第21話 鬱の時のやけ食いは背徳の味。

 カテンルーが村から出発して、わずか数日後、村に新しい訪問者が来た。


 カンカンカンという音が村の門の方から聞こえてきた。近くにいたシルシーに聞くと、あの音は敵確定ではない、重要な何かが来たときの音らしい。

 急いで俺も門まで走る。

 柵の上まで登り、着いてきたシルシーと一緒に門の外を眺める。


 そこには、深紅に染められたフードを目深に被り、まるで法衣のような服を纏った二人の人物。


(子供……ではないか。微妙な身長だ。)


 そしてその後ろには二人に付き従うように百近い数の人々が並んでいる。


(後ろの人らは男ばっかだな。)


「巡礼教団……」


 あとから追い付いて来たテリータが俺の近くから門の外を見て呟く。


「テリータ、なんだ、その巡礼教団って?」


 俺が聞くとテリータが少し暗い顔で答える。


「ユタカ様、彼らは世界各地に信者を持つ教団なのですが、だいぶその、厄介かもしれません。敵に回すのは得策ではないです。でも、取り込まれるのもまずい。そういう相手です。多分ユタカ様の撒かれた餌に食い付いてきたと思うのですが。一番最初が巡礼教団だったのは不運としか……」


 俺はテリータの不吉な言葉に内心びびりながらも、表面だけは取り繕う。


(こう言うときは虚勢でも平気な顔をしとかなきゃってね。何か美味しい物のことでも考えよう。)


 俺がそんなことを考えている間も、テリータは話し続ける。


「あの赤いフードは高位の宣択者ですよ。しかも、二人も。二人の赤の宣択者。もし、あれが双子の女なら、ラキトハ姉妹……。かなりの有名人です。まずいです。付き従う者達のなかにも手練れの魔導士が見えます。」


(せんたくしゃ……?なにそれ。何かを選ぶ人?それともお告げ系かな?)


 俺が知らない単語に首を傾げ、しかし、詳しく聞く間もなく事態は進む。


「あれですね。」


 テリータの指差した手練れの魔導士を見てみる。


 確かに後ろに付き従う群衆の中にぽっちゃりした人影が見える。


「さすがにユタカ様に匹敵するような方は見えませんが、数はそれなりにいます。お気をつけて下さい。」


(お気をつけてって、襲われるってこと?!なにそれ怖いわ……。しかし、有名人の双子の女とそれに付き従うぽっちゃり達って、なんかネットアイドルとか、オタサーの姫みたいだ。うん、ダメだ。もう姫にしか見えなくなってきたぞ。)


 俺が内心、深紅のフードをオタサー姫と呼ぼうと思っていると、姫とその取り巻き達が門の前まで到着する。

 取り巻きの一人が開門を要求する声をあげる。

 ちらっとこちらを見るテリータ。

 なんとなくうなずく俺。


 テリータが腕をあげると、どこかでそれを見ていた村人が門を開け始める。


(あっ、今のは門を開けるか否かの問いかけだったのか。なんとなく、うなずいちゃったよ。というか、締め出す選択肢もあったってこと……?やべー。不用意なことできねー)


 俺はたらりと冷や汗が背中を流れるのを感じる。


(こ、こう言うときは甘いもの食べて落ち着こう。それしかない!)


 俺は内心の動揺を落ち着けるため、重魔素を回転させる。


 勢い余って最大の速度で回転させた重魔素から軽魔素が勢いよく分離し、全身から煌々と光が吹き出す。

 全身の毛穴から汗が吹き出すが如く、光が全方向に吹き出す。


 慌てて重魔素の回転を抑えると、急いでこし餡出して、頬張る。


 何故か周りからのいつも以上の視線を感じる。


 周りの村人だけではなく、ちょうど門をくぐった姫と取り巻き達からも凝視されている。


 シーンと静まり返った一帯に、俺のこし餡をもちゃもちゃ食べる音だけが響く。


(え、なにこれ?やらかした?)


 何かやらかしたかもと心配になってきた俺は、しかし、どうすることもできず。ただただひたすら手のひらの上のこし餡だけを見つめ、そのまま食べ続ける。


 ポツリとテリータが呟く。


「巡礼教団相手に、しかも出会い頭に、その圧倒的なまでの魔素の光を浴びせて威圧するだけじゃなく、そのまま食べ物を咀嚼する姿を見せ付けて、力を補充済みだと示す……。いつでも戦えると煽ったも同然ですね。なんとも強気な。しかし、巡礼教団も最大限の配慮がいる相手だと、その鼻っ面に叩き付けられたようなもの。さ、さすがです。」


 俺はこし餡だけを見ていたのでその呟きは聞こえていなかったが、そっと視線を周りにめぐらすと、いくつかの視線が俺から外れていることに気付く。

 その外れた視線の先を追う。


 オタサー姫が二人、取り巻きをおいて、柵の上に登って来るところだった。


 登りきり、俺の前に仁王立ちで立つオタサー姫二人。

 ばさりと深紅のフードを払い、話し出す。


「「妾達はラキトハ。神聖巡礼の行脚の道にある深紅の宣択者。」」


 俺はフードから出てきた二人の顔をまじまじとみる。


(何故に、はもって喋ってるんだ、こいつら?双子感をアピールしてるわけ?)


