第14話 パンにはオリーブオイル。手軽に炭水化物と脂質のコラボレーションが楽しめる。

 荒れ地に響き渡る俺の悩みの叫びが消える頃、リリーヌーが歩いてくるのが見えた。


 昨日とは違い、急いでいる様子はない。


 近づくにつれ、辺りをキョロキョロ見回すリリーヌー。


 俺もつられて辺りを見回すと、確かになんだこれはといった有り様になっている。

 そこかしこに米俵やじゃがいもが散乱し、サラダ油の染み込んだ跡が残っている地面が広がっている。


「リリーヌーか、また何かあったのか?」


「いえ、テリータ様からユタカ様が村の外に出たと聞いたです。それで、おらでも周りの警戒ぐらいなら出来ますです。昨日、人食いの獣が出たばかりです。それで来たです。」


「お、おう。心配してくれたのか。ありがとうな。」


 俺はちょっと照れながら答える。


「それで、ユタカ様、これはいったい何です……?」


 リリーヌーは辺りに広がる惨状を指差す。


「いやー。俺も昨日のことがあって、自分に出来ることを把握したくて色々試してたら、こうなった。」


 俺は開き直り、リリーヌーに答える。


「はあ、そうなんですね。それで、このお米やじゃがいもはどうしますです?村に運ぶなら人を呼んできますです。」


「ああ、お願いするよ。皆で分けてくれ。」


「ありがとうございますです!それじゃあさっそく呼んでくるです!」


 リリーヌーは喜びの声をあげて急いで村へ戻って行った。


 俺はリリーヌーを見送った後、魔法陣の検証を続ける。


「しかし、小腹が空いてきた。さすがにこんだけ無節操に使うと少しお腹が空くみたいだ。村に戻って何か作ってもらうのは面倒だな。何か手軽に食べられる物、手軽に食べられる物。」


 俺は自身の記憶の中から、漢字一文字で、すぐに食べられる物を探る。


「うーん、あれかな。あれなら好きな種類は一択だし、選択してしまっても後悔は少ない……はず!」


 俺は決断すると重魔素の回転を始める。木皿はさっき米出すのに使ったので、自分の左手の掌に描くことにする。


 これまでにない画数。


 意識して線を細くし、何とか掌に描ききる。


 円で勢いよく閉じる。


 光が涌き出てくる。収まった後には、掌の上には黒々、ねっとりとした物体がこんもりと乗っていた。

 俺は右手でそっとすくい、口に運ぶ。


 口内にまず広がったのは、圧倒的な甘さ。ねとねとの物体を舌でゆっくりとねぶり、甘さを心行くまで堪能する。

 心行くまで堪能すると俺は堪らず左手の黒々とした山にそのまま貪りつく。

 顔全体を埋めるようにして掌の上の黒々とした山をあっという間に食べ尽くす。


「あー。満足。餡といったら、やっぱりこし餡だよな。」


 俺は『餡』と書き、こし餡を出して甘味を堪能したのだった。


「糖分取ったら頭冴えた気がする!この勢いのまま、検証続けますか!」


 俺は水を魔法陣で掌に出して軽く洗うと、さっそく検証を始める。


「昨日のこともあるし、自衛手段は必要だよね。」


 俺は重魔素を回転させながらイメージを膨らませる。


(持ち手があって、そこからまっすぐ前に伸ばして。左手はここに置くだろ。)


 自分の中で、十分にイメージ出来たかなと思った所で、魔法陣を描く。


「出てこい、アサルトライフルーっ!」


 一人になったことでまた独り言を言いながら、『銃』と書いた魔法陣を完成させる。


 わくわくしながら様子を見ているが、魔法陣は光らずに消えてしまう。


「あれー。失敗か。軽魔素の量が足りなかったかな?」


 俺は重魔素の回転を最大限にして、再度『銃』の魔法陣を描く。


 やはり魔法陣は光らずに消えてしまう。


「もしかしてイメージがあやふやだとダメなのか……」


 試しに拳銃をイメージしながら『銃』の魔法陣を描くがやはりそれも消えてしまう。


(俺はこれまでの人生で実際に銃を見たことがない、な。テレビドラマやゲームではよく見るが、そんなに興味があったわけでもないから、まじまじと細部を暗記するように見たことがなかったかもしれない。食べ物関係ならめちゃくちゃ細部まで覚えているんだが……。仕方ない、か。)


「馴染みの無いものは無理系かよ。」


 俺は、銃をあっさりと諦めると、せめて実物を見たことがあるもので、何か自衛に役立ちそうな物がないか、頭を捻る。


「うーうー」


 頭を捻りすぎて思わず呻き声が漏れる。


「あれならもしかしたら……」


 俺は、自分が手にしたことがあるものなら、と一縷の望みをかけ、重魔素の回転を最大限まであげる。 


 この時は悩むことに気をとられ、一度選択すると同じ神象文字からは同じものしか出ないルールは、頭の隅に追いやられてしまっていた。


 煌々と光だす体。


 そのすべてを注ぎ、地面に軽魔素でわずか二画の漢字を刻む。


 魔法陣は無事に輝きだす。


「やったっ!」


『戻』の字を書いたときと同じくらいの光の爆発とも言える煌々と世界を照らす軽魔素の光り。


 大地に刻んだ『刀』の文字からは止まることのない光が溢れ続ける。


 ついに、光が収まったその時、魔法陣のあった場所には、一振りの木刀が横たわっていた。


「やった!出た出たー。昔修学旅行で買ったお土産と同じ形だ。」


 俺はようやく出た成果に嬉しくなり、木刀を拾うとその場でブンブンと振り回す。

 しっくりと手に馴染み、びゅんびゅんと風切り音が響く。


「いいねいいねー。」


 俺は、重魔素を回転させたままだったことに気づく。ふと、軽魔素が物に書けるなら、もしかしたら……と思い付く。木刀を持つ右手の軽魔素を手放すような感覚で、木刀を振り回してみる。


 すると、纏ったままだった軽魔素の光が、あっさりと木刀まで覆い始める。


「うわっ、出来ちゃったよ?!」


 俺は、ぽかんと、光り輝く木刀を眺める。


 しかし、すぐに先ほど以上に楽しくなってしまい、光る刀で戦う某映画の音楽を口ずさみながら、ノリノリで殺陣っぽい動きをする。光る刀の軌跡にうっとりしながらブンブン振り回し、動き回っていると、人影が目の端を横切る。


 俺はピタッと動きを止め、改めて人影の方を向く。

 リリーヌー達が立っている。

 ちょうど、リリーヌーが村人数人を連れ、芋と米の回収に来ていたようだ。

 見つめ合う俺とリリーヌー達。


 どうやら俺は、口の回りをこし餡で真っ黒に染め、光る刀で子供のようにはしゃいでいる姿をばっちり目撃されてしまったようだ。

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