第12話 コーヒーには倍の砂糖とたっぷりのミルク。

(考えろ。考えろ。)


 俺は自分に言い聞かせる。


 その間も、指で無意識に『癒』の魔法陣を描き続ける。


(回復、治癒、快癒、復旧。どれも二文字だ。『医』じゃ治らないだろうし、『体』も、なんかな違いそうだ。『腹』でもダメだろう。)


「うっ?」


 俺は自分の思考の流れのところで、何かが引っ掛かる感じがする。


(なんだ、何が引っ掛かった?)


 無い思考力を振り絞って、必死に自分の思考の筋道を思い返す。


(そうか、復旧だ。これは人の体を治すものじゃない。どちらかと言えば、機械とかを元に戻す……。そうだ、『戻』はどうだ?行けるんじゃないか?)


 俺は試してみることを決断する。

 大きく一つ息を吐ききり、ゆっくりと吸いながら気分を落ち着かせると、回転させたままの重魔素の回転率を一段階上げる。


(なんとなく、これだけの軽魔素の量が必要な感じがする。)


 これまで、指先だけ光らせていた軽魔素が手全体を光らせる。

『戻』の文字を書く段階で、何か引っ掛かりを感じる。


(もう少し、足りてない?)


 俺はさらに一段階、重魔素の回転率を上げる。


 腕全体が光だす。


 その光をすべて注ぎ込む勢いで、怪我人の腹の穴の上に『戻』と書いていく。


(怪我をおおわなきゃ)


 何故かそんなことを思い、怪我の穴と『戻』の字が入るように楕円に線を引き、魔法陣を完成させる。


 息をつめ、見守る。


 楕円形の魔法陣は煌々と光り始める。一瞬の光りではなく、継続して光り続ける。


 これまでに感じたどんな光よりも強烈に輝き続ける。

 眩しくて思わず顔を背ける。


 目の端で、怪我人の腹から煌々とした光が垂直に立ち上っていく様子が見える。


 天高くまで立ち上る光。


 どれくらいったか、光がゆっくりと収まる。

 急いで怪我の様子を覗き込む。


 怪我人の腹の穴が、きれいさっぱり消えている。怪我一つ無い、皮膚が腹をしっかりとおおっている。

 俺は感極まってしまい、言葉も出ずに、ただ両手でガッツポーズを取る。


 それを合図にか、怪我人の二人の子供たちが母親に駆け寄ると、ひしっとすがり付き、今度は二人してまた泣き始める。

 しかし、その涙からは、先程までの慟哭の気配はきれいさっぱり消えていた。


 周りの村人からは、俺がこれまでに向けられたことの無い種類の、視線を受ける。


 俺は何故か急にお腹が空いてきた。その何とも言えない視線のなか、あまりの急激な空腹に負け、意識を失ってしまう。




 目を覚ます。

 周りの見渡す。


(テリータの家の客間、だよな。そうか、意識を失って、運んでもらったのか。腹へったー。)


 俺が腹を空かせていると、いい匂いがする。

 扉が開き、シルシーが顔を出す。


「「あっ」」


 俺とシルシーの呟きが重なる。


 シルシーは、そのままなにも言わずにすぐに顔を引っ込める。バタバタと、走り去る音だけが客間に響く。


(シルシー、せっかち過ぎるだろ……)


 しばらくそのまま客間でぼーとしていると、テリータがシルシーを引き連れ、やってくる。シルシーの手にはお盆が。


 そのお盆の上には大量のおにぎり。


 そして、こんがり焼かれた肉らしき物体が鎮座している。


 思わず俺は目が肉に釘付けになる。


「そ、それは肉か?!」


 テリータが答える。


「はい、村人達がユタカ様へのお礼にと狩って参りました。」


「え、森には食べ物が無いんじゃ?」


「はい、森とは逆方向の草原の奥側にいる土ウサギのお肉です。ただ、運悪く人食いの獣に遭遇してしまったみたいで……。結局ユタカ様のお手を煩わせてしまいました。」


「え、怪我してた村人達って俺のために肉取りに行って怪我したの?」


「はい。しかし、それだけではありません。ユタカ様のおかげで昨晩、今朝と村人達はお腹いっぱい食べ、体力がある状態です。今のうちに少しでも食料を確保するために、皆が動いています。そのうちの一つのグループが運悪く。土ウサギを無事に狩り、帰りがけに獣と遭遇してしまったようです。獣は、そのグループの村人達を蹴散らすと、ユタカ様に治して頂いたゲーラの腹を食い、そのまま去ったようです。」


「そのまま去った?」


「はい、獣が人を襲うのは腹の肉に宿る魔素食べるためと言われています。これは推測ですが、ユタカ様の出された食べ物は非常に大量の魔素が含まれているので、それを食べていたゲーラの肉を食べ、満足して去ったのではないかと。」


「そうなのか……」


(人の腹の肉に宿る魔素を食う?獣なのに満足したら去る?ダメだ、全然前の世界と常識が違いすぎて、理解も納得も出来ない。)


 テリータは俺の困惑に気づかず話を続ける。


「なので、獣が去ったあとに、同行していた村人達が急いでゲーラを村まで運んできたのです。この点でもやはりユタカ様の食べ物のおかげと言えますね。ユタカ様の食べ物が腹になければ死ぬまで貪られていたことでしょう。後は知っての通りです。ユタカ様の奇跡の回復魔法でゲーラは治り、意識も無事に取り戻しております。ゲーラをお助け頂き、本当にありがとうございました。」


 頭を下げるテリータ。


「いやいやいや。頭をあげてくれ。俺がいたからゲーラは襲われたようなものじゃないか。感謝なんてするもんじゃない。」


「ユタカ様がいなければ村人は皆飢え死にしていましたよ。さあ、それより、お肉が冷めてしまいます。食べてあげて下さい。」


 テリータの声に合わせ、シルシーがお盆を差し出してくる。


 手を伸ばしかけ、しかし、俺は手を止める。

 交互に己の手と肉に視線をやり、そのまま固まっていると、テリータがそっと俺の手に、自分の手を重ね、ゆっくり肉の方へと導いてくれる。


 土ウサギの肉に俺の手が触れる。


 テリータと目が合う。

 テリータは笑顔で一つ頷く。


 俺はそれを見ると、土ウサギのお肉にむさぼりついた。


(筋が硬い。血抜きはされているみたいだけど、香草が無いのか獣臭い。味も塩味だけだ。でも、食える。食えるぞ。)


 俺はただただ、無言で肉に食らいついた。

 そして、その後は山盛りの小型塩むすびも食べ尽くした。






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