第17話 雲が綿菓子に見えたことなんてない。雲サイズの綿菓子作るなら、そのままザラメをくれ。

 あのあと、俺は仮眠程度に寝て、夜が明けた。


 一歩外に出てみれば、村では昨日のうちに解体され、血抜きされた肉が大量に処理されている。


 処理している村人達の顔は一様に明るい。

 村のそこかしこで焚き火の準備もされている。しばらくボーッと様子を見ていると、薫製のようにするみたいだ。


 それと同時に直火で炙る香りもしてくる。

 俺はふらふらとその香りに誘われ、足を進める。

 案の定、村の共同の調理場では朝から肉パーティーをする準備をしているようだ。

 監督しているテリータがいたので話しかける。


「おはよう、テリータ。寝てないのか?」


 目の下に隈を作っているテリータは答える。


「おはようございます、ユタカ様。少し寝ましたよ。」


「そうか。村人達が皆、明るいな。」


 俺は何から聞いていいか迷ってしまい、そんなことから話し出してしまう。


「ええ、久しぶりの大量の獲物です。ユタカ様からお恵み頂いた食料は大変ありがたいものでしたが、自分達の手で手に入れた食べ物はやはり別格ですから。」


(まあ、そりゃそうだよな。彼らもプライドはあるのは当たり前。同じ食べ物なら、自尊心が満たされる食べ物が、最高に決まってる。)


 俺が一人納得している間も、テリータは話し続ける。


「それも、ユタカ様の食料のお陰で手に入れた力あってのものです。感謝にたえません。」


「力、か。」


 俺はちょうど聞きたかった話題に近づいて来たのを幸いに、探りを入れてみる。


「力というのは、食べれば食べるほど体が大きくなり、肉がついていくってことだよな。」


「ええ、そうですよ?どうされたのです、改めてそんな当然ことを?食べた物は血肉となり体を大きくし、戦闘能力を向上させます。さらにそれ以上食べ続ければそれは贅肉となり魔力が強化されていきます。ユタカ様は違うのですか?」


(違うかときかれるとあれだが。俺だって子供の時は確かに食べればそれは体を成長させたし、贅肉だって“少し”はついた。でも、ここの人たちが俺の知ってる人間じゃないってのは、これで確定だな。彼らは、まるで風船みたいだ。食べたらすぐに膨らんで、魔法使ったら縮んで。)


 俺は自分の他よりすこーしふっくらした腹を撫でる。


「それで、魔法を使ったり体を動かしていると、どんどん痩せて体も縮むと?」


「はい、その通りです。でも、魔法に比べれば体を動かすのは全然お腹空きませんよね?急速に肉が消費されていくのは魔法の連続使用ですね。」


「そういや、昨晩シルシーがあの犬達をハンマーで弾き飛ばすときに体が一瞬大きくなっていたのも魔法なのか?」


「ええ、重魔素の応用です。シルシーは大活躍でしたね。あの子は重魔素で身体能力を一時的に上げるのが上手なので。昨日は久しぶりでやり過ぎてしまったみたいですけど、ユタカ様がすぐに何か食べさせてあげていましたね。ありがとうございます。でも、お皿に出して上げれば良かったんじゃないですか?」


 何故か少し責めるような目で見てくるテリータ。


 俺は昨晩の、掌に感じた啄むようなシルシーの唇の感触を思い出してしまう。ばつが悪くなってテリータから目をそらす。


「ごほっ。えーと、その重魔素で身体能力を一時的に上げるってどうやるんだ。」


「そうですね、朝のお肉の準備もだいたい出来たみたいなので、ちょうど良いですから魔法の講義の続きとしましょう。ユタカ様にはお世話になりっぱなしなのに、講義の方は全然出来ていませんでしたし。」


「いや、まあ、テリータは忙しかったから仕方ないさ」


「そう言っていただけて、助かります。それで身体能力の強化ですが、ユタカ様は重魔素の移動は出来ますよね?」


 俺は自信の腹に意識を集中し、重魔素を動かす。

 最近回転させてばかりで動かしていなかったが、問題なく動く。しかし、腹のなかでもにょもにょする感覚は相変わらずで気持ち悪い。


「動く。が、気持ち悪い。」


「気持ち悪い、ですか?それでは重魔素を腕にまで動かせますか?」


 俺は腹から腕まで重魔素を持ってくる。

 微妙に狭い所を不定形の物が押し開けるように進む感触。痛くはないが何とも言えない不快感が通ったあとに残る。

 何とかその不快感を我慢して腕まで重魔素を持ってくる。


「も、持ってきたが、何かやだこれ。」


 テリータは何故か不思議そうな顔をしている。

 しかし、そのまま説明を続ける。


「では、そのまま重魔素で骨を伸ばし、筋肉を膨らませて下さい。」


 そう言うと、テリータの腕が一瞬大きく膨らむ。そしてすぐに元に戻る。


「ええ、え?」


 俺は何を言われたか良くわからないが、試してみることにする。

 自分の腕を意識して、重魔素を絡ませ、伸ばそうとする。


「い、いてててっ!」


 骨を伸ばされる激痛に思わず重魔素の動きを止める。


「はあっはあっ」


 骨を伸ばすのは一旦諦め、筋肉を膨らませようとしてみる。


「うぎゃーっ」


 筋肉痛を何倍にもしたような激痛に思わず悲鳴が上がる。


(なんだこれ、痛すぎて無理無理無理)


「テリータ、痛くて、無理」


「痛い、ですか?本当に?重魔素でそこまで細かい操作が出来なくて身体強化が苦手な人は多いですけど、痛いって方は初めてです。」


「いやいやいや、激痛がする。どうやら俺には無理そうだわこれ。」


 俺はこの一瞬で感じた激痛で、自分には無理だと諦める。 


(これ、きっと普通の人間には無理だから。ここの人たち、風船人間だよ、やっぱり。だから腕の筋肉とか膨らませても痛くないんだよ。)


 俺が身体能力の強化に失敗していると、どうやら朝の肉パーティーの準備が終わったらしい。

 俺はそうそうに諦め、まだ痛い腕をかかえて肉パーティーに突撃する。


(断じて逃げるわけではない。ただ、そこに焼けた肉があるなら行かざるを得ないの、さ。)


 後ろではテリータがやれやれといった表情で呟く。


「ユタカ様にも、苦手な魔法があったんですね。」





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