第44話 side モレナ
辺りには機械とハンマーの衝突音で満ちている。
まだ、脱落した者はいない。しかし、誰もまだ機械人形を倒せてもおらず、激しい打ち合いがそこかしこで繰り広げられている。
モレナは、何度目かわからない突貫をターナーに仕掛ける。
鋭い踏み込み。
風を切り裂き振り上げられるように、ターナーの頭部を狙い放たれるハンマーの一撃。
またしても、ターナー直属の大型機械人形の、人ではあり得ない角度で伸ばされた腕に、モレナの渾身の一撃は防がれてしまう。
(攻め手に欠けますね。そろそろ本気を出して、剣を使うべきですが。予備を含めて7本しかありません。敵は固いですからね……。持つか微妙です。)
当のターナーは、虚ろな目で宙を見つめたまま、ふらふらとタクトを振り回し、ぷるぷると小刻みに震えている。
頭に装着した不気味な機械はチカチカと点滅を繰り返し、時たま、しゅーと何か分からない蒸気なようなものを噴出している。
「どいつもこいつもしつこいですわ。さっさとその身を捧げてしまえば良いのです。ぐっちゃぐちゃにして、美しい音階にしてあげますわ。」
ターナーが虚ろな眼差しのまま、ぶつぶつと呟く。
「諸悪の根源たる魔法を使う野蛮人なんて、科学の前にひれ伏せばよいのですわ。」
僅かに結んだ焦点がモレナを捉える。
「僕にだって、意地があります。そう易々とは負けません。」
モレナは冷静にターナーの隙を伺う。
(僕は確かに剣の腕ではミレーナに劣ります。殲滅力ならゲコリーナに。機動力ならマンルーに軍配は上がるでしょう。ガンゾールのような応用性もないです。でも……。それでも、僕が黒水隊の隊長です。意地でもここは抑えなければ。)
「魔法が野蛮なんて、言いがかりも甚だしいです。力の代価のために人の命を刈っている邪神の使徒の、そのさらに手下の犬風情が、何できゃんきゃん吠えているんですかね。」
モレナは隙が出来ないかと、大型機械人形にハンマーを撃ち込みながら、ターナーを煽ってみる。
「はぁー。これだから野蛮人は。何を言っても無駄そうですわね。」
煽りに乗らず、お手上げといった形でタクトを振り上げるターナー。
一度距離をとるモレナ。タクトに合わせ、大型機械人形に変化がある。
ガコンガコンと騒音を立てながら機械人形の姿が変わっていく。
その手の指らしきものが引っ込み、先が一つの塊になって、腕の結合部がぐるっと回って肘の間接が前を向く。
そのまま手が前肢となって四つ足になる機械人形。その姿は醜い機械仕掛けの獣そのもの。人型であった時以上の醜悪さを醸し出し、モレナの方を向く。
これまでの防御重視だった姿とは一変したそれ、機械獣とも言うべきそれが、高速で襲いかかってくる。
機械獣の突進に合わせ、モレナは重魔素で下半身の筋肉を増強させる。バットを振るような形で、振りかぶられるハンマー。
両者の激突の瞬間、足元の石畳が割れ、衝撃の振動が円形に広がる。
押し戻される機械獣。
キーンと高音と共に、折れるハンマー。
ハンマーのヘッド部分がくるくると飛んでいってしまう。
周りでは、他の黒水隊の隊員たちと戦う機械人形たちも次々に獣の姿を取り始める。
変身に伴うガキンゴキンという騒音が満ちる。
あるものは猫のように、またあるものはゴリラのように。他にもタコのようにしか見えない姿を取り始める機械獣達もいる。
先ほどよりも一層ガクガクとその身を震わし、白目を向いてタクトを振り回すターナー。
(このタイミングで切り札ですか。戦況は膠着状態、ややこちらがフリだったのに。勝負を焦っている? そう思わせる罠?)
