。
ただの見世物でも、勝利を欲する人間の欲は深く、参加者も開催側も全力を尽くすのは当然である。
その点で言えば彼は、この異境の本質を見抜いている数少ない人間だったのかもしれない。
勝利に躍起になるのはいいことだが、これが一体どういう意味での戦いか、世間はまだ知らな過ぎる。
今目の前で眉間に皺を作っている人達ですら、果たして勝利と敗北の意味を理解できているのだろうか。遠藤は疑問である。
「まぁいいよ。やりますよ。で、僕にはそれなりの能力をくれるんでしょうね」
「フェアのことだ。取引に応じることはないだろうが、それでもおまえならある程度の能力を扱えるだろう」
「はいはい。じゃ、僕はこれで」
帰り道、コンビニに寄って漫画の立ち読みに没頭する遠藤だったが、頭の中は今回貰った三人の資料で頭がいっぱいだった。
一人は人の愛を知らない孤児。
一人は戦争の形だけを知る青年。
もう一人は。
神奈川の陣営にもまた、曲者と呼べる青年らが選ばれていることだろう。
自身を除いた合計七人の青年が集まり、異能を使って戦う――
彼らがこの戦いで何を得て、何を捨てるのか。
出来ることなら、と遠藤は考える。
しかし考えたところで、都庁の人間の思う通りに自分がならないように、自分の思う通りに彼らは動いてくれないだろう。
ならばどうするか。
無論、戦うだけだ。
その結論に帰結したとき、遠藤は上の空で読んでいた漫画を置いた。
自分は戦い、彼らも戦う。
その過程でどのような勝利を得ようとも、どのような敗北を味わおうとも、彼らの人生にとって、この戦いは特別になるかもしれないし、ただ通り過ぎていくものかもしれない。
ならばせめて、自分は彼らに、せめて仲間にだけでも何か残せる戦いをしようと、今回の戦いの参加を決めた。
何度も戦いを重ねるうち、遠藤もまた成長している。
誰もが未だ学生扱いしてくるが、戦いはどんな子供をも大人に変える。
二度とこの戦いに出たくないと言うかつての参加者達は、未だ大人になり切れていない子供だというのが、彼の個人的見解である。
まず彼らは勘違いをするのだ。
この戦いが、ただのゲームだと。VRも普及されたこの時代、サバゲ―などと呼ばれるゲームが存在するこの時代、それらと変わらぬ娯楽の一つだと。
その感覚で挑むがために、皆が心を折られる結果となった。
故に遠藤は同じチームの仲間として集まった青年達に一言だけ、アドバイスをしていた。
「いいかいみんな。この戦いは、痛いよ。斬られれば血が出て、叩かれれば潰されて、そんな当たり前が当たり前に襲って来る。死なないと言うだけで、死ぬことと同じ苦しみ、痛みを感じることになる。それだけは憶えておいて欲しいな。死ぬっていうのはそれを味わうってことで、殺すってことは、それを思い知らせるってことだ。それを、忘れないで欲しい」
この言葉が、彼らにどれだけ届いたかはわからない。
三人共、経験者の貴重な話だと思って深く頷いてくれたが、果たしてどれだけ理解してくれているか、遠藤にはわからない。
だから、せめて知って欲しい。
斬って斬られて死ぬ苦しみを、殺す苦しみを。
この異境はエンターテインメントであるというだけで、死なないというだけで、戦いであるという根本的本質は、一切変わらないのだということを、理解して欲しい。
それが正体不明の男が送る、未だ誰にも理解されない最後の応援である。
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