第34話 男の手料理

 黒水隊の面々が反撃の狼煙をあげている頃、俺は占拠した一角で準備を進めていた。


 まずは各種調理器具を準備する。


 俺は重魔素を最大限まで回転させていく。


 溢れんばかりの軽魔素の光を放ち、次々と魔法陣を描いていく。


『石』『石』『石』『薪』『鍋』『鍋』『水』『火』『芋』『芋』『芋』『塩』……


 俺が何かを出す度に、寡黙なミレーナは何も言わずに俺の意思を汲んで動いてくれる。石で簡易的なかまどを作り、薪を突っ込んで鍋を一つ載せて、俺が近づけるようにどいてくれる。

 俺は鍋の中に水を出し、薪に火をつける。

 もう一つの鍋にも水を出すと、俺が大量に出して行く芋をその水で洗い始める。

 火にかけた鍋の水が沸いてくる。

 洗ったそばからその中に入れて、芋を茹でていく。


 その頃には、郡都周辺の敵は黒水隊によって撃退されたのだろう、戦争の音が遠ざかっている。

 それに伴って、俺たちの様子を遠目に眺めていた郡都の市民や手の空いた兵達が近づいてくる。


 ここぞとばかりに茹でたじゃがいもと塩でつる。

 皆、腹を空かせているようで、面白いように人が集まってくる。顔役っぽいおばちゃんがいたので、炊き出しの手伝いと人員の差配をラキトハ経由で頼んでもらう。


「なんで妾がそんなことを……」


 ラキトハは不満顔だが、一応話をつけてきてくれる。


 俺は内心思うことはありつつ、お礼は言っておく。


 プイッと顔を背け、離れていくラキトハ。しかし、ミレーナの手伝いをし始める。


 そんなラキトハに、食糧を渡してある仕事をお願いしておく。


 さて、俺はここで大きな決断をする。

 今後の一生を左右すると言っても過言ではない、選択だ。


「これは避けられない道だ。俺はこの日のことを一生忘れないだろう。後悔もするだろう。しかし、他に道はないのだ。」


 俺は気合い一閃、新しい神象文字を描いていく。


 十画のそれを描く間も、俺の心は実際揺れ動いていた。しかし、そんな悩みを吹き飛ばすように、最大限の軽魔素を込め、一画一画を紡いでいく。


 魔法陣が完成する。

 光を放つ、『粉』の神象文字。

 現れるのは、大量のカレー粉。


 一気に辺りに充満するスパイシーな香り。


「なんだこの刺激臭は。」「しかし、何故か食欲がそそられる……」「腹へった。」


 ざわざわと周りの観衆が騒ぎ出す。


(『粉』は、数多の可能性に満ちていた。それこそ、麻薬から火薬まで。しかし、ここでカレー粉を選ばなければ、俺は一生カレーが食えないかも知れないんだ。そんな人生、生きている価値などあろうか!)


 俺はそんなことを考えつつ、次の決断をする。


 魔法陣で『葱』の文字を描き、玉ねぎを出す。今回はそこまで悩まない。


(長ネギよりは玉ねぎ派なのだよ、俺は。鍋だって、長ネギがなければ玉ねぎで代用して満足できる男なのさ。)


 そういい聞かせ、長ネギを諦める。


 あとは、ここに来るまでにゲコリーナが捕った肉。油を出して準備万端。


 手伝いに徴集した主婦の方々に、材料の下ごしらえをお願いする。


 食べるであろう人数が多いことを考え、細か目に切ってもらう。


(俺が具材が溶け込んだのが好きだからではない、決して。)


 俺が自身の好みを全面的に押し付けたことを誤魔化しつつ、作り方を皆に伝えていく。


 鍋に油を引き、玉ねぎから炒め始める。飴色にする時間を惜しんで、今回は火が通ったら良しとする。

 次に細かくしたじゃがいも、肉を入れ炒める。


 頃合いを見て、水を入れ煮立たせ、煮込む。


 軽く灰汁をとり、火をとめ、カレー粉を投入する。

 ちなみにカレー粉は俺の好みにあわせて辛口である。

 しかし、今回はカレー初心者ばかりなので、隠し味にあるものを足す。


 そこまま煮込む。


 カレー独特の匂いが立ち込め始める。

 町に広がる匂いは当然、自然と人を呼び始める。


(これぞ、カレーの魔力。)


 カレーの匂いに引かれるように黒水隊の面々も凱旋して帰ってくる。


 この段階ですでに、各家庭から鍋の供出が始まり、近くの家の台所を借りてカレーの大量生産が開始されている。

 黒水隊の面々も疲れてなさそうだったので、各部署の手伝いに行かせる。


 またちょうどいいタイミングでラキトハが帰ってくる。

 その手の中の皿にはご飯が山盛りになっている。


 そう、ラキトハには米を託しておいたのだ。どうやらラキトハ指示のもと、今もどんどん米が炊かれている様子だ。


 俺はカレーの様子を伺う。


「とろみ、よし。香り、よし。具、よし。」


 俺は山盛りのご飯にカレーを掛ける。


 最初の一杯は、モレナに下賜する。

 俺はそのまま黒水隊の面々へ次々とカレーを盛り付け、最後に自分の皿に盛る。


 そのまま顔役のおばちゃんに盛り付けの仕事を丸投げして、黒水隊の皆に声を掛ける。


「皆、黒水隊の初の実戦、素晴らしい働きだった。俺は皆を誇りに思う。ひとまず食え。これは俺の故郷でも最強の一角を占める食べ物で、カレーという。一口食べれば病みつきになるのを保証しよう。さあ、食え。いくらでも材料は出すから、好きなだけ食え。」


「黒水隊万歳!」「ユタカ様万歳!」「カレー万歳」「カレー万歳」


 俺のそんな掛け声と黒水隊の叫びと共に、後に郡都スクトリア名物となるカレー祭りが始まった。







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