第33話 マシュマロは直火に限る。

 火炎放射器を抱えた敵兵達がこちらに気づいて穴の入口に戻ってくる。

 一斉にノズルから、燃え盛る液体燃料が噴出される。


 ガンゾールが、前に飛び出す。


 ひねった体勢から、渾身の右ストレートが放たれる。


 火炎放射器の炎がガンゾールに到達する。

 その身体が、炎につつまれ、俺からはガンゾールが炎に呑まれたように見える。


 完全に炎の中に入り込んだ瞬間、ガンゾールの右手の籠手が軽魔素の光を放つ。

 展開される魔法陣。


 轟、という音を立て、強烈な『風』が産み出される。

 ガンゾールの身を包み、今からその身を焦がし喰らい尽くそうとしていた炎が、吹き散らされる。


 嵐を思わせる風、いやそれはすでに物理的な空気の暴力と言ってもいいだろう。


 火炎放射器から放たれる炎は、その液体燃料ごと、物理的な空気の暴力によって、その進む方向をねじ曲げられる。その送り手たる敵兵達へと襲いかかる。 


 まず最初に、到達した空気の暴力が敵兵達を殴り倒す。

 意識を持っていかれた敵兵達に、炎が襲いかかる。

 ガンゾールによって次々に送り込まれる風は大量の空気を、炎にもたらし、その温度を加速度的に高めていく。


 城壁の穴は、その時にはもう溶鉱炉もかくやと言った有り様。


 敵兵だったものはあっという間に燃え尽き、城壁の穴の壁は高温で溶け始める。


 それは一瞬の出来事。


 ガンゾールが構えを解き、風が止む。


 俺は穴の向こう側が気になる。


「あっち側って、敵以外もいるんじゃ……」


「大丈夫ですよ。マンルーが反対に飛んでますから。」


 俺の呟きにモレナが答えてくれる。


「ガンゾールが炎を吹き散らすと同時に、城壁を飛び越えたマンルーが、向こう側で穴から溢れる炎をすべて切り裂いていましたから。」


(え、あれって、気体と液体でしょ?切れるの?というかモレナは見えるの?)


 俺の疑問をよそに、すっかり晴れた城壁の穴越しに、マンルーが立っている姿が見える。


 両手にククリナイフを持ち、両手首から鎌を展開した四刀の姿で、くるりと身を翻すと、そのまま城壁の中に侵入している敵兵達に襲いかかる。


 そこは、屠殺場となる。


 城壁の向こう側では、残った郡都の兵達が反撃を開始する。


 その激しい攻勢に、逃げ場を求めた敵兵達が城壁の穴に殺到する。


 一見、視界の晴れた城壁の穴は、その壁も床も高温を維持し、それは死をもたらすトラップと化している。

 不用意に逃げ込んだ敵兵達は、壁に床に、手足を着けた瞬間、そこから発火して行く。

 それでも止まらない後ろからの人の波に、無理やり穴に詰め込まれていく敵達。


 あるものは倒れ、その場で燃え尽き。

 あるものは火をまとい、穴からまろびでてくる。

 その身体は熱に侵され、すでにぐずぐずになっている。


 立ちふさがるガンゾールは、一種の慈悲を持って、その敵達に拳を振るう。

 脆くなった敵兵の肉体は、ガンゾールの拳の一撃でバラバラに吹き飛び、その身を苛む炎の地獄から、命を解放していく。


 マンルーの活躍で城壁の中が片付くと、城門が大きく開かれる。


 郡都の兵達が次々と城門から出陣していく。


 城壁を再度飛び越え、戻ってきたマンルーを加え、黒水隊も敵へと襲いかかり始める。


 俺とラキトハは、ミレーナに護衛されながら城門へと近づいていく。


 ラキトハはやはり有名人らしく、こんな殺伐とした中でも郡都の兵は顔パスで恭しく俺たちを迎え入れてくれる。


 どうやら司令官級の人物のもとへ案内しようとするのを断り、俺は城門の内側に広がる広場の一角を強引に占拠する。

 文句を言われるかと思ったが、特に何も言われず、何故か怯えたような視線を向けている郡都の兵達。


(ミレーナが威嚇でもしているのかな?それかラキトハが恐れられている系の有名人だったり?まあ、いいや。今はそれよりもやるべきことがあるからな。)


 俺は外で頑張っているであろう黒水隊の面々のため、ついでに郡都の兵と市民のために、炊き出しの準備を進めるのであった。

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