第19話 豚の角煮?とろとろ過ぎて歯ごたえ欲しいね。

「頂戴しますね。」


 行商人の男は何事も無かったかのように、黒飴を一つ、つまむ。


 じっくりとかざしながら確認したあと、ゆっくりと口に含んでいく。


 俺も噛んだ恥ずかしさを圧し殺して黒飴を口に入れる。


 行商人はその様子を観察しながら話し始める。


「硬い、ですね。しかし、口に入れていれると、ほどける様に甘さが染み出してくる。風味も初めてのものだ。微かに香ばしいような甘さが大変美味しい。これはおいくらで売ってくださいます?」


「お近づきの印にやる。その代わり、この村の外の近況を何か教えてくれ。」


「ええ、ええ。もちろんです。そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私はしがない行商人をしておりますカテンルーと申します。」


「俺はユタカだ。」


「ユタカ様ですね!素晴らしいお名前ですね、大魔導士様にふさわしい、ふくよかさの漂う素晴らしいお名前だ。」


「そんなおべっかはいい。」


 俺はふくよかって言葉に少しカチンとするが、ここじゃ誉め言葉なんだろと思い、流しておく。


「ええ、ええ。お聞きになりたいのは最近の話題のことですね。いま、首都の方じゃあ、盛大に戦勝の告知が出ているらしいですよ。ドミナント峠では数千の敵を打ち破ったとか、ヘリオトドス平原を勝ち取ったとか。」


「それは、ずいぶんとまあ威勢がいい知らせだね。威勢が良すぎるくらいの。」


 いつの間にかテリータが俺の後ろまで近づいていた。周りの村人達も興味津々に聞き耳をたたている。

 カテンルーもそれを知ってか吟遊詩人みたいに大袈裟な仕草で話を続ける。


「一家言ある方達は皆テリータ様と同じように感じてますでしょうねー。ハリスの町でも一歩酒場に足を入れたら飛び交う話題なんて決まっています。」


「この国が負けそうなんだね。」


「誰もがはっきりとは言いませんが、そうでしょうな。これだけの食糧難で苦しんでいるっていうのに、そんな大勝するなんてまあまずあり得ないでしょう。それをこんなにバカスカ戦勝告知出してるのは、時間稼ぎでしょうな。」


「上のやつらが逃げる?」


 俺も思わず口を挟んでしまう。


「さすが大魔導士様、慧眼ですな。しかも、なんとなんと、軍部の下の方じゃあ、逆に上を排除しようという動きもあるとか。」


「そんな噂がハリスの町の酒場にまで出回ってるとは。いよいよ終わりか。」


 テリータとカテンルーが話している隙に、近くにいたシルシーにこそっときく。


「シルシー、ハリスの町って……」


「この辺境の一番大きな町です。ここら辺の群都です。」


 相変わらずくい気味で、しかし、小声で教えてくれる。


 その後もカテンルーとテリータはどこの誰それが、どこの戦いはどうのこうのと話しているが、俺は話し半分に聞き流しながら考えていた。



 俺は話し続けているテリータとカテンルーに席を外すことを告げ、歩き出す。

 まだ話し足りなそうな素振りを見せるカテンルー。


 俺は、一度間を開けるためにも、テリータの家の中へと姿を消すことにする。

 そのまま調理場へ向かう。

 普段は村の共同調理場でばかり宴会しているが、当然テリータの家のなかにも簡易的なかまどがある。


 あとからシルシーが着いてきていた。


(テリータの指示だろうな。俺が何かするつもりだって読まれてるんだろうなー。本当にかなわないなー。)


 俺は、行商人に振る舞うものの手伝いをシルシーにお願いする。


(さっきの黒飴のパフォーマンスで、掴みはオーケーだろう。後は、高カロリーで携帯性の高いものなら行商としては手が出るほど欲しがるはず。俺の行き当たりばったりなプランとしては、それを売り歩いてもらう。目的はこの村の周りの人々の飢餓の解消&強化。この世界の人達はある意味強くなる手段が分かりやすくて助かる。なんたって食べ物が最強の戦略物資ってことだしな。それと、周囲の人々とのパイプの強化。パイプ役がカテンルーだけってのは心許ないけど、最初は仕方ない。)


 俺は普段使わない頭を一生懸命回転させながら、腹の方では重魔素も回転させ、魔法陣を書きまくる。


 出て来たものをシルシーに渡し、ともに作業しながら料理法を伝える。とはいってもシンプルに焼いたり煮たりなので、調理自体はあっという間にシルシーに任せる。


 そうこうしているうちに話が終わったのかテリータも調理場へやって来た。


「やっぱりここにいましたか。」


「やあ、カテンルーは?」


「村人達相手に行商の続きをしてますよ。ユタカ様は表舞台に出る決意をしたんですね。」


 テリータがシルシーの作業を眺めながら改めて聞いてくる。


(そうだよな、改めて、ちゃんと言葉にするのは大事だよね。)


「ああ、どうなるかはわからないけど、この村の人達のために、微量を尽くすよ。なんだかこのままだと、居心地のよいこの場所が不味そうだしね。」


「ありがとうございます、私たちのために。」


 深く頭を下げるテリータ。


「いや、頭あげてくれ。俺が勝手にやるんだから。」


 照れ臭くなった俺は、先程までの考えていたカテンルーへの対応のことを早口でテリータに説明する。


「この、カチカチに硬い物が食べられるんですか。」


「ああ、なかなか旨いんだぜ。腹もふくれるし。」


「これだけたくさんあれば、カテンルーに売っても余りますよね?」


 物欲しそうなテリータに負け、今日の夕飯も村を挙げての宴会になることが決まった。

 すぐに村人達が呼ばれ、俺の魔法陣で出したものが共同調理場へと運ばれていく。

 俺も移動して、更なる魔法陣を書き続ける。テリータがしてくれるとのこと。ぶっちゃけ助かる。


 そうして夕方になる前に、すべての準備が終わり宴会が始まる。


 今日は『餅』パーティーだ!

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