第41話 甘味がない。そうだ、砂糖を食べよう。
ご飯の炊けた、いい匂いで目が覚める。
急激に意識される命の危機を感じさせる空腹感。
「めしっ」
思わず叫びながら飛び起きる。
ラキトハ姉妹が二人して塩むすびを差し出してくる。
かぶり付くようにして塩むすびをがつがつと口へ押し込む。
夢中で食べる途中で、気がつく。
「あきとあ、うしたったんた?」
「口の中の物を飲み込んでから話して下さい。」
ラキトハ妹に窘められる。ラキトハ姉の方はそれを微笑んで見ながら言う。
「この度は、妾を助けて頂き、誠に感謝を。聞くところによると、愚妹もお世話になっていたようで。」
俺は急いで飲み込み、答える。
「ああ、ラキトハ、無事で良かった。感謝は受け取っておくよ。」
俺は周りを見回す。
どうやら変わらず巡礼教団の隠し寺院の中にいるようだ。ただ、周りは清められ、氷の跡なども掃除されている。
「他に生存者は?」
俺はモレナが近づいてきたのできく。
「いえ、他に助かったものはありません。ユタカ様は二時間ほど気絶していました。敵の遺体はとりあえず外に積んであります。
味方側の人間は、もともとほとんど居なかったみたいですね。」
最後の台詞はラキトハ姉を見ながら。
「取り敢えずおにぎりを大量に作ってあります。話は食べながらでも。」
「おう!素晴らしい!」
俺は、モレナがいつの間に、こんなに優秀になったのかと感激した。腹が減ったときに食べ物が用意されているという事以上の偉業があるだろうか。いやない。
大量に用意された塩むすびを頬張りながら、俺が気絶していた間の出来事をきく。
どうやら王都の様子も聞いてくれていたらしい。
「敵の帝国の皇太子が来ているのか。」
と、モグモグしながら俺。
「はい、其奴は、邪神の使徒の可能性が高いです。魔法も使わずに見たこともない兵器を次々と産み出しているそうです。」
と、ラキトハ姉。その手には塩むすびを二つ。
モレナが納得したという様子でそれに答える。
「なるほど。だからあんな珍妙な兵器が次々に出てきたのか。魔法を使うものを虐殺しているのは、供物にされていたわけか。」
「なあ、ちょっと待って。ちょっと待って。邪神の使徒ってなんだ?」
俺は知らない単語が次々に出てきて混乱してくる。決しておにぎりに集中していたからではない。
モレナとラキトハ姉妹が顔を見合わせる。
何故か互いに無言で譲り合い、最終的にラキトハ妹が手に持つおにぎりを置き、立ち上がると、腕を軽く広げ説明を始める。まるでそこが宣教台かの如く。
「ゴホン。かつて世界がまだ生まれて間もない頃の……」
「なあ。」
俺はラキトハが説教モードに入ったことに気付き、遮る。
「……何ですか。」
「長くなる?」
「ええ、創世記からの説明となり……」
「短めで頼む。」
俺の頼みに、ラキトハ妹は長々とため息をつく。
(いやいやいや、ため息は要らんだろ。)
「邪神は、妾達、巡礼教団が信仰する唯一神と、争う存在です。使徒と言うのは、神との邂逅を果たし、祝福を得たもののことです。」
俺はそのまま説明を待つ。
無言でこちらを見たまま沈黙するラキトハ妹。
(え、終わり?もしかして、話し遮ったから、怒ってる?)
「あー。ラキトハさん?」
「何ですか?」
「続きは?」
「ありません」
つんとしたラキトハ妹。
笑いながらラキトハ姉が話し始める。
「かつて、妾達の信仰する唯一神の使徒が千年前に降臨されたのです。そのお方が唯一神から魔法を授かり、魔法の祖となり、皆に広めたそうな。今ある魔法陣を作り、様々な神象文字を操って当時、世界を支配しかけていた邪神を封印した。その方は後の統一魔法国家の王となられた。今ある国はすべてこの統一魔法国家から分裂したものになります。」
俺はもぐもぐしながらその話を真面目にきく。
(だからかー。その使徒ってのは、きっと例のあれなんだろな。それで、日本語が通じたり、神象文字が漢字なのか。しかし、俺は迷い混んだのに、そいつは、ちゃんと呼ばれて来たんだろな。うらやましい。)
俺がそんな事を考えながらもしゃもしゃしている間にも、ラキトハ姉の話は続く。
「それ以後、千年の間に、何度か邪神側の使徒が現れております。どの者も、特異な力を邪神から与えられておりました。しかし、共通点がありまして、それが、力の発動に代価を必要とする事でした。それが、この世界に住まう命だったのです。邪神の使徒達は命を奪えば奪うほど、新しい力を発揮するのです。本人が直接奪わなくても、間接的にでもよいらしく、どの時代の邪神の使徒達も虐殺行為に手を染めていました。」
「やな代価だな……」
俺はおにぎりを食べる手が震えるのを抑え、何でもない風に相槌をうつ。
「それで、これまでの邪神の使徒はどうなったんだ?唯一神の使徒が現れて倒したとか?」
俺がきく。
(転生者を使った代理戦争ってやつだったのかな?)
「いえ、唯一神様の使徒は千年前に現れたきりです。後はその時代その時代で、死力を尽くし、犠牲を出しながら倒していました。しかし、今はどの国も飢餓が、かつて無いぐらいに酷くて……」
(そうか、こっちの世界の人間は、戦力ががた落ちになるからか。)
「その帝国の皇太子が邪神の使徒だってのは皆に広まってないのか?そしたら各国が協力するだろうに。」
「なにぶん、侵攻が素早かったのと、どの国も飢餓で精一杯ですから。」
「なるほど……」
俺はしばし、考え込む。
「やっぱり俺たちでその皇太子とやらを止めるっきゃない、てか」
最後のおにぎりを食べきり、そう呟きながら俺は立ち上がった。
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