第9話 ニンニクチューブにはまっていたのは若気の……。大人になってからは、一手間加えた、にんにくチップが重宝します。

 一晩お世話になり、朝。


 俺は朝から重魔素をギュンギュン回していた。


「昨日の失敗が頭をよぎるが、これは絶対に避けては通れない道なのだ。」


 誰も居ないのを良いことに独り言が漏れる。


「俺のアイデンティティーの存亡が掛かっていると言っても過言ではない。集中力を極限まで振り絞る!そう、イメージだ!俺は、剣豪だ!」


 俺は独り言を続けながら指を刀に見立て、八相の構えを取る。


「キェーっ」


 猿叫を意識して叫びながら目を見開く!


 気合い一閃、二閃。


 腕を大きく振りかぶり、そこからの左右の袈裟斬り!


 そのまま、一瞬力をため、渾身の左薙ぎ!


 振り切った指を戻す。フッと息を継ぎ、そのまま指は天をさす。一心に唐竹に振り下ろす。


 そしてとどめの左右袈裟斬り!


 一連の流れの動きを止め、残身。


 立ち上がりながら前を向くと、入り口からこちらを覗いていたシルシーと目が合う。


 一瞬の無言の間が、永遠になって俺の精神に迫りくる。


(シルシーだし、いいか。)


 俺は精神を苛みかねない羞恥心と言う名の強敵をひらりとかわし、シルシーを意識して無視すると丸を描いて魔法陣を完成させる。


 部屋を光が満たす。


 光が収まったあとには、部屋の真ん中には米が俵に入って積まれている。


(どこから俵きた!?)


 俺は新しい魔法の謎現象に首を傾げつつ、シルシーに声をかける。


「シルシー、この中、米なんだわ。朝御飯用に炊いてくれ。炊き方は……」


「わかりました!人手呼んできます!」


 相変わらず、俺が話してる最中に被せるように肯定の返事をよこすシルシー。


(もう、最後まで話を聞かないことには触れまい。しかし、シルシーは米は知っているのか。芋は無かったのに。この世界のことも調べなきゃな。)


 米が炊き上がるまで時間がかかるだろうから、朝の散歩でもするかと勝手に屋敷を出る。


 外に出るまで途中誰にも出会わなかったがまあ、良いだろう。


 昨日向かった共同の調理場とは逆の方へと向かう。


 途中村人たちとすれ違う。


 昨日のポテチパーティーで存在を認知されたのか、どの村人も来たばかりの頃の警戒感はもう感じられない。


 てくてく歩いていると、赤子っぽい包みを抱えた村人が寄ってきた。


 母親らしきガリガリの少女が声をかけてくる。


「昨日はご馳走をありがとうございました。おかげさまで、この子に久しぶりにお腹一杯お乳をあげれました。」


 他の村人と変わらずガリガリだが、どこか所作が洗練された様子で話す少女。


「お、おお。それは良かったな」


(い、いきなり重たいのきたー)


 俺は内心の焦りと、お礼を言われた照れ臭さを圧し殺す。


「あの、それで、お願いがあるのですが……」


「う、ううむ。言ってみな。」


(気の毒さが破壊力抜群すぎて、何でも聞いてしまいそうだ……。芋か?芋の追加か?芋ならいくらでも出すぞ!)


「ありがとうございます!その、是非、『腹手合わせ』を授けてくださることをお願いしたいのです」


「え、なに?」


「ユタカ様の尊いお腹に、この子を触れさせて頂きたいのです。」


「俺の?」


「はい。」


「腹に?」


「はい。」


「赤ちゃんの手を?」


「はい。」


(まてまてまて。訳がわからんぞ。なに、腹に触りたいって。そりゃ確かに前の世界でも常人より、ほんのすこーしばかり大きいか大きくないかで言ったら大きいかもな腹だけど。こっちの世界じゃ今のところガリガリの人間ばかりだけど。でも、赤ん坊に触らせたいってなに?!)


「……なぜに、腹?」


「えっと?豊穣と富、力の象徴たる魔導師様の証ですので、少しでもこの子があやかれる用にご加護を頂きたくて、触らせてあげたいんです。」


「これはあれか、力士的な扱いか?!」


「力士?ですか?」


「いや、何でもない。ああ、腹だったな良いぞ、触りたまえ。このままでよいのか?」


 俺は腹ぐらいいくらでも触れとばかりにお腹をつき出す。


(服を捲れとか言われたらどうしよう……。というか俺の加護なんて意味あるのか?)


「ありがとうございます!」


 そういうと、赤子を抱えたまま近づいてくる見た目は少女の母親。

 おくるみをそっとほどいて赤子の片手をだす。赤子は寝ている様子。その小さな紅葉のような片手に母親は手を添え、俺の腹の方に近づけてくる。


 俺は息をつめてその様子を見守る。


 服越しに俺の腹に小さくて温かな手の感触がする。

 何故か俺の腹の重魔素が反応しているような不思議な感覚がある。いつもの回転させているのとは違う、ゆっくりと脈打つような不思議な感覚。

 しばらくペタペタと、赤子の手を俺の腹にのせていると、赤子が急に泣き出す。


「おんぎゃー」


「うおっ!」


 急に泣き出した赤子の声に俺は思わず声が漏れる。


「あーら、おめめ覚めちゃったのねー。ご飯にしましょうねー。」


 母親は赤子の手を俺の腹から話すとゆっくり揺すりながら赤子に声をかける。そのままこちらに話しかけてくる。


「ユタカ様、ありがとうございました!これできっとこの子も健やかに大きくなります。」


「ああ、いやそれは良かったな。」


「はい、腹手合わせ頂きありがとうございました。この子の名前はシェルツェ・ギュンニュワールです。ユタカ様のお名前を一つ頂き、今後はシェルツェ・ユ・ギュンニュワールと名乗らせます。このご恩は、必ずこの子に伝えます。それでは失礼しますね。」


 そういって去っていく母親。


「あっわ、」


 声をかけようとし、思わずどもる俺。

 しかし、その時には母親の少女はすでに去っていた。


(え、さっきの腹さわったのって、名前が変わるような重大なことだったの?聞いてないんだがー)


 何故か転移してきてから一番疲れたと感じた俺は、散歩をやめてテリータの家に戻ることにする。


「何だろう、これまでで一番疲れて、しかも腹が減った気がする。帰ったら米、食いまくろう。」


(朝御飯は、米。それが俺のアイデンティティー。何か悩むと泥沼にはまりそうだ。こんな時は米を食べまくってさらっと流そ。米こそ我が人生!……シルシー、ちゃんと炊いてくれてるなといいなー)


 米の炊き具合に期待と不安を抱き、俺はテリータの家へと急いだ。

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