第45話 デザートこそが本番
俺は今、ゲコリーナと二人して、王城のなかを歩いている。人の気配はなく、二人のペタペタぴちゃぴちゃという足音だけがこだまする。
ガンゾールとマンルーは、王城の門で待ち構えていた二人組の、どうやら姉妹らしい四天王を抑えるのに残った。
「なあ、ゲコリーナ。」
「なんでげこ?」
「どこ向かってるの?」
「王座の間げこ。侵略して虐殺するようなやからは、奪った王座でふんぞり返っていると相場は決まってるげこ。」
「ゲコリーナはここは来たことあるの?」
「ないげこ。でも、だいたい作りはいっしょげこ。ゲコリーナが勤めていたゲココ帝国の城と大差ないげこ。」
「ふーん。そんなものなんだ。どんなとこなの、ゲココ帝国って。」
人っ子一人出てこないなか、何故か背中はピリピリとし、お腹の肉がいつもより重く感じられる。俺はいつにもなく饒舌になっている。
「ゲココ帝国はゲコ湖の底に平がる一大帝国げこ。清んだ水と栄養価の高い濁った水の交わる場所に位置しているげこ。一面、水草の家々が立ち並び、数多の子供達がその黒い姿でそこら中を泳ぎ回っていたげこ。そんなゲコ湖も、最近はだんだん濁りが減ってきてしまったげこ。強大な力を持つワニ顔の魚が人肉を求めてさ迷い、濁りの減ったなか、子供達が次々に犠牲になってたげこ。」
ゲコリーナは歩きながら、どこを見ているかよく分からない瞳をくるりとまわし、辺りを警戒する。
「そんな時にユタカの噂を聞いたげこ。ゲコリーナ一人の犠牲で済むならと志願したげこ。お陰で国は取り敢えずは安泰げこ。後は無事にユタカに戻ってもらわなきゃでげこ。」
「そうか。俺も、皆と一緒に帰るつもりだから。こんなとこで足踏みしてらんないしね。」
今日はゲコリーナも饒舌なんだな、と。ああ、俺もゲコリーナも、緊張しているのか。
俺たちがペチャクチャ話ながら歩いていると、荘厳な作りの扉が見えてきた。
「ついたげこ。」
「みたいだな。」
俺は重魔素を腹の中で回転させ、答える。
そして扉は開かれた。
広々とした部屋。まっすぐ豪華な絨毯がしかれているが、所々黒々とした染みがついている。同じような染みが壁にも点々と。
正面には豪勢な王座がひとつ。
若い男が一人、足を投げ出して半目で上を向きながらだらしなく座り込んでいる。
「全く、魂を気持ちよく収穫しているって言うのに、邪魔しないでほしいなー。おーい誰か相手しといてよ。」
王座に座ったまま、黒目黒髪のド派手な格好が似合わない青年がそんなことを嘯く。
(本当に王座にふんぞり返ってたよ。)
俺はそんなことを思いながら声をかける。
「あのー」
「死ぬげこ。」
ゲコリーナが俺の話を遮って一気に跳ねて、襲い掛かる。
するっと腰の刃を舌に装着し、首を狙って振るわれる刃。
しかし、それは不可視のバリアーのようなものに阻まれる。
ゲコリーナは素早く腰の刃を他のものに換装し、全方位から次々に刃をぶつけていく。
がきんがきんと、硬いものに刃物がぶつかり、弾き返される音だけが響き渡る。
王座に座ったまま、無造作に青年が手を振る。
不可視のバリアーが急速に拡大し、ゲコリーナが天井に押し付けられる。
「ぐげっ」
潰れた蛙のような声が漏れる。
俺は慌てて、体内の重魔素を身に纏う。腹が気持ち悪い。そのまま、腕をクロスさせバリアーに突撃。
衝撃。
これ以上ゲコリーナが潰れないよう、必死に踏ん張りバリアーの拡大を押さえ込む。
「なんだなんだ? ほう。お前も日本から転生してきたのか? ステータス、クローズ。」
王座にだらしなくふんぞり返ったまま、ステータスとやらを見ていた青年が、俺のことに気づいたのか、身を乗り出してくる。
「そうかそうか、お前が女神が転生させたっていう日本人か。」
俺は必死に踏ん張りながら答える。
「残念ながら、俺は何でか迷い込んだだけでね。神様にはあってない。俺はデブイユタカ。邪神によって転生してきたそちらさんは、名前は何て言うんだ?」
「デブっ! ぶふっ! あはははっ! いや、失礼失礼。僕の名前は竜牙院凪。リュウガイン様でもナギ様でも好きに呼んでいいよ。」
俺は内心イラッとしながらも顔には出さず、対話を続ける。
「あー。じゃあリュウガインさん、ひとまず話し合わないかい?」
「同じ日本人のよしみでってかい?残念ながら無理だねー。何か誤解しているようだけど、魔法を使うやつは残らず殺さないといけないんだよねー。ほら、俺って一応正義の味方で救世主じゃん。この世界、救わないといけないんよ。」
「って転生するときに言われたと?」
「そうそう(笑)どうやらそちらさんは何もなくてこっち来ちゃって、そのまま魔法側にいるみたいだけど、誤解してるのはそっちだよ。俺を転生させた神も、昔々日本人を転生させて魔法をもたらした神も、互いに争っているだけ。互いに邪悪だって言ってるだけなのさ。」
「ふーん。女神って、巡礼教団の唯一神のことか?」
「そだよー、女神と巡礼教団の唯一神は同じさ。でもなぁー。デブイさん(笑)は、あそこに取り込まれちゃった口かー。そりゃあ、もうダメだね。残念ながら抹殺決定だわ。」
「何でそんなに魔法を毛嫌いするんだ?」
「はぁ? そんなの少し考えればわかるでしょ。この世界の直面している飢餓は魔法のせいなんだよ。何百年も、バカスカ野蛮な人たちが魔法を使いすぎて、バカスカ食糧食べまくるから、食べ物足りなくなっちゃったの。要はエントロピーを増大させ過ぎってやつ。女神が神との争いで意地になって、世界のシステム弄って魔法何てものをぶっ込むから、世界の天秤が傾いちゃったわけ。僕は健気にもその尻拭いしているのさー。大変そうでしょー。誉めてもいいんだよー。」
「よくしゃべるやつだなー。まあ、もういいや。」
俺は話す気がなくなってくる。
(こいつは話しても無駄だわ。俺は守りたいものを、守る。)
「なんだ、てめぇ。」
俺は素早く自身の額に『目』と描く。
一瞬にして、世界が切り替わる。
「さーて、害虫駆除の時間だ。」
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