モレナは折れたハンマーを捨て、足に隠していた小剣を二振り手に、重魔素を速度アップに使いながら、機械獣に乱撃を放つ。
かんかんかん、と高らかな音が無数に響く。
(やっぱり硬い。剣での突破は無理。)
高速で移動し、互いに攻撃し合うモレナと大型機械獣。ちらりとターナーの様子を見ると、先ほどよりもその身を震わしているようにも見える。
唇の端に白い泡が見える。
(もしかしたら……。他に手はありません。やってみましょう。)
「全体、高機動戦闘に移行!ハンマー捨てろ!」
モレナの叫びが戦場に響く。
次々にハンマーを捨て、それぞれのサブ武器に持ち替え始める隊員達。
硬い機械獣達には通らない攻撃を皆が高速で移動しながら無数に放ち始める。
機械獣達もそれに合わせ、移動速度をあげ、何とか隊員達にその強力な攻撃を当てようと動きを増していく。
モレナも大型機械獣と激しく渡り合いながら、その様子を伺う。
(あと、一息かしら。これが僕のとっておき。)
モレナは大きく後退し、刃こぼれが激しい小剣二振りを機械獣に投げつけるように手放す。そして残っていた五本の小剣を、装着していた足から取り出す。
ありったけの魔素で、小剣に魔法陣を描き込み始める。
ぐんぐん減り始める体内の魔素。
軽魔素の光で激しく輝き出す小剣。
どうにかすべての小剣に魔法陣を描くと、モレナは五本の小剣をふわりと放る。
刃に魔法陣の光を宿し、ふわりふわりとターナーのもとへ向かった五本の小剣が、一斉に襲い掛かる。
その刃には、『舞』の文字が輝いていた。
ゆらりゆらりと、時に激しく時に優美に刃がターナーの首を、手足を狙い、舞い、斬りかかる。
モレナへと向かっていた大型機械獣が慌ててターナーのもとへと戻り、小剣の攻撃を防ぎ始める。
渾身の魔法陣を使い、これまで溜め込んでいた魔素を激減させたモレナ。
「あと、一押し。」
激しい小剣の乱舞は、大型機械獣を翻弄するも、その刃はターナーへは届かない。
しかし、ターナー自身は明らかにこれまで以上に激しくその身を震わせている。まるで発作でも起こしているかのように。
その小さく開かれた口からは大量の白い泡を出し、まるで呪詛のように呂律の回らない下で呟きが漏れている。
「野蛮人は皆殺し野蛮人は皆殺し野蛮人は皆殺し野蛮人は皆殺し野蛮人は皆殺し野蛮人は皆殺し野蛮人は皆殺しやばんじんは皆殺しやばんじんはみなごろしみなごろしみなごろしミナゴロシ……」
モレナは自身の左手の平に『射』の魔法陣を描き、軽魔素の光の矢をターナーに向かって撃ち始める。
大型機械獣が防ぐが、その隙を狙う乱舞する小剣達。
四方八方からの攻撃に高速で動き回り、機械獣がすべて防いでいく。
その激しい動きに合わせ、どんどん激しくなるターナーの震え。
「やっぱり。ターナーが勝負を急いだのは、単純に時間がなかったみたいですね。あの獣達の操作はだいぶ負担が大きいのでしょう。もう、これでつみ、ですね。」
ゆっくりと、ターナーの両目から血の涙が流れ始める。
ターナーをこのまま追い詰めるべく、軽魔素の光の矢を撃ち続ける。
(これまでにユタカ様からもらった食糧で溜め込んでいたもの、すべて使っちゃいそうですね。僕、ちゃんと隊長できてたかな……)
モレナの体内の魔素が枯渇する。
まだだらだらと体の穴という穴から血を流しながらもまだ倒れないターナー。
モレナも自身の身を削りながら軽魔素の光の矢を放ち続ける。
(小剣の魔法陣の魔素が切れる前に……。短い間だったけど黒水隊で、いっぱいご飯を食べれて幸せだったな。)
だんだん縮み始めるモレナの体。ついには初めてユタカと出会った頃の大きさまで縮み、さらに小さくなっていく。
その時、全身を真っ赤に染めたターナーの、頭部の機械が煙を出し、点滅を止める。そのまま倒れ込むターナー。
タクトが手から離れ、コロコロと転がる。
機械獣達の動きが止まる。
モレナは、倒れるターナーの姿を見て、隊員達が皆生きていることを確認すると、その小さな体を大地に投げ出すようにして倒れる。そのまま、辛うじて残っていた意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます