対決 東京陣営

 一応、約束は約束だからね。その子が起きるまで手を出しちゃいけないよ。

 遠藤えんどうにそう言われたものの、別段言われなければ眠っている彼女を撃っていたかと言われると、自分がそんな男じゃない事は成瀬なるせ自身が一番わかっていた。

 最終的には全員倒さなければいけないのだから、単にタイミングの問題。今はまだそのときでなく、その必要はないというだけのこと。

 無論、彼女が自分よりもずっと格上の異能を手に入れていたとすれば、惜しいチャンスを逃した事になるのだろうが、それでもやはり、眠っている女の子を襲う事は成瀬の騎士道に反する。

 そもそも自分に与えられた異能――レールガンが早々に他の能力に負けることなど、考えてもいなかった。

 東京代表に選ばれた四人の現代人の中でも、単純な攻撃力なら一番上だった自分が負ける姿などうまく想像出来ないし、ましてそこに倒れている女の子がライフル銃を持っていたから、それを使う能力なのだという事は想像出来たから、尚更負けるなどとは思ってもいなかった。

 だから彼女が薬莢を投げたときは焦った。

 後から思えば異能を使ったのだろうことは間違いなかったのだが、その時ばかりは疑いもしなかった。

 自分が見逃した、聞き逃したのだと思った。

 故に半歩分の動作が遅れてしまったときは焦って、思わず前傾姿勢で躱してしまった。

 躱せたからいいが、普通なら眉間に二発は喰らっている状況。運がいいだけの判断ミスに他ならない。

「――っ! ぶねっ!」

 本当に危なかった。

 常盤ときわや遠藤に見られていたら、それこそでリタイアなんてした暁には、一生いじられた事だろう。

 この幸運に感謝したのは見えない弾丸を避けて、彼女の腹にレールガンを叩きこみ、落下したのを確認した直後だった。

 そのまた直後に腹に仕込んでいた何かで防いだと確認するや否や飛び込んだので、幸運を噛み締めることはしなかったが、しかし幸運であったことは間違いない。

「悪いが、倒すまでが異境なんでな!」

 そう、相手を倒すまでが異境だ。

 遠藤に詳細を聞いていないため、気を失っていた彼女が失格扱いされていなかった理由は知らないが、フェアが出て来ないということは不正ではない。

 戦いは未だ続いている。ならば決着を着けるだけのこと。

 直接攻撃ではからめ手を相手にするのは不利かもしれないが、しかし攻撃力があるからこそ取れる策もある。

 攻め続ける事。相手に異能を使わせる隙を与えない事だ。

 車のボンネットに乗った彼女にレールガンを放つ。

 寸でのところで彼女は避けたが、車のエンジンに引火して爆発する。

 体重が軽いのだろう彼女の体は大きく飛んで、駅の真下に位置する交番まで、道路を超えて吹き飛んだ。

 彼女は一度距離を稼ぐためか、隣の階段を見つけて再び上階へ上がっていく。

 成瀬の方は右手に階段、左手にスロープとエスカレーターがあるが、エスカレーターは稼働していないため、自然とスロープに限られる。

 スロープを駆け上がって追いかけると、彼女が待ち構えて撃って来た。

 銃弾が右肩を掠め、左腕で炸裂する。

 弾は異境専用の炸裂弾で、物に当たると炸裂する仕組み。故に銃弾が体を突き抜けることはないが、当たるとかなり痛い。

 一生残るような傷が出来ることはないが、痛い。

 成瀬も激痛に眉をひそめ、悶絶して悲鳴を押し殺す。

 そして指先に電撃を籠め、レールガンを放ちながら肉薄する。

 相手も透明な銃弾を放ち、応戦しながら肉薄してくる。

 互いに相手の銃弾を躱しながら突き進む。

 そのまま互いに相手を狙ったまま交錯。入れ替わりながら撃つ。

 互いの銃弾が互いの頬を掠めて片方は斬り、片方は焼く。

 そのまま互いに銃口を向けたまま、同じ方向へと走る。

 JR町田駅大広場から、小田急町田駅へと続く二本の通路。

 下の道路を挟んで伸びる二つの通路は、一つはデパートと併設しているため屋根があり、もう片方はない。

 二人はそれぞれ通路へ走り、向こう側の相手に発砲しながら駆け抜ける。

 相手の銃弾を時に撃ち落とし、威力を変えて相殺したまま相手へと飛ばしたり、相手の弾道だけを変えてぶつけたりと、短い距離の中で互いに百発近い攻防を繰り広げた。

 互いに一歩も引かない。

 成瀬は見えない弾丸を撃ち落とすし、上鶴も電光石火で放たれるレールガンの軌道を変えてくる。

 互いにモデルケースを撃ち抜き、看板を撃ち抜き、下の道路の中央分離帯に立っている街灯を撃ち砕き、壁に銃弾を減り込ませる。

