第16話 赤ワインは水みたいなもの、とか言ってみたい。カレーは飲み物、は言える。
走っていく村人達についていくと、村の大きな門の前の広場に着く。
その間も鳴り響くカーン、カーンという音。
どうやら門の脇の物見台から鳴らしているようだ。
俺は顔見知りがいないかキョロキョロする。
ちょうどリリーヌーが走ってきた。
止まるのを待って話しかける。
「リリーヌー!リリーヌー!これは何の音だ?」
リリーヌーは何故かびっくりした顔でこちらを見る。
「ユタカ様!?早いです。おらよりも早いなんて。これは敵襲の音です!」
「て、敵って?!」
「ユタカ様は危ないので、どこか隠れていて下さいです!おらは待機場所に行くです!」
リリーヌーはそう言うと、急いで走り去って行った。
俺がワタワタしている間に、事態は急速に展開する。
村を囲む塀の上にテリータの姿が見える。テリータが指示を出しているようだ。
何か指示が出た様子。塀の上で、火がつけられた。幾人かの村人が魔法陣で掌の上に火を生み出し維持している。
弓を持った村人達が、矢の先に布を巻くと、壺の中に差し込み、その火に矢を翳す。
火矢を塀の外に向かって次々に射かけていく。
(あの壺、俺の出したサラダ油、か?火矢は狙っていると言うよりはばらまいている感じかな。視界確保が目的?)
俺は塀の内側から何もわからない状況に焦燥を感じる。
視界の隅にはしごが映る。
(あれで上に昇るのかな。俺だって何か出きるはず。行くぞ!)
俺ははしごに取り付くと、登り始める。
腹が引っ掛かりながらも、何とか登りきる。不思議と息は上がらない。
視野が一気に広がる。
塀の外の荒れ地には点々と先ほどの火矢が刺さり、周囲を照らす。
その回りを黒い犬のような獣がうろうろしているのが見える。
数が多い。何十匹もいそうだ。
周りでは弓を持つ村人達が次々に矢を射かけている。
しかし、黒い犬達は素早く、なかなか当たっていない。
一匹の黒い犬が、矢を掻い潜り塀に近づくとジャンプする。驚異の跳躍力を見せ、塀の上まで飛び乗ってくる。
「うわっ、三メートル以上あるのに!」
思わず俺は声が漏れる。
テリータの近くに、シルシーがいる。シルシーは黒い犬のジャンプに合わせて狭い塀の上を駆け抜ける。
犬の着地点にちょうど待ち構えているシルシー。
その手には木と石で出来たような巨大なハンマーを持っている。
シルシーの体が一瞬、ぶわっと膨らんだかと思えば、ハンマーを着地してくる黒い犬に合わせ、横にスイングする。
犬は野球のボールのように、塀の中へと吹っ飛ばされていく。
俺は、塀の縁にへばりついて思わず黒い犬の行方を追う。
門の前の広場に叩き付けられる犬。
そこに、待ち構えていた村人達が殺到する。
手にはナイフや包丁。
数人がかりで倒れ込む犬に群がる。
俺の位置からははっきりとは見えないが、手際よく始末されたようだ。
俺は思わず目をそらす。
視線を戻すと、シルシーが大活躍している。
どんどん飛びかかってくる犬達を次々に塀の中へと撥ね飛ばしている。
(あっ、次は塀の外に飛ばした?!そうか、広場で処理する村人の様子を把握してオーバーワークにならないように調整しているのか。撥ね飛ばすタイミングだけ、体が大きくなっているように見えるけど、見間違えじゃないよな……。あれ、シルシー、だんだんやつれてきてないか?)
俺がシルシーを心配し始めた時、テリータの周りに集まっていた村人達が一斉に魔方陣を書き始める。
どうやら皆同じ神象文字を描いているようだ。
手のひらに描かれた魔法陣から、軽魔素とおぼしき光が次々に打ち出されていく。
光は矢のようになって塀の外へと降り注ぎ、塀の外にいた黒い犬達へと突き刺さっていく。
俺は今度は外側の縁にへばりつき、その様子を凝視する。
黒い犬達には手傷を負わせているようだが、致命傷にはなっていない。
(あの犬とか、頭に刺さったのに動いている?!とんでもないな。)
外にいる黒い犬達は、ほとんど倒れていない。その時、どこからともなく聞こえてきた遠吠えが響く。
すると、黒い犬達が次々に闇の中へ消えていく。
(え、逃げていくの?)
テリータ達の方を伺う。
皆、真剣な顔で退却していく犬達が完全に見えなくなるまで監視をしている。
完全に犬達が見えなくなると、テリータが片手をあげる。
村人達から勝鬨が沸き上がる。
「うおー」「しばらく肉が食えるっ!」「肉祭りですー」
(あ、さっきの犬達、倒したのは食べるのね。)
テリータは被害の確認や指示を求める村人への対応で忙しそうにしている。
俺は誰かいないか見回す。
シルシーが座っているのが見えるので、近づいていく。
座り込んでいるというより、へたりこむようにしているシルシー。初めて会ったときと同じくらいガリガリになっているように見える。
(座っているから定かではないが背も縮んだ?)
しかし、周りの村人達は皆、良くやったといった感じでシルシーの肩を叩いたりしているが、誰も心配した様子がない。
俺はシルシーに慰労の声をかけていた村人が途切れた合間に声をかける。
「よう、シルシ……」
「ユタカ様!お腹空きました。」
相変わらず、かぶせて答えてくるシルシー。
おれば呆れながらも重魔素を回転させ、ささっと掌にこし餡を出す。
シルシーが目にも止まらぬ速さで寄ってくると、俺の掌ごと食べる勢いで、こし餡にかぶりつく。
近くで良く良く見ていると、一口食べる度にシルシーがガリガリじゃなくなっていくことに、気づいてしまう。
(俺、異世界に来ただけじゃなくて、ここの人たちって俺の知ってる人間じゃなかったり、しそう……)
俺は激しく頭を動かしながら俺の掌からこし餡を直食いしているシルシーの頭を見下ろしながら、そんなことを考えていた。
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