第10話 米の食べ方?カップ麺の残り汁にぶっこむ。千変万化の極楽が口内に顕在する。
米の炊ける香りが漂ってくる。
あの後帰ったら、テリータの家はもぬけの殻だった。ピンときた俺は昨日の調理場へ急いだ。
そこには想像通りの人だかりが出来ていた。その人垣越しに漂ってくる薫り。
そう、米の炊ける薫り。
匂いだけでわかる。
こいつはいい飯だ。
こっちの世界の常識が疎いから、実は米の炊き方が少し心配だったが、これは問題ないな。
俺が人垣に近づいていくと、俺の姿に気づいた村人が譲ってくれる。
そこに、道が出来上がる。
まるでモーセが海を割ってできた道を進むかの如く、俺も村人の作ってくれた道を突き進む。
飯へと至る道を。
そこにはテリータとシルシーがいたので声をかける。
「腹へった。飯炊けた?」
テリータがこたえてくれる。
「はい、炊けてます。今は蒸らしているところですから、いつでも食べれますよ。それで、村人たちにも分けてあげてもよろしいですか。皆、お米なんて何年も食べていなくて。」
「いいよいいよ。皆で食べよう。俺は塩むすびにしてくれ。」
俺はそういって米が足りそうかだけ確認するために、あたりを見回す。
(朝一で気合いを入れて米を魔法陣で出したから、まだまだ余裕はありそうだな。米俵で残っているから大丈夫だろう。)
俺が安心してテリータの方を向くと、テリータは首をかしげてこちらを見ている。
「ユタカ様、塩むすびってなんでしょうか?」
「塩むすびは知らないのか!?どれ、作るから、皿に飯を盛ってくれ。後は空の皿を二枚。一枚は深めで。」
俺がそう言うと、すぐに木皿が出てくる。
(この素早さはいつみても不思議だ。どこから出てるか、この村の七不思議だな。後6つは何か知らんけど。)
俺がそんなことを考えていると、飯が山盛りに盛られた皿をシルシーが持ってくる。
そのまま飯の皿はシルシーに持たせたまま、俺は腹の重魔素を回転させ始める。
(そういや、あれ、試してなかった。やってみるかー)
俺は空の木皿に軽魔素で、さらさらっと漢字を書いていく。
一枚目には「塩」。
そして、そのまま二枚目の皿に「水」と。
「ふ、複数魔法陣?!伝説の技……」
そんなテリータの驚きの声は、集中している俺には届かず。
何か言ってるなーと軽く聞き流して、俺は手早く、光らせたままの右手の指で、2つの漢字をそれぞれ軽魔素で円を描き、囲む。
ピカっ、ピカっと断続的に2つの皿が続けて光ると、それぞれ水と塩が皿に入っている。
「おー。出来た出来た。別々なら複数のもいけるのか。ふーん。」
俺は一人実験チックなことをしていると、何故か周りの村人がシーンとしてこちらを注目している感じがする。
(うん、どうしたんだ?誰も飯、食べてないぞ?あれか、俺に遠慮して、俺が食べるのを待っているのか?あっ、もしかして、それとも皆、塩むすびに興味津々なのか!)
俺はてっきり塩むすびに皆が期待しているかと勘違いする。
(それなら塩むすびの、最強の姿を、魅せてあげねば!)
俺は気合いを入れて塩むすびを握ることを決意する。
まずは出した水を、皿を片手で軽く傾けながら溢して、反対の手を清める。逆にして反対の手も清めると、軽く指先に塩をつけ、さっそくシルシーに持たせたままの皿からご飯を片手でごっそりとすくいとる。
手のひらに熱が伝わらないように、手早くご飯を握っていく。
力強くギュッと握り混み、フワッと浮かしながら軽く回転をかけて手を離し、120度づつ回転させていく。
ギュッ、フワッ。ギュッ、フワッ。ギュッ、フワッと。
途中、塩を手のひらに追加し、
さらにギュッ、フワッ。ギュッと。
あっという間に特大塩むすびが完成する。
(これぞ、特大塩むすび!この偉容、素晴らしい!)
俺は得意気に空いている木皿に特大塩むすびを鎮座させ、次の塩むすびに取りかかる。
その様子を見ていた村人たちも見よう見まねで塩むすびを作り始める。
はじめは熱そうにしたり、うまくご飯がまとまらないようで苦戦していたが、もともと器用なのか、皆上手に握り始める。
炊き上がっていた米がすべて握り飯になる。
皿に大量の握り飯が並んでいる姿は壮観だ。
大きさはバラバラだ。俺の特大塩むすびは村人達の小さな顔ぐらいあるし、村人が小さな手で握った塩むすびは俺が親指と人差し指でつまめるぐらいの大きさだ。
「しかし、握り飯の大きさに貴賤はない。」
俺が思わず心の声を呟くと、テリータが聞いてくる。
「何かおっしゃいましたか、ユタカ様?」
「いや、何でもない」
「はい。そうですか。」
そこでテリータは村人の方に向き直り、話し始める。
「皆の者!昨日に引き続き、今朝は偉大なるユタカ様がお米をお恵み下さった!しかも、輝かんばかりの素晴らしい米だ!この溢れんばかりのご厚情!ゆめゆめ忘れるな!では、心して食せ!」
「うぉぉぉーーっ!」
昨日よりも大きな歓声が上がる。
歓声に思わず気圧される俺。
(あれか、昨日腹一杯ポテチ食ったから、みんな元気になって声が出てるんだな。)
俺はそう思って自分を落ち着かせる。しかし、それでも思わず村人たちを見回してしまう。
村人たちは塩むすびに殺到している。
(あそこにはリリーヌーがいるな。家族と幸せそうに塩むすびを頬張っている。あっちはシェルツェの母親か。シェルツェを抱えたまま器用に食べているな。)
ほんわかしてしまいそうな気を引き締めて、俺も負けじと塩むすびに突進する。特大塩むすびを、両手で抱えるように手に取り、かぶりつき始める。
こうして楽しい朝のおにぎりパーティーが始まった。
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