第36話 万物の根元たるカレーよ。そのエイドスをここに示せ!と呟きながら魔法陣を描く。
俺の目の前には小さい女とより小さい女の子が座っている。
後ろにはモレナとラキトハ。ミレーナは扉の外で警護と言う名の逃避をしている。
空気が重苦しい。
どうやら相当警戒されているみたいだ。
ここは郡都スクトリアの城の会議室の一室。
俺たちは領主との会談を行っていた。
領主なら警戒しなきゃいけない相手に、よりきめ細やかな歓待が必要なことぐらい分かってそうだが。しかしまあ、12才の子供にはそこまで求めるのは酷だろうと、目の前のより小さい方の女の子に視線を向ける。
びくっとなる、その子。この子が、スクトリア地方の盟主にして辺境随一の都市、郡都スクトリアの支配者たる、ローゼ・フォン・スクトリアその人であった。
父親は先日あったという王都での戦いで戦死。爵位の委譲も王権が機能していない今、ままならないまま、急遽その地位につかされたらしい。
隣に座る小柄な女性は家令とのことだ。
話し合いは主にこの家令とラキトハの間で行われている。
俺は、なぜこいつが代表して話しているんだろうと少し不思議な思いを抱きながらそれを眺めつつ。
しかしその実、深く深く、考え込んでいた。
(俺が戻るまで、カレー残っているかな。ミレーナは連れてきたから少しは消費スピードは減るはずだが……)
無言で難しい顔をしている俺。
ローゼ・フォン・スクトリアはそんな俺を見て、自身の家令を見て、ハラハラした様子だ。
俺はふと意識をローゼに移す。
(偉い人間なのに、痩せている。ここの飢餓も酷かったらしいし、子供ならこんなことしてないで、カレーでも腹一杯食べてるべきだろ。)
俺は家令に向かって口を開く。
「家令殿。」
「は、何か?」
表面上穏やかに、内容は激しくラキトハと話し合っていた家令が答える。
「ひとまず休憩にしよう。ここまでカレーの香りが漂ってきている。どうやらこの城でも俺が広めたカレーの調理をしているようだ。食事にしよう。」
ラキトハが良いところなのに、何言ってるんだこいつ、というような目で睨んでくる。
ぼんやり聞いていた話し合いでは、だいぶ郡都側に無理な要求をしていたようだ。あと一押しだったのにとか思っているのだろう。
しかし、そんなことよりもカレーだ。
きっと城の料理人なら俺の想像もつかないアレンジがされている可能性がある。
定番の味も捨てがたいが、未知の探索もまたロマン。
そんなんで俺は、ラキトハを華麗に無視すると、家令とローゼの目の前で、重魔素の回転を始める。
溢れ出す軽魔素の光に目をむく家令。
しかし、先ほどまでおどおどしていたローゼは、何故か逆にジーとその光を見つめて呟く。
「きれい……。なんて、神々しい……」
俺はそんな二人の様子は目に入らず、とりあえず城でごちそうになる分の数倍にはなる量のカレー粉、米、じゃがいも、玉ねぎを出す。
「やり過ぎた……」
会議室がそれらの食料でいっぱいになる。
モレナが咳払いをして口を開く。
「あー、ごほん。御領主様、こちらは偉大なる魔導師ユタカ様よりの献上品となります。受け取って頂けますね。」
何故かぼーとこちらを見ていたローゼが、モレナの声にはっとすると、こくこくと頷く。
家令は唖然とした様子で呆けている。
「御受領頂きありがとうございます。では、家令殿」
「はっ、ええ。誰か! 荷物を運びなさい。あと、食事を!」
その後は家令の指示で、食糧が運び出されていく。
入れ違いに、城で作られたカレーが運ばれてくる。
(やった!やっぱりここまで広まってたよ。具は何かなー。)
俺が皿を覗きこむ。
(おお、鶏肉と、これはゆで卵!)
俺はさっそくスプーンで卵を崩す。
固ゆで卵を崩してカレーと混ぜていく。
(この短時間でゆで卵トッピングにたどり着くとは、さすが領主の城の料理人だ。本当は半熟卵が俺のなかのベストオブベストだが、衛生的な問題もあるのだろう。)
俺は十分に卵とカレーを混ぜる。
(肉は何の鳥かなー)
一口食べる。
(鶏、ではない。食べたことのない味だ。卵も鶏ではないな)
俺はさらに一口食べる。
(これはこれでうまい。野趣あふれる味だ。)
俺がパクパクと食べているのを何故か皆が凝視している。
今更ながらそれに気づく俺。
「あー。皆も食べないのか?」
うちの女性陣三人から呆れたような視線が送られてくる。
「ええ、よいのです。頂きましょう。」
ローゼが言うと、皆がスプーンを手に取り食べ始める。
俺、及びミレーナは凄い勢いでカレーを書き込んでいく。
初めて食べるローゼは最初は恐る恐るといった様子だったが、一口食べると顔を輝やかせて、カレーを食べている。
それは年相応の子供のようであった。
満足するまで城のカレーを食べると俺は言う。
「俺と黒水隊は暫くしたら首都に向かうけど、それまでに食糧はできるだけ提供しよう。」
ラキトハが何故か、むせる。
カレーを頬張っていた家令が言う。
「良いのですか?! それは無償の提供と言うことでしょうか。」
「取り敢えずの量は無償で提供する。皆、腹一杯食べたいだろう?」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。そのご厚意は必ずやお返しいたします。」
ローゼからも小声で感謝される。
こうして、俺たちが首都に向かうまでの短い間は、カレーパーティーが続くこととなった。
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