幕間ーⅡ

 とあるクラブにて、翔人しょうとは人気のないホストだった。

 元は友人から誘われたのがきっかけで、ホストの仕事だとは思っていなかったが、友人が勝手に彼の写真を店長に見せ、是非呼んでくれというので、半ば強引にホストになることになった。

 確かに仕事しながらご飯は食べられる。

 だが本来歩合制の仕事で、ましてや新人が貰える給料など少ない固定給しかなく、彼の生活は極貧とまではいかずとも、しかし貧しい生活を強いられていた。

 彼が歩合制だけで食っていける程度になったのは、それから三年後に突如として現れた女性客――後に生まれる駿介しゅんすけの母となる存在の来店からである。

 彼女もまた、夜の世界で働く人で、趣味がクラブに通うことという遊び人気質の人だった。

 そんな彼女に何を気に入られたのか知らないが、翔人は初めての指名以来ずっと指名され続け、彼女が店に来ると、無言でも翔人が行くようになっていた。

 そして彼女の中でどんな変化があったのか知らないが、帰りの見送りの際に交際を申し込まれ、プライベートでも共にするようになり、二年の交際を経て結婚した。

 結婚を機に夜の世界から足を洗った翔人は、建設業者で働き家計を支えた。

 だが就職した建設業者というのが所謂ブラックで、翔人は長時間の労働を強いられた。

 その分お金は入って来るけれど、現場という現場を繋がれて休みなどほとんどない。

 生まれた息子との思い出も、ほとんどない。

 息子に、運動会の借り物競争でお父さんを指名されたのに、いなかったからゴールできなかったと言われた時には、とてつもない寂しさに襲われたものだ。

 息子を産んだ事で体が弱ってしまった妻を支えたい気持ちがあったが、入院代に息子の面倒を見てくれる両親の生活費、何より自分の生活費と、ブラック企業など関係なしに働き続けた。

 息子は久し振りに会うと力いっぱい抱き着いて来て、翔人もまた、力いっぱい優しい抱擁で返す。

 そして長く触れ合いない分、たくさん遊んでやる。この時決まって、息子に言い聞かせた。

 女性には優しくしなさい、と。

 自身も妻がいなければ、彼女が現れてくれなければ貧しい思いをしたままだったし、何よりホストという職業は女性がいなくては成り立たない。

 そんな環境にいたからこそ出た、翔人なりの教訓は、息子へとしっかり引き継がれた。

 元々持ち合わせていたのだろう聖人気質の優しさに、この翔人の言葉が合わさったことで、座間駿介の聖人としての基盤が出来上がったのだった。

 駿介がフェアによって神奈川代表に選ばれた事を通告されたのは調度、翔人と食卓を囲んでいる時だった。

 TVで見ていた時のように淡々と、淡白に告げられた駿介は、勝利報酬である莫大な賞金を、世界で貧しい国の人達に寄付しようと考え、参戦を決める。

 同時に聞いていた翔人も、息子の安全が保障されない限りは容易に賛成できなかったが、かつての貧しかったホスト時代を思い出すと、自分なんて比べ物にならないくらいに貧しい人達の助けに少しでもなるのならと、息子を応援する事を決めた。

 翌日見舞いに行く予定だったので、妻にも話すととても心配していたが、翔人は自分の言いつけ通りに女性を大事にする息子を誇りに思っていた。

 もちろん、優し過ぎるところは少し変だと思ってはいたが、それでも女性を傷付ける人間よりはずっとマシなので、やはり否定はしなかった。

 当日。

 翔人は息子の戦いを妻と共にTV中継で応援していた。

 最初攻めていた神奈川陣営が押される展開になると、妻は自分がやられているかのように息を詰まらせ、東京陣営の攻撃によって船が沈んだときには、自分の胸を押さえていた。

 翔人も息子を応援していたが、次に映った息子の姿に息を呑む。

 しかし同時に思った。

 おまえならそうすると思っていたよ、と。

 同じく息を呑み、TVに見入っている妻に翔人は言う。

「帰って来たら、久し振りに三人でご飯でも食べよう。大丈夫、無事に帰って来るさ」

 翔人は息子を誇らしく思う。

 顔も知らない人のため、戦いに出た彼のことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る