第20話 質より量?量より質?量産が習熟へつながり、習熟が需要を呼ぶ。つまり、全部食べるからよろしく。

 村の調理場では俺の教えた調理法をシルシーから聞いた村人達の手で、次々に料理が完成していく。


 カテンルーも行商のやり取りが一段落したのか、餅パーティーに参加している。


 まず出てきたのは、シンプルにお湯で煮たほかほかのお餅に、塩を混ぜたバターを乗っけたもの。

 餅の熱で溶けたバターの香りが食欲をそそる。


 熱々のそれを俺は自分の箸で。


 みょーんと伸びる餅。そこから上がる湯気。茹でた餅特有の柔らかさが箸越しにも伝わる。

 俺は、それを一口で。

 餅の存在感とバター、そして塩気が口一杯にひろがる。


 カテンルーはテリータのとなりに座っている。初めての料理に何か興奮ぎみにテリータに話しかけているのが俺のところからでも見えた。

 周りの村人達やカテンルーはフォークで餅を突き刺す。

 カテンルーは見たこともない餅の伸びに目を白黒させていたが、意を決したのか口に運ぶ。


 カテンルーの驚きの表情がすぐに幸せそうに溶ける。

 もう、あとは止まらない。次々に運ばれてくる茹でられた餅は、すっかりその魅力の虜となったカテンルーと村人達によって口の中へと消えていく。


 辺りにバターの芳醇な香りが充満する頃、次の料理が出てくる。

 こちらは焼かれた餅だ。そして、その上には、黒飴を少量の水で煮詰め作った黒蜜がかけられている。

 焼かれて表面がほんのりこんがりさせた餅。そのうっすらと小麦色をしたところに、真っ黒でトロッとした黒蜜がまとわりつく。


 再び驚きの表情がカテンルーの顔に広がっているのが見える。


 俺はさっそく餅を箸で持ち上げる。

 たらりと皿へ垂れる黒蜜。俺はそのまま垂れるに任せてかぶりつく。

 焼きもちのサクッとした歯ごたえとともに、まとわりつく黒蜜の黒糖の香りと甘さが幸せを運んでくる。


 バターでしょっぱくなっていた口内が甘さをより一層引き立てる。すくに中のモチモチとした触感が口一杯に充満し、甘さを引き取っていく。

 消えていく甘さに引っ張られるように、噛んで出てきた焼き餅の柔らかいところを、皿に垂れたまっている黒蜜に投下する。

 満遍なく、黒蜜を柔らかい部分に塗りつけ、てかてかになるまで皿の上で餅を蜜に擦り付ける。垂れないように一気に口へと運ぶ。


 先程よりもまとわりつく量の増えた黒蜜の甘さが、脳へと突き抜ける。

 甘味がもたらす幸せの脳内物質がどぱどぱと溢れる様子を幻視する。


 カテンルーや村人達もはじめは黒い色に躊躇っていた様子だが、俺の食べっぷりに、すぐに黒蜜のかかった焼き餅へと手が出始める。


 カテンルーの口の中へと消えていく焼き餅。


「堕ちた、な」


 俺はカテンルーの表情の動きを遠目に伺いながら、呟く。


 先程までの喧騒が嘘のように、ただただ食器の触れあう音ばかりが満ちる。カテンルーだけではなく、村人達も皆が話すことすら忘れ、その黒蜜のたっぷりかかった焼き餅を無心に口に詰め込んでいく。


 そして、最後にその無音の饗宴を突き破るように、現れる。

 すでにはち切れんばかりに餅で膨らんだ胃への最後の襲撃者。


 それは、揚げ餅。


 薄くスライスした餅を少量の油で揚げ、塩だけでシンプルに味付けをしたもの。

 お菓子と言っても良いそれは、シンプルな味付けだけに、いくらでも食べれてしまう恐怖の存在。


 熱々のまま出てきたそれを俺は手で鷲掴みし、一気に口へと放り込む。

 シンプルな塩気が黒蜜で甘くなった口内へと直撃する。

 俺はバリバリバリバリとひたすら両手で交互に揚げ餅を口に運ぶ。


 興味深そうに揚げ餅を見ていたカテンルーも、周りの勢いに飲まれ、凄いスピードで揚げ餅を消費していく。

 途中、リリーヌーが揚げ餅と焼き餅を交互に食べ始める。


「あいつ、禁断の技を……。止まらなくなるぞ。」


 塩気と甘味の無限スパイラルはすぐさま周りの村人、そしてカテンルーへと広がる。


 永遠とも思える交互食べの後、辺り一面は、腹をパンパンに膨らませた死屍累々の有り様となっていた。

 俺は死屍累々の惨状を尻目に、テリータの家へと戻り、睡眠を取る。


 そして、夜が明けた。

 俺は皆がどうなってあるかと広場に行くが、皆、けろりとした顔で働いている。


(さすが風船人間、胃もたれとかないのか。というか、ムキムキ度が全体に増してる。さすが餅は高カロリーだけあるな。みな、強そうだ……)


 俺はその日はのんびりと過ごし、夜になるとテリータからカテンルーとの交渉の結果を聞かせてもらう。


「ユタカ様、カテンルーですが、物凄い食いつきでした。餅にいくらでも払う感じでしたが、ユタカ様の希望通り適正価格に少し色をつけた値段でカテンルーが持てるだけ売りました。すぐにまた、今度は馬車で仕入れに来ると言っていたので、それも了承しています。」


「ああ、ありがとう。餅は保存きくからカテンルーがまた来るまでに出しておくよ。」


「はい、そしてこちらが今回のカテンルーが払っていったお金です。」


 そういってテリータは金貨の詰まった袋を渡してくる。


 俺は一度受け取り、半額をテリータに差し出す。


「手数料だ。村のために使ってくれ。」


「こんなに……。いえ、今はありがたく受け取っておきます。」


 俺は頷くと、テリータの部屋から退室した。

 こうして、俺の魔法陣の食べ物が周辺地域へと流通を始めることとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る