 ついに互いに一撃与えることなく、二つの通路を繋ぐ小田急町田駅への大きな通路へと同時に出て、互いに銃口を向けたまま再び肉薄する。

 そこからは互いに持ちうるすべてを出し尽す。

 異能は無論、互いににわか仕込みの体術で相手の攻撃を捌いては銃口を向け、撃とうとする直前に軌道を変えられ、弾丸は虚空に消えていく。

 腕力では成瀬の方が上のはずだが、スポーツをやっていたのか、上鶴の動体視力と反射神経は成瀬を超えていた。

 上鶴の手を何度叩き落としても叩き返してくるし、何度銃口を向けても向こうも無理矢理向けてくる。

 次第にまったく当たらないことに苛立ちを感じ始め、レールガンを諦めて腹を一発殴ってやろうと踏み出したが、その踏み出した一歩を払われる。

 体勢を崩され、銃口を向けられたが、即座に転身。背中の方に片腕を回し、とっさにレールガンを放って彼女に回避させる。

 そのまま下の道路へと飛び降りた上鶴を追って、成瀬も飛び降りる。

 互いに銃撃を放ちながら道路に着地すると思い込んでいたが、二人が着地したのは突如走って来たバスだった。

 二人の戦っていた通路の下の道路は、バスターミナルになっていたのである。

 そして運転していたのは、遠藤だった。

 無論、大型車両の免許など持ってない。春日部在住の世界で最も知られている五歳児を真似たか、無免許でバスを運転し始めたのである。

「苦戦してるじゃないか、成瀬くん。手を貸すぜ。とはいっても、実際に手を下す役は君なんだけどね」

 無免許にも関わらず、巧みなハンドル捌きを見せる。

 それほど速い速度で走っているわけではなかったが、遠藤と上鶴はしがみついた。立っている事など出来るはずもない。遠藤がわざと揺らしながら走っているからだ。

 そして成瀬にも上鶴にも、運転手の姿は見えていなかった。

「コラ! 誰だか知らんが下ろせ! 戦いにならん!」

 ただし遠藤には聞こえていた。能力で聴力に配分していたからである。

「はっはっは、止めろだなんてもったいない。この隙にさっさと倒してくれ給えよ。僕は君を助けるためにやってるんだぜ。本当『オトナ帝国の逆襲』見といてよかった!」

 残念ながら成瀬に声は届いていない。

 ただ真っ直ぐ進むバスに必死にしがみつき、堪えている。そしてそれは、上鶴も同じだ。

 しかし状況は似ているようで、圧倒的に有利なのは成瀬の方だった。

 何せ上鶴はライフルを向けなければいけないが、成瀬は指を向けるだけ。捕まっている状態でも、それは可能だ。

 確かに遠藤の用意したこの状況は、成瀬にとって有利でしかない。

 指を二本向けるだけで放てるのが、レールガンの強みだ。

 しかしここで、成瀬は躊躇する。

 もしもこの状況で撃ってしまえば、撃たれた彼女がバスから滑り落ちて、大怪我を負ってしまうのではないか。

 無論、その傷は試合終了後に治される。

 だが今この瞬間に痛いのは変わらない。

 走っているバスから振り落とされるなど、レールガンで撃たれるより痛いかもしれない。

 もしかしたら傷が残ってしまう、そう考えたとき、成瀬には選択肢がなかった。

「こんのぉぉっ!!!」

 指を向ける。ただし、足元に。

 そして撃った。力を調節して屋根だけを円形に撃って斬り抜いて、飛び込む。

「来い! 早く!」

 そして呼んだ。

 上鶴は一瞬躊躇うが、バスがすぐに曲がると察して成瀬の手を取り、引き込まれる。

 勢い余って二人重なってバスの中に落ちる。

 運転していた遠藤はバックミラーで確認し、やれやれと言いたげに吐息した。

「成瀬くん……それで負けたらカッコ悪いぜ」

「負けないですよ、遠藤先輩。ってか早く止めてくださいって。すぐに決着着けますから」

「はいはい、了解しましたよぉっと。どこに止めようかねぇ」

 遠藤に運転を任せ、成瀬は彼女と向き直る。

 それもあなたの騎士道精神ですかと、その目は訴えていた。

 成瀬は一息撫で下ろし、安全運転に務めている様子の遠藤に一瞥をくれてから、自分でもわからないよと肩を竦める。

「勝ちたかっただけさ。俺は、俺の力で勝ちたかったんだ。ただそれだけの、単なる見栄だよ。助けた理由なんて」

「正々堂々と、そういうわけですか。先輩、何かスポーツとかやられてました?」

「スポーツマンシップなんて大層なものじゃあない。そう、大したものじゃあないよ……俺はそんな、立派な人間じゃない。まだ、ね」

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