第37話 カレーの福音も高らかに。

 俺たちは数日の休養の後、郡都を出発する。


 まあ、俺は日がな魔法陣で郡都に食糧の供給をしていたから、平常運行だったがな。かわりにカレーは食い倒した。

 黒水隊の仲間たちは休めたようで何よりだ。


 めんどくさい送別とかをスルーするため、さくっと郡都を抜け、今は街道を進んでいる。


 皆、ここ数日はたらふく食べたのだろう。体に蓄えられた食べ物で、がっちりとした見た目が加速している。


(皆、食べたものが、見た目明らかに筋肉と骨格になってる。俺は……)


 俺は自分の腹をさする。

 成長しているとは、認めたくない。


 あれから野営の食事にカレーがでることが増えた。どうやらカレー信者は相当数いるようだ。


 しかし、そんな和やかな雰囲気も数日のことだった。


 郡都を出て、はじめての村に立ち寄る。

 そこは目を覆いたくなる惨状だった。


 殺戮と破壊の痕跡から、それらが効率的に、かつ事務的に行われたのがわかる。

 その村の様子は、逆に狂気的な物を感じさせた。人を殺すこと、生きて生活する基盤を破壊することが仕事でしかない、そんな冷たい狂気を。


 そのあとは、行軍を続けると、何度も同じような村に立ち寄ることとなった。


 そうして時たま起こる、敵軍との偶発的な戦闘。

 どうやらこちらの方面の敵の大部隊は、郡都で殲滅したものだけのようだ。

 そのため、少数の部隊との散発的な戦闘だけだが、いくらこちらが強化され、楽勝の戦闘と言えど、やはり疲労は溜まる。


 何度も戦闘を繰り返すうちに、倒しきれなかった敵から、本隊へ連絡が行ったのだろう。

 ある晩、夜襲を受けた。


 高まる戦闘音に、俺はむくりと起き上がる。

 木刀を手繰り寄せ、簡易テントから顔を出す。


 見張りがしっかり仕事をしたのだろう。

 黒水隊はモレナの指揮のもと、秩序だった反撃を開始しているようだ。

 ちょうど誰も周りに居らず、俺は一人で戦いの様子に注視する。


 味方の前線の構築も間に合い、このまま力押しで押しきるかと思った時、後方から俺のテント目掛けて伏兵が襲いかかってきた。


 敵はガスマスクのようなものをつけ、迷彩柄の服に、銃を構えている。

 それが10人近く。

 一斉に銃口が俺に向けられる。


 とっさに俺は重魔素を操りながら、横に転がる

 無理やり体に重魔素を満たしたから、腹の中が気持ち悪い。


 何とか魔素の強化が間に合い、数発当たった銃弾は俺の皮膚で弾かれる。


(身体強化、攻撃力の方はさっぱりだけど、防御にだけは使えるようになってて良かった。こっち来てすぐ木を殴った時は全然痛くなかったけど、やっぱり銃弾は、いてえ。青アザ必至だよ。)


 俺はこの世界に来てリリーヌーと会った時のことをちらりと思い出しながら、急いで重魔素を腹の中に戻して回転させると、左手の平に『盾』と描く。

 コロコロ転がり、ちょうど草むらに突っ込んだ所で発動する。


 これは数日前にラキトハから教えてもらったもので、軽魔素の光の盾が展開させる。


 光の盾が手のひらから発動し、その場にとどまる。

 敵の銃弾が光の盾に集中する。

 がきん、がきんと金属をハンマーで殴るような音が断続的に鳴り、うるさい。


 俺は敵の銃口が光の盾に集中している間に、ばれないようにこっそり草に隠れて移動する。


(腹がつかえる……)


 何とか5メートル以上匍匐前進で離れると、コレー村で黒犬を倒すときに村人が使っていた『射』の魔法陣を使おうと構える。


 俺の位置からはちょうど銃を構える敵たちが全員視認できる。


 光が漏れないように注意しながら左手の平に魔法陣を描き始める。


(俺、これから人を殺すのか……。もっといろいろあるかと思ったけど、意外と平気なもんだな。)


 そう考える思考とは裏腹に、何故か右手がぶるぶると震える。

 軽魔素の光を描く指まで震えてしまい、『射』の文字が崩れている。


「おかしいな、右手が変だな。」


 何故か自分のそんな右手を見てへにゃりとした笑いが漏れてしまう。


 俺は崩れた『射』の文字を見ながら無理やり軽魔素を込めていく。

 円を描き、魔法陣を閉じる。

 円も、ぐにゃぐにゃになってしまっている。


 しかし、強引に魔素を込め続ける。


 左手から魔素の光が『射』ち出される。しかし、それはかつて見た矢のような形状は留めておらず、ただただ光の奔流となって敵に襲いかかる。


 敵のたてる銃声を掻き消し、地面を抉りながら進む光の奔流が敵たちに衝突する。

 10名いた敵をすべてその一撃で飲み込み、そのまま突き抜けていく。

 光は物理的な衝撃となって敵の肉体を引きちぎり、辺りに撒き散らしながら俺の目の前に、一筋の死を現出させた。


 しばらく呆けていた俺だが、戦闘は無事に終了したようだ。

 その後は、無事に敵を殲滅した黒水隊の面々から護衛の不在を謝られたり、夜営地の移動などの雑事に終われることとなる。


 次の日からは、また、王都に向けて変わらない行軍を続ける。


 しかし、変わらないと思っていたのは俺の勘違いだった。

 その戦いのなかで初の人殺しに手を染め、俺も気が動転していたのだろう。ラキトハの様子に気づくのが遅れてしまった。


 王都まであと数日という日の朝、ラキトハが消えた。

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