第18話 あめ玉は噛んで食べる。3つ口にいれて、一つ一つ噛む。

 黒い犬達の襲撃があってから数日後の午後、村に行商がやって来た。

 男の行商人は、背負子のようなものに大量の荷物を積み、歩きで村々を巡回しているらしい。俺はチラッと行商人の姿を見た後はいったんリリーヌーの家に匿われている。


 テリータからは、どうするか決めておくように言われた。

 俺は、最近魔法陣で出し始めた飴を舐めながら、思い悩んでいた。


(飴、初めて魔法陣で出すときに黒飴にしちゃったけど、別の味にしとくべきだったか……)


「ユタカ様、何か別のことを考えていますですね。」


 最近変に鋭いリリーヌーが疑いの眼差しを寄越してくる。

 俺は近くにいたリリーヌーからの、あらぬ疑いをそらすために、追加で黒飴を出して渡す。決して賄賂ではない。


 喜んで受けとるリリーヌー。

 舐め始めるとその甘さに顔を綻ばせるが、一言。


「これ、お腹ふくれないですー。」


(どうやら、カロリーの高い物好きらしいな、ここの人たち。まあ、そりゃそうか。太るのが至高、な訳だし。)


 俺は仕方なく芋と塩と油を出して渡しておく。

 先ほどよりも明らかに喜んで受けとるリリーヌー。そのまま部屋を出ていく。

 さっそくポテチを作るのだろう。


(これで静かに考えられるな)


 俺は先ほどから逸れまくっていた思考の道筋を戻す。


(テリータが言っていたのは、行商人の前に姿を出すか否か。出るならどこまで情報を見せるか決めろって言ってたよな。)


 俺は黒飴を複数口に入れて、バリバリと噛み砕く。


(隠すならこのまま、リリーヌーの家にいれば大丈夫って言ってたな。俺が出した食料諸々は見せないように手配したって言っていた。全く頼もしいね。)


 俺は横になりゴロゴロ転がる。すこーし膨らんだお腹がストッパーになって一回転はしない。右に左に転がる。


(隠す利点はこのままの生活が続くってことだよな。ぶっちゃけ今の生活、気に入っている。こんなに人との暖かい触れ合い、前の世界じゃ考えられなかったし。食べるのにも困らない。今のところは、居場所にも困らない。)


 俺は寝転んだまま、うーんと背筋を伸ばす。


(俺が皆の分まで食べ物を出していれば、誰も飢えない。でもなー、皆が一番いい笑顔だったのは、自分達で食べ物を手に入れた時だったんだよなー。)


 俺はガリガリと頭をかく。


(このまま隠れた様に暮らしていても、そこはどうにもならない、よな。俺、農業も牧畜も知識とかさっぱりだし。何かの種とか豚とか牛とか出せるかもしれんけど、育て方とかわからないし。だいたい、ここの人たちが育ててた物が育たなくなっちゃった原因がわからないのに、別の品種持ってきたからって上手くいくかもわからないし。)


 俺は追加の黒飴を出す。


(テリータが、俺に決めろって言ってくれたのは、どちらを選んでも見捨てないって言ってくれてるようなものだよな。行商人に姿をさらして、俺の出来ることが伝われば、それはこの村の外の世界に伝わっていく。それでどうなるかはわからないけど、何かは変わるはず。俺は……)


 リリーヌーがポテチを山盛り持って入ってくる。

 俺はリリーヌーと競うようにして、その山の頂へと腕を伸ばす。

 俺はリリーヌーと一緒にポテチを食べ尽くすと、テリータの家に向かった。


 しばし歩き、テリータの家の前に着くと、人だかりが出来ている。

 どうやら行商人が荷物を広げているところのようだ。

 ゴザの様なものが敷かれ、雑多な物が並べられている。村人達が楽しそうにワキャワキャ言いながら、群がっている。行商人は小柄だががっしりした体躯の30、40代位の男で、村人達と世間話をしながら、時には値段交渉したりと忙しく話している。


 近くでテリータがその様子を見ている。

 俺が近づいて行くと、テリータは一瞬驚いたかのような顔をしたが、その後、ゆっくりと頷いて見せてくれた。

 俺も、テリータにゆっくりと頷いて返す。


 俺はわざと行商人の目に留まるように正面に立つと、おもむろに重魔素を回転させる。


 軽魔素の光をいつもより多く溢れさせ右手を光らせる。煌々と輝く光に村人達が気付き、先程までの喧騒が、静まっていく。

 魔法陣を左手の掌に書く。

 一筆一筆に決意と気合いを込め書き込む。

 その気合いの表れか、一筆書くたびに軽魔素の光が、粒子の様にふわりふわりと指先から漂い、辺りに広がっていく。

 ついに完成した文字を丸で囲み、魔法陣を完成させる。


 魔法陣から溢れだす光。


 しかし、その光はこれまでのようにただただ強い光を撒き散らす訳ではなく、静謐に、存在感を持って佇んでいた。

 まるで俺の決意を表すかのように。


 そして、溢れんばかりの黒飴が掌に現れる。


 前を向くと、ポカンとした顔でこちらを見ている行商人の男と目が合う。

 俺は左手の黒飴の山を差し出しながら、ゆっくりと歩み寄る。行商人の男に話しかける。


「あ、あ、飴ちゃん食べる?」


(……噛んだ。噛んだよ、ここぞと言うときなのに。……お家帰りたい。)





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