 テリータから聞いたことですっかり反感を覚えていた俺はそんなことを考えながらそのステレオサウンドをきく。


「「ここに、新しい神象文字を知る偉大な魔導士がいると聞き、妾達は参った。その方がその偉大な魔導士だな。」」


 二人同時に懐から餅を取り出し、俺にそれを示しながら話すラキトハ姉妹。


(カテンルーから買ったやつかな?しっかし、外から冷静に他のサークルの姫を見たときって、確かこんな感じだったなー。)


 俺は話す二人の姫を見ながら、少し昔を思い出して懐かしい気持ちになっていた。


 ラキトハ姉妹の話しは続く。


「「さぞかし研鑽をつまれたことだろう。しかし、一人での研鑽は限りがあるもの。巡礼教団は古くより幾多の魔導士により積み重ねられてきた偉大な知識がある。我が教団の道は栄光への梯子。どうだ、ともにその一歩を登らぬか。」」


(どうやら勧誘しているのか?なんかちょっと怪しいサークルの勧誘ぽいよ。でも、角が立って敵対するのは不味いってテリータ言ってたよな。)


 しばし黙考する俺。


 何故かラキトハ姉妹も黙り混み、俺の返答を待っている。


(変なこと喋ったら、またさっきみたいに悪目立ちしそうで嫌だし。このオタサー姫らは要は餅の漢字が知りたいんだろ?そうすりゃ何時でも餅食えるし。うん、そう考えたら教えてもいい気がしてきた。食べたいものが食べたいときに食べれないなんてなんて悲劇。例え敵でもそんな悲劇は俺には見過ごせない。)


 俺は無言のまま重魔素を回転させる。俺の右手が光り出すと、何故かラキトハ姉妹は緊張した顔で、ごくりと唾を飲み込む。


(そんなに腹が減ったのか?手早くやるか。)


 俺はオタサー姫らに見えるように手のひらに手早く『餅』と軽魔素で書く。

 真剣な表情でそれを見つめるラキトハ姉妹。


 俺は手早く魔法陣を完成させ、出てきた片手に山積みの餅を、ここでも無言のまま、先ほど懐から取り出した餅を持ったままのオタサー姫らの手に、それぞれ、ぽんっと乗せる。


 そしてそのまま何も言わずにオタサー姫らの横を抜けて、柵の上から立ち去る。


(よし、変なこと言わずに切り抜けた!これなら何もまずいことはしてない……よな。)


 俺はそのままテリータの家へと向かった。


 その頃、柵の上ではすべての人が歩いていく俺のことを目で追っていた。

 俺の姿が見えなくなると、ラキトハ姉妹が互いに話し出す。


「あの魔導士、最後まで一言も妾達に声をかけてくれなかった。」


「妾達が声をかけるに値しないと態度で示したのか。」


「悔しいが、力の差は歴然。」


「無言で見せてきた、あの魔法陣。あの神象文字は見たことのない物だった。」


「あれは、一度見せたのだから、あの文字を自力で使ってみろと言うことでしょう。」


「話しかけて欲しければ、それぐらいやってみろと。」


「「その挑戦、やってあげましょう」」


 双子の矢継ぎ早に話す姿は、どちらが話しているのかわからなくなるほどであった。


「こうしてはいられない。早く戻って研究せねば。あの神象文字を目に焼き付けてあるわね?」


「当然。分殿では資料が足りないわ。本殿まで戻りましょう。」


「そうね、食べ物を生み出す神象文字は資料の散逸が激しい。本殿でも資料が揃うかどうか。」


 一人がテリータの方を向く。


「そなたが村長じゃな。あの魔導士の挑戦、引き受けよう。今は一端退かせていただく。あの御仁に、必ずや妾達は戻ってくると伝えよ。」


 そういうとラキトハ姉妹は互いに話し合いを続けながら、お供を引き連れ村から立ち去っていった。


 テリータはその様子を見届けると、誰ともなく呟く。


「あのプライドの高いラキトハ姉妹をああも上手く転がすなんて。」


 テリータは感嘆の吐息が漏れる。


「はじめに魔力で威圧して上下関係をわからせた上での無言の振る舞い。当然話しかけられないことへの苛立ちが募る。そこで、魔法陣を見せることで同じことをやって見せろという課題を与える。すると、課題を解いて誉め言葉が欲しいという気持ちに苛立ちがすり変わるように誘導されている。ついには一言もしゃべらずに面倒な巡礼教団を追い返している。なんて素晴らしい外交術だ。」


 その頃、そんなことになっているとは全く知らない俺は、テリータの家で餅の準備を始めていた。


「今日はこし餡を周りにつけて団子だな。早く皆、帰ってこないかな。」





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